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斧子さんの斧  作者: 赤城 マロ
3/9

第3話:視力1.5の千里眼

「千里眼? それに『見える』って……?」


 知ってはいるがあまり言う事も聞く事もない言葉を投げかけられた俺は確認するように問いかける。


「ほら、眼真くん。私のコレ見えるんでしょ?」


 そう言って斧子さんは自分の頭の斧を指差す。俺は話が噛み合わない違和感を覚えながらも返答する。


「あぁ、斧のコスプレの事ですよね。そりゃあ見えますよ」

「眼真くん……と言ったね。斧子ちゃんの頭の斧、何かおかしいと思わなかったかい?」


 斧コスプレ自体がおかしいと思う、という回答は求められていないんだろうな。物自体は見事な出来栄えの鉄の斧だとしか言えないが……

 ん? そういえばさっきコスプレ斧を上手く掴めなかったかな。


「おかしいというか、その頭の斧を触ろうとして上手くいかなかったような……あ、もしかして遠近法的なギミックがあるとかですか?」

「ふふ、違うよ。君がその斧に触れられないのも無理はない。その斧はこの世界の物ではないのだからね」

「この世界の物ではない?」

「そう、普通は触るだけでなく見ることすら叶わない。しかし君には見えるんだろう?」

「は、はぁ……?」

「それは君が千里眼の持ち主だからだよ」


 な、なんだってー!? 言っている意味は良く分からないがつまり千里眼という特殊能力を持った選ばれた人間って事か? 俺が!?

 斧を着飾った不思議な美少女との出会い、そして現実世界と隔絶したような書店で意味深な事を呟く店主。これはもしかして夢にまで見たファンタジーライフの幕開けなのか!?


「千里眼って遠くの物も見通せる目の事ですよね、俺にそんな不思議な力が宿っているんですか?」


 俺はごくりと生唾を飲みながら尋ねる。


「あぁ、そうさ。眼真くん、君視力は1.5以上だろう?」

「視力ですか? はい、目はいい方なので」


 ……

 ……


 ……え? まさか……そ れ だ け!?

 続く沈黙に耐えきれなくなった俺は口を開く。


「あの千里眼って……」

「ん? だから1.5以上の視力を持つ者を千里眼と呼んでいるのさ、その方がカッコいいからね!」


 カ、カッコいいからだと!?


「最近は携帯やゲーム機などの影響で世界の平均視力が落ちているからね。実に嘆かわしい事だよ」

「は、はぁ。そうですね……で、斧子さんの斧が見える理由ってそれだけなんですか?」

「え……そうだけど? 目が良いと色んな物が見えて本当にお得だよね」

「そんなのスペシャル感がまるでないじゃないですかぁぁぁ! 瞬間夢見た美少女と秘密を共有してファンタジー世界よこんにちはの夢はどうしてくれるんですかぁぁぁ!」


 一瞬よぎった期待感からの落差で王子店長の足にしがみついて膝から砕け落ちる俺。


「ちょ、ちょっと落ち着いて。そんな夢があるのなら君も千里眼を使ってファンタジーな世界へ行ってみるかい?」

「へ?」

「斧子ちゃん、この前読んでいた本を持って来てくれるかな」


 王子店長に言われて「はい」と丁寧に返事をした斧子さんは本棚から一冊の本を持って来る。そこには『金の斧と銀の斧』というタイトルが書かれていた。


「金の斧と銀の斧……ってあの童話の?」

「そうだよ、まあこれも僕が童話を元に書いた絵本で少し内容は違うんだけどね。良かったらこの絵本の中の世界に入ってみるかい?」


 何を言っているんだこの人は。

 こんな場所に店を構える時点でお察しだったが、やっぱりちょっと頭のおかしい人なのか? 俺もつい調子に乗って話を合わせてしまったがあまり関わらない方がいいのかも……あ、でも全部妄想って事になると斧子さんの斧の理由が説明つかないよな……

 そんな事を考えて返答に躊躇した俺を見透かしたように王子店長は自ら言葉を切り出す。


「陸上競技などで稀にある話なのだけれどね。それまで誰にも破られる事がないと言われ、不可侵とされてきた大会の記録が予選ごとに次々と塗り替わるという現象があるんだ。同一ランナーが更新しているというわけでもなく、ね」

「はい?」

「何故だと思う?」


 なんで急に陸上……? 一体なんの話だ?


「う~ん、その時のトラックのコンディションが良かったとか……あ、あと大きな大会でアドレナリンが出ているとかですかね?」

「そうだね、確かにそういった要素も必要だろう。でもこうも考える事はできないかな、レースに参加した選手の一人が記録を破る事によって不可侵の記録は不可侵ではなかったと競技者全員に認識されたから、ってね」

「……はぁ?」

「人の常識なんてものは認識が少し変わるだけで殻でもなんでもなくなってしまうという事さ」

「……つまり四の五の言わずに言われた通りにやってみろと、そう言いたいんですか?」

「そこまで横暴な事は言わないよ。でも折角来てくれた大事なお客様だ、是非他書店では味わえない体験をしてもらいというだけだよ」


 優しく微笑む王子店長は嘘を言っているようには見えなかった。


「そうは言っても認識を変えるというのはリスクも伴うからね。かくいう僕もつい先日ポッポを探して不可侵の地域に侵入してしまってね。警察のご厄介になったばかりさ」


 そんな非常識な人に常識を説かれてるの俺!?


「ま、まあポケ○ンGOの話は置いておいてですね。斧子さんの斧の件もありますし半信半疑ではありますが、その……本の世界って奴に入れるなら入ってみたいです……」


 まだ少し躊躇もあり言葉を濁しながら答える。そんな俺の肩をポンッと叩いてグッと親指を突き立てる王子店長。


「それじゃあ早速入ってみようか。でも一人じゃ危ないかもしれないな……斧子ちゃん、彼について行ってあげてくれないかな?」


 横でやり取りを見ていた斧子さんにそう依頼する王子店長。

 ん? 斧子さんがついて来てくれるのか? というより斧子さんはこの話を聞いて全然動じていないんだな……まあそもそも今の与太話を信じざるを得ない理由と、現状における日常との乖離は斧子さんに突き刺さっている斧に他ならないのだからこの話に関与していない方が不自然だとも言えるが。


「え、いいんですか? バイト中なのに」

「構わないさ、それにもしかしたら君のその斧の呪いを解くヒントを得る事ができるかもしれないからね」


 斧子さんに突き刺さった斧を見ながら聞き捨てならない発言が飛び出す。


「あ、でも私。そんなにコレ嫌じゃないので」

「それは知っているよ、でも日常生活に支障がないとは言い切れないだろう。間違って具現化したらどうなるか……分かるね?」

「あ、もしそうなったらさくっと逝っちゃいますね。確かにちょっと危険かも」

「そうだろう。そんな簡単に上手く行くとは思っていないけれど一人より二人の方が可能性は広がるからね」


 会話について行けずただ二人のやり取りを眺める。しかし気になるワードが一つ。『呪い』……確かに王子店長はそう言った。平然としているが実は斧子さんってとんでもない事に巻き込まれているんじゃないのか?

 そんな考えを巡らせる俺に斧子さんが本を持って近づいて来る。


「眼真くん、嫌だったら言ってね。危ない事もないとは言い切れないから」


 少し不安そうな顔をする斧子さんを見て決意を固める。


「正直よく分からないけど斧子さんも行くんですよね。それなら当然ついて行きますよ。まだ道案内の任は終わっていませんから」


 精一杯格好をつけてみる。不安はあるがただ興味本位の返事ではない、もし斧子さんの頭の斧が危険な物でそれを取り除く方法があるのであればどこへだって行ってやろうじゃないか。


「うん、ありがとう。じゃあ行くね」


 そう言って斧子さんは絵本にしては少し分厚い『金の斧と銀の斧』のページをペラペラと捲って行き、後半部分の一枚のページを開く。そして「よーく見てね」とトントンとそのページの絵を指差す。王子店長の書いた絵だろうか、あまり上手ではないがこれは女神が斧を持って泉から出て来る有名なシーン……

 ……!!


 その時、開いたページが目の中に吸い込まれるような錯覚に陥る。いや、これは逆……俺が吸い込まれて――――


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