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斧子さんの斧  作者: 赤城 マロ
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第5話:泉の女神

 森の中は虫とか蛇とかポッポが出て来て普通に危険だった。登場人物を二人しか設定していないくせにこんな所には力を入れて書いているんだな……

 少し納得いかないが文句を言っても仕方がないと虫を払いのけながら斧子さんに連れられて進んでいく。森の中を歩く事十数分、少し開けた場所に出た俺たちの目の前に直径5メートルほどの丸い小さな湧泉が姿を現す。


「お~ここが女神のいる泉ってやつかぁ」


 童話に詳しいわけではないが話の流れくらいは知っている。

 金の斧と銀の斧……鉄の斧を泉に落としたきこりが斧を探していると女神が現れて、貴方が落としたのは金の斧ですか? 銀の斧ですか? と問う。きこりは正直にどちらも違うと答えると全ての斧を女神からプレゼントされるというまあ正直者にはいい事ありますよ、的な話だ。


「どれどれ、深さはどのくらいかな」


 少しテンションの上がった俺は泉へと近づき水中を覗き込む。

 そこには溺死寸前で白目を剥く女神の姿があった。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」


 急なホラー展開にその場で尻餅をつく。その様子を見ていた斧子さんが俺に近づいて声を掛ける。


「どうしたんですか?」

「め、めが、女神が泉で溺れてる……白目剥いて今にも息絶えようとしているぅぅぅ!」

「やだなぁ、女神さまは魚類じゃないんですから。そりゃあ水の中にいたら溺れちゃいますよ」


 あっけらかんと返答する斧子さん。


「たす、助けないと……」


 泉の中に手を突っ込み、威厳も糞もない女神の手を掴もうとする。しかし女神はチョップで俺の手を叩き落としてこれを拒否。そのまま深淵の水の中へと沈んでいった。

 ……俺は赤く腫れ上がった自分の腕をさすりながら斧子さんに詰め寄る。


「どういう事なんですか! あの女神、瀕死の割には鋭い手刀で俺の腕を破壊しに来ましたよ!?」

「まあまあ落ち着いて眼真くん。女神さまにも矜持があるの、キチンと斧を投げ込んであげないと出て来づらいんじゃないかな?」

「そんな事言ってる場合ですか! 女神としての職務をまっとうする前にどざえもんとか笑えないですよ! そもそもなんで中途半端にリアルなんですか!? 女神は水の中でも息できる設定でいいでしょうがぁぁぁぁ!」


 泉の周りで俺の大声がこだまする、その叫びを聞いた斧子さんは少し沈黙した後、急に羽織っていた制服のブレザーと靴下を脱ぎだす。


「なっ!?」

 

 夏服の短い丈のシャツ、主張の強い胸がより強調されボタンが窮屈そうに悲鳴をあげているのが分かる。紺色の靴下はその場に無造作に脱ぎ捨てられ、すらっとした細い足首が顔を出した。


「お、斧子さん、何してはるんですかぁ!」

「眼真くん、斧なんて持ってないでしょ? 私はほら、持ってるから。ちょっと行って来るね」


 頭の斧を指差してスーハ―と深呼吸を始める斧子さん。そしてピョンと両足でジャンプして足から泉の中へとダイブする。


「お、斧子さぁぁぁん」


 ザッパーン!

 斧子さんが飛び込んですぐ、入れ替わるようにして白目を剥いた女神が勢いよく泉から現れる。多分ギリギリだったのだろう、肩で息をしてゲホゲホと口から飲み込んだ水を吐いている。


「き、汚ぇ……いや、そんな事より斧子さん、やりましたよ。斧子さんのお蔭で女神がプライドに殉じた死を免れましたよ!」


 泉からは何の返答も帰って来ない。泉に顔を突っ込み水中を探すが先ほど飛び込んだばかりの斧子さんの姿はない。

 そんな……俺は必至の形相で泉の上に立っている女神さまに問う。


「女神さま、斧子さんをどこに!?」

「げふ、げふ、ごふ……はぁ、はぁ……えーと。ちょっと待っててくださいね」


 先ほど俺にチョップを食らわせた女神は胸に手を当てて息を整える。


「よし、もう大丈夫。案ずるでない、貴方の落し物は分かっています」


 そう言って女神は両手を泉の中へと突っ込む。そうか、これは金の斧と銀の斧の話。正直に答えれば斧子さんは戻って来るはずだ。童話を思い返しながら少し安堵する。

 女神が水中から取り出したのは神々しい輝きを放つ戦斧と禍々しい邪悪を放つ双刃の斧だった。


「貴方が落としたのは世界に光をもたらす王斧、キングアックスですか? それとも神をも殺す双刃、魔神の斧ですか?」


 なんか凄いの出て来たぁぁぁぁ!! それ両方とも魔王と戦う用の最終装備レベルの武器やでぇぇぇぇ!!


「い、いえ。そんな大層なものではなくて……あ、でも俺にとっては斧なんかよりよっぽど大事な物を落としてしまいまして……」

「そうですか。貴方は正直者ですね、それではこれを差し上げましょう」


 女神はそう言って手をかざすと俺の目の前に光る何かが発現する。

 おぉ!?


「大事な物は失って初めてその大切さに気づくものです。どうかそれを忘れないで」


 そう言い残し女神は泉へと帰って行く。

 なんだか意味深な発言だったな……まあいいか。俺は目の前で光り輝く何かに目をやる。そこに残されたのは『無農薬産地直送』と書かれ雄大な大地で育まれたと思われる瑞々しい大根だった。


「こ、これは上物だぁぁぁぁ!」


 いや、違うよ。美味そうだけど違うよ! 斧、斧、野菜っておかしいよ! さっき持ってた斧すら渡さないのかよ! って言うか斧子さんは!?

 ブクブクと泡を立てて沈んでいく泉の女神、焦った俺は近くにあったボーリング程の大きさの岩を持ち上げる。


「お、の、こ、さんをぉぉぉ! 返せぇぇぇこの糞女神!」


 気合い一閃、泡が出ている場所目がけて勢いよく岩を投げ込む。

 ドプーン! 音を立てて大きく水面が揺れる……しかし女神が水面に打ち上げられる事はなく辺りは静寂に包まれる。


「そんな……遅かったのか、斧子さん……斧子さぁぁぁぁん!!」

「はい、呼びましたか?」


 苦悩の表情で地面を叩く俺の横で、びしょびしょに濡れた斧子さんが立っていた。


「あ、れ?」

「どうでした? 女神さまに会えました?」


 そう言って履いているスカートを手で絞る斧子さん、下半身はまだしも夏服用のシャツの布地は薄く白い下着が透けて見える。

 うぉぉぉ! い、いかん! 俺は斧子さんの方を見ないようにして答える。


「あ、会えましたよ。なんだか適当な女神でしたけど。もう十分満足しました、ほら、斧子さん風邪引いちゃいますよ。早く帰りましょう」


 俺は顔を赤くしながら早口で喋る。


「そうですね。タンコブもできちゃいましたし帰りましょうか」


 濡れた髪をかきあげて露出したおでこを出す斧子さん、そこにはぷっくりと赤く大きめのこぶが出来ていた。

 斧子さんに当たっとるぅ!


「すいません、斧子さん。俺が投げた岩がその……当たっちゃって……」


 極力目線を上にあげて斧子さんの体を見ないように話しかける。


「大丈夫ですよ~。私の頭って斧でも割れないくらい硬いですから」


 冗談とも本気とも取れないその言葉には苦笑いするしかなかったが、とにかく無事で良かった。俺はほっと胸を撫で下ろす。



「いちゃいちゃしてんじゃないわよ……」

「へ?」


 泉の方から憎悪に満ちた声が聞こえて来る。この声は……女神!? 辺りは暗くなり泉が渦を巻き始める。なんかこれって……ヤバイ?


「な、なんだかマズイ雰囲気のような……斧子さん、早く帰りましょう!」

「あ、はい。でもこの世界から戻るには女神さまにお願いするか女神さまを血祭りにあげるかの二択しかないんですけど」


 随分両極端だな!

 そうこうしている内に泉の水が天に昇る勢いで逆巻く。そしてその噴出した水の上で鬼のような形相をして立っている女神。


「なんか怒ってるみたいですけど……もしかして斧子さん前回来た時女神を血祭りにあげたりしました?」


 水柱の上で憤怒の表情を浮かべる女神を緊張感のない表情で眺める斧子さんに尋ねる。


「え? そんな事しませんよぉ。私が前来た時には女神さまにお願いして元の世界に帰してもらいましたよ。凄く優しい方でしたけど」


 そうなのか? じゃあなんであんなに怒ってるんだ?


「ど畜生のリア充どもがぁ! 幸せそうな面をこっちに見せるんじゃないわよぉ!」


 ヒステリックに怒る女神。なにこの人、二重人格!? 超怖いんですけどぉ!


「わ、私だって……私だってねぇ……村人Aといちゃいちゃしたいのよぉぉぉ!」


 頬を赤らめて叫ぶ女神の顔はまるでウブな少女のようだった。


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