表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斧子さんの斧  作者: 赤城 マロ
4/9

第4話:金の斧と銀の斧

 泉の傍できこりが木を切っていました。

 ある日きこりはうっかり手を滑らせて斧を泉に落としてしまいます。

 困り果てて嘆いていると泉から女神が現れてきこりにこう問います。

 貴方が落としたのはこの金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?

 きこりは両方とも違うと答えます。

 最後に女神が鉄製の斧を見せると自分の斧だときこりは答えます。

 正直者のきこりに感心した女神は三本の斧を全て差し上げると言います・

 しかしきこりは『重いのでいらない』と申し出を断ります。

 怒った女神は持っていた斧をぶん投げてきこりの頭にさっくりと突き刺しました。

 以来きこりは斧と共にその人生を歩む事になるのです。


 著者:王子逸(おうじいつわ)


※※※※※※


 ――――う……ん


 眩しい木漏れ日の中でゆっくりと目を開ける、どうやら一瞬意識が飛んでいたようだ。本の中に吸い込まれるような奇妙な感覚……そのせいもあってか少し頭が重い。

 先ほどまでの照明の明るさとは違ってぽかぽかと暖かい陽気。しっかりと俺を照らす太陽の存在がこの不思議な現象が錯覚ではない事を示していた。

 どうやら森の中のようだが、外にテレポートしたわけじゃないよな。鬱蒼とした森林……だが先ほどまでいた御伽山とは違う。と、いう事は……


「大丈夫? 眼真くん」


 そんな考えを巡らせている最中、斧子さんが心配そうに俺の顔を覗き込む。左手から伝わる体温のぬくもりのそれが、斧子さんが握ってくれていた手のあたたかさである事に気付いた俺は顔を赤くして咄嗟に手を離す。


「あ、ははは、やだなぁ。大丈夫ですよ、そんなに心配そうな顔しなくても。ところでここってもしかして……」

「うん、童話の中」


 やっぱりか……にわかには信じがたいが一瞬でこんな場所に来ているのが何よりの証明。理屈は分からないが王子店長が書いた本の中に吸い込まれてしまったってわけだ。まあ、希望したのは俺だし文句を言えた義理もないけど。

 斧子さんに動揺した様子はない、むしろどこか慣れ親しんだような余裕すら感じる。


「あの、斧子さんってこんなとんでも体験を何度もしてるの?」

「え? 私も一回来た事があるだけですよ」


 一回か、思ったより少ないがこの世界の先輩である事に変わりはない。俺は気になっているいくつかの疑問をぶつけることにする。


「パッと見、ただの森であんまりファンタジー感ないけどここって魔物とか出てきたりするのかな?」

「魔物? いえ、そういうのはいないですけど」


 そうなんだ、ちょっと残念。


「この世界では魔法が使えるようになっているとか?」

「いえ、そういうのもちょっと……」


 そうなのか、かなり残念。


「じゃあ、お城とかは?」

「あ、お城ですか。私もお城好きですよ、確か御伽山の近くにもありましたよね、お城。今度行ってみますか?」

「いえ、とても嬉しい申し出だけどそういう事ではなくて……そ、そうだ。目的! この世界での目的って何なんですか? 悪い魔女を倒すとか、現代知識を駆使してチートするとか、ですかね!」

「えっと……観光?」

「なんか思っていたのと違ぁぁぁぁぁう!!」


 俺の叫びにハテナマークを浮かべ眉をひそめる斧子さん。

 違うから、そういうのじゃないから。折角ファンタジーな世界で美少女と二人っきりだというのに普通に観光じゃあ物足りないからぁ! もっとこう、共に戦い危険をくぐり抜けて近づく二人の距離とか、ヒロインのピンチに駆けつける主人公とか、現代社会では一般的にできる事でも現地人にとっては神と崇められるスキルで無双する展開とか、普通そういうのだろファンタジー世界って!

 ガックリ肩を落とす俺を気づかってか、斧子さんが声を掛けてくる。


「あ、でも魔物とかが出て来る本もあるみたいですよ。危ないから読ませて貰えないだけで」


 魔物とかが出て来る本もある? そういえば斧子さんが持って来た本のタイトルは確か『金の斧と銀の斧』だったな。


「……同じように別世界に入れる本が他にもあるって事ですか?」

「そう、だからあまりガッカリしないで、ね?」


 顔を近づけて慰めてくれるその優しい声にうっかり惚れそうになる。考えてみれば斧子さんと二人っきりの秘密を共有しているのだ。それ自体はとても素晴らしい事なのだと自分を納得させる。


「そう言えばこの世界って、あの本を読めば誰にでも来られる物なんですか?」


 そう考えると凄い魔本だ。あの店長が実は魔王とかいうオチじゃないだろうな。


「誰でもではないですよ。千里眼を持っていないとあの本はただの絵本童話なんです」

「千里眼って、大層な名前がついてますけどちょっと目が良いだけですよ?」

「でも私の斧が見える人ってそんなにいないんですよ? 誰も何も言って来ないですし」

「そうなんですか?」

「はい。この斧が突き刺さったのって割と最近なんですけど、少し友達と疎遠になったくらいで誰も気がつかないみたいですし」


 それ気がついた上で完全に避けられてるパターンやで。

 でも意外と見えない人が多いのかもな、流石に教師とかには注意されるはずだもんなぁ……現代社会の視力の低下、恐るべし!


「では、折角なので女神さまがいる泉に行ってみますか?」


 そう言って森の奥の方を指差す斧子さん。


「え、いきなりメインディッシュですか? 少し村とか見てみたい気もするんですけど」

「村ですか? 別にいいですよ。でも村人Aさんしかいないから退屈かもしれませんよ?」

「一人? 少なっ、なんでそんなに少ないんですか?」

「元々この『金の斧と銀の斧』の世界には女神さまと村人Aさんの二人しか登場人物はいません。王子店長が他の村人を書くのが面倒だという理由で登場しませんから」

「世界観狭っ!」


 なんだそれ、俺たち含めてこの世界に四人しかいないのかよ。それに村人一人しかいないなら村人Aじゃなくて村人でよくないか!? 先程までの高揚感はどこへやら、この世界に来てまだ数分しか経っていないのにそのスケールの小ささに肩を落とす。

 滑走路だけ無駄に長くて高度は低い的な尻すぼみ具合を感じながらも、俺はさっさとこの童話のメインキャラである女神に出会うべく森の奥へと入って行く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ