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斧子さんの斧  作者: 赤城 マロ
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第6話:村人A

 土下座……正座のまま手と頭を地につけ謝る日本古来より使用されて来た伝統的な謝罪方法である。だが実際にはその最大級と言える謝罪表現を日常で見る事はない、今のご時世そんな謝り方はする方もさせる方も問題視されるからだ。

 そう、日常ではまずあり得ない。だがここは童話の世界、そんな廃れていきそうな謝罪方法を惜しげもなく披露する人物がいる……泉の女神さまだ。


 彼女は俺と斧子さんが楽しそうに話しているのが癪に障ったらしく奇声を上げながら辺り一面の木々を泉の水を操って次々となぎ倒して行った。我を忘れて数分に渡って破壊の限りをつくしていたのだがしばらくすると落ち着きを取り戻し、弁明の言葉を並べながら世にも美しい土下座を俺たちの前で披露しているのだった。


「あの、気にしていないのでもう顔をあげて下さい女神さま。別に怪我とかもしてないですし」


 土下座をやめるように促す俺。しかし女神さまは地面を頭に擦り付けたまま微動だにしない。女神たる者、一般人に危害を加える等もっての外なのだろう。こちらがいいと言っても一向にやめる気配はない。


「本当に、本当に申し訳ないです。つい頭に血が上ってしまったようで……信じてもらえないかもしれませんが私って普段は虫も殺さない大人しいおしとやかな性格なのです。でも実は昨日から少し風邪気味で体調が悪くて……そういえば最近食欲もあまりなくて夜も寝つけなかったのです。はっ……もしかして一昨日食べたあの大根のせい?」


 言い訳を大根に求める女神の見苦しさは痛々しいものだった。自己正当化は大いに結構だが傍目に見て嫉妬狂いにしか見えなかったけどな……まあ、取りあえず落ち着いたみたいだしさっさとこの土下座女神さまに元の世界に帰して貰う事にしよう。

 その時、斧子さんが顔を女神さまと同じ地面すれすれの位置まで下げてにこやかに問う。


「女神さまは村人Aさんが好きなんですね~」


 その言葉にみるみる内に顔が赤くなりギロリと斧子さんを睨みつける女神さま。ゆらりとその場に立ち上がると服の中から斧を取り出す。


「は? 意味わかんないんですけど? 女神と人間が恋なんてありえないんですけど?」


 殺意の波動を放ちながら惚ける女神さま。どうやら斧子さんは踏んではいけない地雷を踏み抜いてしまったようだ。


「? さっき村人Aさんといちゃいちゃしたいって言っていませんでしたっけ?」


 やめるんだ斧子さん! それ多分スルーして欲しいヤツだから!


「い、言ってないわよ! あ、あれはねぇ、ヤムチャヤムチャって言ったのよ!」


 それは無理があるぞ女神さま。


「そうだったんですか、すいません。私の聞き違いでした」

「わ、分かればいいのよ。誰にでも間違いはあるわ」

「じゃあヤムチャさんが好きなんですね」

「私はチャオズ派よぉぉぉぉ!!」


 お前ら何の話してんだよ!


「そういえば村人Aさんってちょっとチャオズに似てますよね」


 屈託のない笑顔を見せながらブーメランでもう一度女神さまを刺しに行く斧子さん。恐らく他意はないのだろう、何も考えずに発言している感がビンビン伝わって来るからだ。天然って怖い。


「べ、別に似てないわよ」

「そうですかね? 私は以前ここに来た時に会っていますけど、どことなく雰囲気似てないですか?」

「似てないったら似てないわよ! 村人Aなんて、ちょっと中国の民族服を着ていて全身が真っ白で赤丸ほっぺの無表情で髪の毛が一本しか生えてなくて……たったそれだけよ!」


 それもうほとんどチャオズじゃねーか!


「でもねぇ! チャオズは天さんに置いて行かれたけど私はあの人を置いて行く決心ができないの! あの人の事を想うなら別れを切り出すべき……そんな事は分かってる。でも……!」


 悲痛にこだまする女神さまの叫び。張りつめた表情をしたまま目からは一筋の涙が零れ落ちる。その意味深な涙を見た斧子さんがもう一度問いかける。


「何か……あったんですか? 私が前来た時には二人ともあんなに楽しそうにしていたじゃないですか」

「そう……楽しかった。だから私は甘えていたのね、きっと……」


 唇を震わせながら女神さまは答える。


「最初にあの人が斧を落とした時からもう幾年経ったのかしら……欲のないあの人は結局一度も自分が落とした斧以外の物を受け取る事はなかったわ。それでも毎日毎日斧をこの泉に落としに来てくれていたの……私が寂しくないように、会いに来てくれたの」


 そう言って懐かしそうに自分の住まう泉を見つめる。


「私は照れくささから何度も何度も落としに来るなと斧を投げ返したわ。体中に斧がつき刺さっても、それでも翌日には笑ってあの人は斧を落としに来てくれた」


 真正のドMだな、村人A。


「でもある日を境にパッタリとあの人は姿を見せなくなった。きっと愛想をつかされたんだ……そう思ったし仕方がないとも思ったわ。これでいいんだって、自分に言い聞かせた。……でも実際には違った、ここ最近森に住みついたポッポの襲撃を受けて怪我をしてしまったようなの。幸い怪我は軽度なものらしいのだけれど私はゾッとしたわ。今まであの人をこんな危険な森に呼び寄せる切っ掛けになっていた私という存在にね」


 女神さまは思いつめた様に目を瞑り決心したように重い口を開く。


「……元気になったら、きっと彼はまたここに来る。だから私はあの人とサヨナラしないといけないの」


 そう消え入りそうな声で呟く。

 ……どうやらこんな少ない登場人物しかいない童話の中にも人間ドラマというものは存在するようだ。思いのほか真剣な悩みに俺自身少し沈黙してしまう。


「ごめんなさい。私、女神さまの気持ちに気づかずに無神経な事を……」


 何も言えない俺をよそに、その場にしゃがみ込んでしまった女神さまの手を慈しむように優しく握ったのは斧子さんだった。


「……いいえ、貴方たちには関係のない事、取り乱して悪かったわね。さあ、元の世界に戻るのでしょう。そこの彼もこっちへ来なさい」


 悟ったように、諦めたように女神さまは穏やかな表情で言葉を発する。

 二人しかいない世界で抱く届かぬ恋心というものの辛さが分かるはずもない、確かに俺たちに出来る事は何もなさそうだ。少し後ろ髪を引かれる気もするが今回の不思議体験はここらが潮時という事だろう。


「いえ、このままでは戻れません」


 斧子さんが手を握りしめて力強く言葉を発する。


「え、斧子さん?」

「このままじゃ女神さまが可哀想です……なんとかしてあげましょう眼真くん」


 斧子さんの何かのスイッチが入ったようだ。


「えっと……なんとかしてあげたいのは山々だけど、こういうのは当人同士の問題だから。あんまり他人が口を挟むのは良くないと思うんだけど」

「駄目ですよ。口、挟みましょう」


 顔を近づけて真剣な表情で迫る斧子さん。


「え、あ……はい」


 気圧されてつい返事をしてしまう。


「気持ちは嬉しいけど無理よ。私は泉の女神、水がある場所でしか生きられないの」


 むしろ水場で窒息死しそうでしたけど!?


「大丈夫、きっと何か方法がありますよ。だって御伽の世界にバッドエンドは似合わないじゃないですか」


 笑顔で答える斧子さん。細い腕をぐるぐると回してやる気をアピールするその姿は妙に頼もしく見えた。


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