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斧子さんの斧  作者: 赤城 マロ
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第2話:古書店の秘密

 バスに揺られる事10分、バス停から歩く事更に10分、俺は久方ぶりの御伽山を訪れていた。

 本当に何年ぶりだろうか。地方伝のせいもありこの地域の少年、少女は滅多な事ではこの山に寄りつく事はない。当然の事ながら俺自身も例に漏れずもう何年もこの山に来ることはなかった。


 理由はいくつかある。この山は登山をする程の大きさではないし、花見のシーズンに見る桜が植えてあるわけでもなければ、見晴らしのよい高台があるわけでもない。その上、治安の悪さか風評被害のせいかは不明だが飲食店などの類も山の近くにはほとんど見当たらない。あるとすれば所々に壊れた鳥居と広さだけは立派だが手入れされている気配のない墓地くらい。つまり肝試し以外でこの山を活用する事は皆無なのだ。

 だからこそこんな場所に古書店があるという事が不思議に思えてならない。土地は安いのかもしれないが立地条件が悪すぎるからだ。


「斧子さんのバイト先ってどこら辺なんですかね? 民家しか見当たりませんけど」

「えっと、少し山を登った所なんですよ。もうちょっと歩くけど大丈夫ですか?」


 山の中? 別に歩くのは構わないけど山の麓ではなくて山中で店を開いているのか? 確か御伽山は自治体所有だったはず……まさか無許可で商売しているわけじゃないよな……


「あの、一応御伽山って官地なんですけどその古書店ってちゃんと許可って取って商売しているんですよね?」


 少し先を歩く斧子さんに恐る恐る訪ねる。何せ自作の本を並べるようなあやしい本屋だ。法的にアウトな可能性も十分ありえる。


「大丈夫ですよ~。店長も三十路ですのでそういう事はキチンとされていると思いますよ」


 三十路だから大丈夫という理屈は理に適っていないとは思うが……まあいくらなんでも考えすぎか。あまり怪しい場所で斧子さんが働いている場合、何としてでもバイトを辞めさせなければならない。そんな正義感にかられていた俺だったが、よくよく考えればたかが本屋。問題がある事の方が稀な業種だ。

 少し疑い深くなってしまっていた自分を戒めるように小さく頭を小突く。


「着きましたよ。ここです」


 御伽山を5分程登った所で斧子さんが立ち止まり右手でバイト先を指さす。

 そこには『古書店ネグロゴンド。この先50メートル』と書かれた看板と、すぐ横に高さ3メートル、横幅5メートル程の大きな洞穴が岩壁をくり抜いて作られていた。


「え……ここ? ここですか?」

「はい、古書店ネグロゴンドへようこそ!」

「いや、ようこそじゃなくて完全に洞窟なんですけど」


 とっても違法(アウト)っぽい……


「私、バイト先が御伽山の洞窟の中って言いませんでしたっけ?」

「確かに言ってたよ! でもガチの洞窟じゃないですかぁ!」

「そうなんですよ! 冒険心をくすぐりますよね!」


 駄目だ……斧子さんの目がキラキラしている。

 こんな地獄の騎士が出てきそうな場所が本屋だと!? 誰がこんな怪しい場所に本買いに入るんだよ、人目を忍んでエロ本買いに入るのすら躊躇するわ!


「さ、行きましょう」


 そう言って俺の手をギュッと握る斧子さん。

 ふぉぉぉぉぉ! 女性慣れしていない俺にそんな大胆なボディタッチはやめてくれぇぇぇ! 好きになっちゃうでしょうがぁ! 

 興奮値のメーターが振り切れた俺は瞬間我に返る。そ、そうだ。こんな怪しい場所なら尚更斧子さんを働かせるわけにはいかない、物珍しさで冷静な判断ができていないのかもしれないが明らかに駄目なお店だよここ! 

 俺は使命感に近い決意の元、洞窟の中へと足を踏み入れる。


 洞窟の中は少しひんやりしていて夏場には丁度いい冷気が充満していた。側面には雰囲気重視の少し古びた電球がいくつも並べられており歩くのに困難な程暗くもない。また壁もコンクリートでガッチリ固められて割としっかりとした造りになっており、外から見る程の不気味さはなかった。

 少し拍子抜けしながらも先に進むと突き当たりに小さなドアが見える。


「ここが、お店ですか?」

「はい、お客様。もし気にいった本があれば是非ご購入宜しくお願い致します」


 そう言って少し舌を出して営業スマイルを見せる斧子さん。

 俺がその笑顔に見惚れている間に洞窟のドアがギィっと音を立てて開く。


「っ、眩し……!」


 ドアの先で煌々とした照明の数々が俺たちを迎え入れる。想像していたよりも遥かに明るく、そして広い。一階と二階に分けられた何列もの本棚、そしてその棚にぎっしりと詰まった本。大手の本屋でもこれだけの数は取り揃えていないのではないか、その本の量に圧倒される。


「すっげ……」


 俺は感嘆の言葉を口にしながらふらふらと店内を歩き回る。内装だけなら今まで見た本屋の中でもぶっちぎりで一位だ。隠れ家的な本屋としてTVに紹介されてもおかしくない程に日常と隔絶した空間にため息が零れる。

 正直疑念を抱いていた自分が恥ずかしい、そう思わせるほどの不思議な魅力がこの店にはあった。今考えればこの洞窟風の入口も有名デザイナーが考えた庶民には理解できないハイセンスな建築物なのかもしれない。小さな視点で物事を見ては駄目だな……


 しばしの反省を終えた俺はこれだけ素晴らしい空間にどんな本が置かれているのか興味が沸き近く本棚を眺める。そこには『タ○ンページ』と書かれた黄色い分厚い本が所狭しと何冊も置かれ本棚を占拠していた。


「売ったら駄目なヤツだよ!!」

「え? 何か言った眼真くん?」

「言ったよ! なに売ってんだよこの本屋は! 絶対売ったらいけないヤツだし買う人いないよ! 悪徳商法にもならないくらい頭悪い手法だよ!」


「その心配はないよ」


 荒ぶる俺の声に反応し二階から一人の男性が階段を降りてくる。ボサボサのくせ毛に丸眼鏡、白い羽織を纏ったその優男はポリポリと頭を掻きながら俺に声を掛けてくる。


「あ、王子店長(おうじてんちょう)。遅れてすいません」

「構わないよ斧子ちゃん」


 なぬ!? こいつが店長、諸悪の根源か!


「それよりそこの彼、なにやら言いたい事があるようだね」


 不敵な笑みを浮かべて再度俺に話しかけて来る。


「……そりゃありますよ、これって違法じゃないですか。こんな危ない事に高校生を巻き込んで恥ずかしくないんですか?」


 相手がヒョロっとした体躯という事もあって、初対面の王子店長たる男に少し強い口調で物申す。


「ふふ、君はその本の中身を読んだのかい?」

「えっ? 読んだも何もただのタ○ンページじゃ……」


 そう答えながら黄色く分厚いタウ○ページをペラペラと捲る。


「……っな! これは!?」

「ふふ、気付いたかい?」


 その本の中身に驚愕する俺。


 アリス地区

 武器屋:チェシャの金棒

 ◆安くて長持ち、片手剣ならどこにも負けません

 

 防具屋:ドードー護身

 ◆安全・安心をモットーに貴方の命を守ります。※鎧や盾の修理も始めました


 宿屋:キャロルの安らぎ

 ◆洋風のくつろぎ宿、お部屋から眺める朝日は絶景です



 そこに書いてあったのは見た事も聞いた事も無い店の名前。次のページも……その次も……ぎっしりとお店の紹介ページが書かれていた。


「まさかこれは!?」

「そう、僕の妄想世界の職業別電話帳さ」


 現実の世界でも、ましてやゲームの世界ですらない。自分の頭の中で考えた妄想世界の電話帳だと!? いい歳した大人がそれを1000ページ以上書いて売っているというのか!? それって……それって……


「法的にはセーフでも人としてアウトだよ!」

「いやぁ、そんなにはっきり言われると傷つくなぁ」


 そう言って頬を掻いてヘラヘラと笑う。


「あ、すいません。つい……」


 いけない。目上の人に、しかも初対面の人に対していくらなんでも失礼すぎだ。自分の発言に後悔し深々と頭を下げる。


「いや、いいんだ。気にしないでくれ。それよりも君は斧子ちゃんの友達かい?」


 なんだ、ちょっと変だけど物腰も柔らかくていい人っぽいな。しかし俺って斧子さんの友達になるのか? さっき知り合ったばかりだけど……


「はい、さっき知り合って親切に道案内をしてくれた御心眼真くんです」

「道案内? 斧子ちゃん道に迷っていたの?」

「実は自転車がパンクしちゃって……あ、そうそう王子店長。眼真くんも『見える』んですよ」


 それを聞いた王子店長は顎のあたりを触りながらまじまじとこちらを見てくる。


「ほう、珍しいね。君も千里眼の持ち主かい」


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