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斧子さんの斧  作者: 赤城 マロ
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第7話:斧子さんの秘策

 水の力を活力として生きる女神さまが水場から離れて活動できる時間は約一時間。今回嫉妬の狂気で自分の住む泉を枯らしてしまった女神さまに残された時間はほとんどなかった。


「やっぱり無理、時間が足りないわ。他の泉を探す時間も考えなくちゃいけないんですもの。残念だけど村人Aが次ここに来た時には私はいない……臆病な私にはお似合いの別れ方かもね」


 自嘲気味に笑う女神さま。しかし自分の命がかかっているのでは無理もない。


「うーん、一時間か……現実的には先に新しい泉を確保してから村人Aの事を考えた方がいいのかなぁ」

「ザ・ワールドを覚えるとかはどうですかね?」


 突飛な解決案を提示する斧子さん。


「斧子さん、いくらなんでもそれはちょっと……」

「そうね、私のザ・ワールドで時を止める事ができるのはせいぜい5秒。とても時間が足りないわ」


 すでに覚えてるのかよ!!


「村まではここからどのくらい時間が掛かるんですかね?」

「そうね、30分くらいかしら」

「30分か……うん、それなら大丈夫かも」


 斧子さんは小さく首を上下に振りながら呟く。


「大丈夫って何がですか?」

「あ、私この絵本好きで何度も読んでいるんですよ」

「……はい?」


 まったくもって意味不明な回答が返ってくる。


「任せて下さい、私にいい案がありますから!」


 どんっ! と胸を叩いて俺と女神さまにそう言い放ち自信満々の表情を見せる斧子さん。良く分からないが彼女には何か作戦があるようだった。


※※※※※※


 森を歩く事数十分。広い農園といくつかの小屋、丘の上から一望できる程の大きさではあるが十分村と呼べるだけの開けた立派な土地が目の前に現れる。


「思ったよりちゃんとした村だな」


 思わずそう呟く。なにせここにいる人物は村人A一人のみ。本来であれば村である必要性すらないのだから。

 想いは伝えなければ始まらない、そんな斧子さんの熱意に折れた女神さまは煮え切らないながらも渋々了承し、俺たちと共に森を抜けて村人Aのいる村へとやって来ていた。


 村を発見すると今まで以上に歩を進める速度を上げる斧子さん、そしていっそう重い足取りで俺の後ろに隠れるようについて来る女神さま。対照的な二人の様相、そしてそんな女神さまがチラチラと見ている目線の先を追って行くと小屋の前で薪を割っている一人の男が目に入る。


「ふん! ふん!」


 まだ距離があるがここまで聞こえる大きな声をあげながら薪を割る男。どうやらあれば村人Aか、こちらにはまだ気付いていないようだ。


「ふん! ふん!」

 

 スパンスパンと気持ちのいい音を立てて割れる薪。しかし見事に割るものだ。右手を天にかざして薪めがけて腕を垂直に振り下ろす……って、え?

 村人Aは素手で薪を割っていた。


「斧使えよ! どこの武術の達人だよ!」


 きこりの風上にもおけないその作業工程に思わず大きな声を出す。


「あ……」


 村人Aは声の主である俺の方へと振り返る。まん丸な目に中国の民族服、真っ白な顔に赤丸ほっぺ、そして髪の毛が一本……村人Aは本当にチャオズそのものだった。

 数秒こちらを不思議そうに眺めていたが、俺の後ろでコソコソ隠れている女神さまに気づいたのかゆっくりとこちらに歩いて向かって来る。


「どうやら村人Aさんも女神さまに気づいたみたいですね。さあ女神さま、思いの丈をぶつけましょう」


 俺の背中にへばりついて顔を隠す女神さまを諭すように斧子さんが声を掛ける。


「む、無責任よ貴方! こんな所まで連れて来ておいて後は丸投げなんて無責任にも程があるわ。なんとかしなさいよ、また斧で頭をカチ割られたいの!」


 喚きながら物騒な事を口走る女神さま。しかしその怒りの矛先である斧子さんはにこりとほほ笑むと村の民家へ猛然と走り出す。


「えぇ!?」

「ちょ!? 貴方! 敵前逃亡は銃殺刑よ!」


 斧子さんの突然の行動に動揺する俺と女神さま。


「大丈夫ですよ~。後は私に任せて下さい!」


 そう言いながら斧子さんは入れ違いでこちらに向かって来る村人Aと軽く会釈を交わしてすれ違う、つまりはスルーだ。


「お、斧子さん!?」


 完全に放置された俺と女神さまは唖然としたままその場に立ち尽くす。


「ちょっと貴方、あの子どうしちゃったのよ。言葉と行動が全然合っていないじゃない!」


 俺の背中をガリガリと指で引っ掻きながら憤る女神さま。


「い、痛い、痛いですって! 俺に聞かれても知りませんってば!」


 そう、斧子さんとは今日出会ったばかりで彼女の事を俺はまだほとんど知らない。だが一つ言えるのは変わっている子ではあるが途中で何かを放り出すような性格には見えないという事だろう。


「取りあえず斧子さんが戻って来るまで待ちましょう」

「そんな悠長な事言って……!!」


 そこまで話した所で女神さまは口に手をやり言葉を噤む。それもそのはず、いつの間にか村人Aが俺たちの目の前まで来ていたからだ。


「女神、君は女神だろう? 何故隠れているんだい? さぁ顔を見せておくれ」


 顔からは想像もつかないイケボイスで女神さまへ語りかける村人A。


「お、おっす……」


俺の背中からヒョコッと顔を出す女神さまの頬は赤らんでいた。


「あぁ、やっぱり女神だ。久し振りだね、元気にしていたかい?」

「私は……元気、貴方こそ怪我したって聞いたけど……大丈夫なの?」

「うん、この通りもう大分元気さ。怪我も治ったので近々会いに行こうと思っていたのだけれど……もしかして心配して来てくれたのかい?」

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! ちょっと小腹が空いたから稲穂の米をつつきに来ただけよ!」


 お前は雀か。


「そうなのかい。では良かったら家に寄っていかないか? 取れたてのお米があるんだ」

「ひ、人前で何言ってんのよ!」


 顔から湯気を上げて俺の背中を掻きむしる女神さま。だから痛いって。


「そう言えば、そこの彼は? 初めて見る顔だけど」

「あ、ども。御心眼真って言います」


 名乗るほどのものでもないが一応軽く挨拶だけしておく。


「御心眼真くんか。僕は村人A、姓が村で名が人Aだ」


 随分中途半端な所で姓名分けたな。


「さあ、では家に案内するよ」

「……待って」


 自分の家へと招待しようとする村人Aに対して神妙な面持ちで口を開く女神さま。


「村人A……貴方に話さなくてはいけない事があるの」


 女神さまは決心したように語調を強める。


「どうしたんだい、真剣な顔をして」

「……貴方にお別れを言いに来たの」


 突然の宣告に無表情の村人Aの眉が少しだけ動く。


「お別れ? 一体どういう事だい?」


 女神さまは大きく息を吐いてジッと村人Aの顔を見つめる。


「アナタニ森トテモ危険、ワタシサヨナラスル」


 緊張から急に片言になる女神さま。大丈夫、言いたい事は伝わるよ!


「何を言っているんだい? ほら、この通り僕は全然平気だよ」

「……でも次も無事とは限らないでしょう? ただの村人である貴方に私の住む森は危ないの、だからもう森には入って来ないで」


 真剣な眼差しが緊張感を高める。


「……僕の身を案じて、言ってくれているんだね」

「違うわ。私は女神、貴方は村人。元々住む世界が違うの……だからもう私の事は忘れて頂戴……」


 女神さまなりのケジメなのだろうか、素直ではない言い回しで村人Aを遠ざける。


「女神……この傷を覚えているかい?」


 村人Aは自分の右後頭部を指さす。そこには薄っすらと傷跡のようなものが見えた。


「そ、それは……」

「そう、君から最初に投げつけられた斧の傷跡さ。ほらここにも、ここにもあるよ」


 そう言って白くなった傷跡を女神さまに一つ一つ見せて行く。


「な、何よ。脅迫しようって言うの! 元はと言えば貴方が斧を受け取らないから悪いんじゃない!」


 その言葉にブンブンと首を横に振り優しく話しかける。


「この傷一つ一つが君との大事な思い出さ、だから忘れる事なんてできないよ。女神……君が会いたくないと言うのなら僕は従おう。でも忘れないで、僕はいつでも君を想っているという事を」

「村人……A……」


 いい感じに見つめ合う二人、その間に挟まれる俺。完全に場違いだが女神さまに背中を掴まれているため動くに動けない。何の罰ゲームだコレ。

 ……しかし、これでいいのだろうか。確かに突然理由も告げずにサヨナラするよりは遥かに良い、理想的な別れ方と言ってもいいだろう。でもこれがハッピーエンドかと言われるとちょっと違う気がする。


「ありがとう、村人A。その言葉だけで私は強く生きていける……いつかまた会いにくるわヤックルに乗って」


 おいアシタカ。


「あぁ、僕もずっと君を待つ。嵌張(カンチャン)で待つよ」


 何故麻雀風に!?

 まあ、二人が納得しているならいいか。一応はこれでめでたしめでたし……


「ちょっと待ってくださーい!!」


 いいあんばいで締めようとしていたその時、村の方から大きな声がする。

 声の方向を見ると、小屋の前で「こっちっこっち」と自分の元に来るようにと大きく両手を振る斧子さんの姿があった。

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