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雪の女王は戦馬と駆ける  作者: 悠井すみれ
11. 波紋
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隠れ家 レフ

 イシュテンへの侵攻を試みたマズルークがあえなく敗走したとの報を、レフはとある屋敷の一室で聞いた。イシュテンへ潜入し、ブレンクラーレの王妃――摂政陛下アンネミーケが確保した隠れ家に落ち着いて数日経ったある日のことだった。


「ふうん……」


 とはいえ彼の感慨は薄い。

 マズルークは先のミリアールト滅亡の際に何もしなかった国のひとつだ。どうせイシュテンが占領に苦慮して付け入る隙ができるのを待っていたに違いない。私欲のために狼の群れに手を出した者が、手痛い反撃に遭ったにすぎない。どうせなら多少なりともイシュテンに痛手を与えれば良かったのに無能だ、と冷たく思うだけだった。


 彼にその報せをもたらした男も、感想はあまり変わらないようだった。穏やかな苦笑とともに冷静な口調を保ってレフに対している。ブレンクラーレにしても、マズルークなど有象無象の小国のひとつでしかないのだろう。


「ことが長引けばティグリス王子が挙兵する隙になったのでしょうが。中々上手くいかないものです」

「摂政陛下の期待通りにはいかなかったということだな」


 ――僕としては喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……。


 地味な容貌を持った相手のことを、レフはじっとりと眺め、睨んだ。アンネミーケが選んでイシュテンに遣わし、恐らくは彼の監視の役も与えた者だ。外交官というよりは密偵とでも言うべき役目にある者なのだろう。一度別れたらすぐに忘れてしまいそうな個性のない顔は、いかにも()()()はあるかもしれない。

 ミリアールト王だった伯父や、彼の父がこのような役割の者を使っていたのかどうか、レフは知らない。彼らの気性を考えるに、他国の情勢をこそこそと窺うのは好まなかっただろう。仮に密偵のような者を放っていたとしても、アンネミーケほど使いこなしてはいなかったと思う。


 彼が他国を陥れるための企みに加担していると、今は雪の(コロレファ)女王(・シュネガ)の氷の宮殿にいる父たちが知ったら嘆くだろうか。怒るだろうか。彼らの娘でもあるシャスティエのためだからと、納得して欲しいものなのだが。


「まあ、ティグリス王子との折衝は他の者の役目ですから。公子は例の側妃――姫君のことさえ考えていらっしゃれば良い」


 ――言われなくても!


 苛立ち剣呑なものになっているであろう目つきを隠すため、レフは窓の方に目を向けた。ブレンクラーレの密偵と茶を囲む――非常におかしな状況ではある――部屋の外にはイシュテンの緑鮮やかな夏が広がっている。昨年ミリアールトからこの国に密入国した際は既に秋の気配が訪れていたから、彼がイシュテンの盛夏を味わうのはこれが初めてということになる。


 祖国ミリアールトの夏に比べれば日差しも強く、木々の緑の色も濃いが、レフにとってはどれも重要なことではない。彼が想うのは従姉のシャスティエの身だけ。この夏の暑さが身体に堪えてはいないかどうか。明るい太陽は彼女の心を照らしているかどうか。


 憎い相手に売り渡された身の上を慰めることなど、何にも、誰にもできないのだろうが。


 イシュテンに入国したとはいえ、彼女が囚われているという王宮は遥かに遠い。距離の上でも、掻い潜らなければならない警備の面から見ても。


 無力さに歯噛みしつつ、独りごちる。ただ単に間を繋ぎ、内心の苛立ちや不満をなるべく悟らせないようにするためだけに。


「ティグリス王子とやらに、勝算はあるのだろうか」

「そのように、摂政陛下は思し召しです。現王の下で権に冷遇されている諸侯は王子に与して権に預かりたいでしょうし、何よりブレンクラーレの後ろ盾があるのです。十分に勝機はあると言えましょう」

「そうか……」


 無論発言に大した意味がある訳でもなく、イシュテンの玉座が誰の手に渡ろうと一切興味がないことだったので、レフはまた気のない返事をしただけだった。彼の手で現王を――父や兄たちを殺した男を討ち取る機会があるというなら話は別だが、アンネミーケは彼を戦いに加わらせはしないだろう。彼は憎い仇が敗れ屈辱に塗れる様を遠くから眺めることしかできないのだ。


 それにティグリスとかいう王子の勝利を願う理由もない。所詮はイシュテンの獣の一頭、貪欲で残忍な簒奪者に過ぎないのだ。


 ――兄弟で争い合うなんて汚らしい……!


 イシュテン王もその弟も。レフにとっては嫌悪と憎悪の対象だ。いっそ共倒れになれば良いとさえ思う。


 更に、ティグリスの勝利はシャスティエの危険を意味する。アンネミーケが口にした通り、現王の血筋は絶やさなければならないのだから。王の子を懐妊している可能性がある以上、彼女も見逃されることはないだろう。


「――姫君は今のところは大切に扱われているでしょう」

「何?」


 密偵の男が口を開いたのは、レフが脳裏によぎった従姉の白い肌を追い払おうとした瞬間だった。苦しんでいる彼女を想うのには、あまりに不埒な想像で後ろめたくて。自分を恥じたところだったので、不意に声を掛けられて尖った声を出してしまう。


「ミリアールトとの――公子にとってはご不快な表現でしょうが――()()はイシュテン王にとっても重要なはず。先ほどのマズルークとの一件でも、指揮を執ったのはミリアールトから降伏した将だったとか」

「グニェーフ伯のことか」

「そう。今はイルレシュ伯と名乗っているそうですが」


 ――裏切り者め!


 その男の名を舌に乗せるのも耳に入れるのも不快でしかなかった。激しい怒りと憎しみは歯軋りしたくらいで紛らわすことはできず、レフは茶器を割れんばかりに握り締める。喚き散らしても何の益にもならないことは承知している。油断できない相手の前で醜態を見せることだけはしたくなかった。


「ミリアールトの力が王に必要だから、という訳か……」

「ええ。イシュテン王は諸侯を全て従えている訳ではありませんので」


 正解を出した生徒を褒める時の口調で、相手は頷いた。ついでに、とても言うように気遣うような微笑みで付け加えてくる。


「そして王がミリアールトを重用するほど不満を持つ者は増えましょう。ティグリス王子につく者も、同様に」


 レフはやはり未熟なのだろう。相手の表情に憐れみのような色が滲んだのは、彼が内心を隠しきれていなかったからだと思う。そうと知ることもまた、レフの苛立ちを掻き立てる。


 彼はいまだに何一つ従姉のために為すことができていない。


 女王と祖国を裏切った卑劣な男の行いこそが、シャスティエを守っているのかもしれないということ。一方でその行いがティグリスの乱を後押ししかねないということ。その全てを、摂政陛下アンネミーケは見越して事態を操ろうとしているということ。

 何もかもあの手強く信用できない女傑の手の内かと思うと面白くない。従姉を救えと言い含められたことさえ、何の気まぐれか――あるいはどのような裏があるのか、知れたものではないのだ。


 ――謀と知っていても乗るしかないなんて……!


 不穏に軋み始めた茶器を掌中から解放すると、レフは努めて冷静な声を装った。彼の知らないところでアンネミーケの指示を受けているであろう目の前の男から、少しでも情報を引き出すために。


「ティグリス王子はいつ挙兵するんだ。混乱が起きる前にミリアールトの女王をお救いしたいのだが」


 従姉のことをあえて女王と呼んだのは、彼女の身の重要性を強調するため。そしてもうひとつ、彼の想いを隠すため。彼女を愛しているからではなく、祖国のために行動しているのだと思わせるためだった。


「たとえティグリス王子が勝利しても、王都が落ちるまでには十分に間がありましょう。焦ることはありません」


 ……そのような努力も、無駄なのだろうが。相手の表情には依然として慰めと侮りが同居する微笑みが浮かんでいる。目の前の密偵も、その背後にいるアンネミーケ王妃も、彼のことを恋に盲目な愚かな若者としてしか扱うつもりはないようだ。


「今後の予定を何ひとつ知らされていないのでは焦りもする。摂政陛下は誰と交渉して女王を奪還するつもりなんだ?」

「先方の立場もありますので、私どもも密かに接触している最中でございます。公子の出番は全ての手はずが整って、姫君を連れ出すその時ということになりましょう。親しい従弟君がいらっしゃれば、かのお方も助けが来たのだと信じてくださるでしょう」

「その相手とは……」

「申し上げる訳には参りません。摂政陛下のご命令なので」


 脅し、懇願、説得。口調も言葉も様々ながら、似たようなやり取りは既に何度も行われている。だから密偵の男はにこやかかつ冷然とした態度を崩さなかったし、レフも今更激昂することはなかった。

 これは、相手の態度を念のため確かめておこう、という程度のことだ。ブレンクラーレの者たちは、彼を徹底して侮り駒として扱おうとしているのだと確かめただけだ。


「そうだろうな」


 短く吐き捨てて立ち上がると、男はさすがに表情を動かした。ほんの僅かではあるが、驚きと、動揺を現して。


「――どちらへ?」

「散歩も許さないと?」

「貴方は目立ちすぎます」

「屋敷の周辺だけだ。どうせ誰もいないし馬を盗もうというのでもない」


 この屋敷に務める者は、下働きの女たちから厩舎の馬丁に至るまで間者として選りすぐられた者らしい。彼らから情報を聞き出そうとしても無駄に終わることは、レフはとうに学んでいた。


「……せめて髪は隠してくださいますよう」

「もちろん」


 苦々しげに見送る男に対して、レフは爽やかに笑って見せた。ギーゼラが相手の時ほどではないだろうが、彼の笑顔には相手を黙らせる力があるらしいのだ。




 彼らが滞在している屋敷は、長閑(のどか)な片田舎に位置していた。めぼしい都市からも距離があり、周囲には小麦の畑が広がるばかり。あの男が散歩を許したのも、馬を使えなければどこへ行くこともできないと知っているからだろう。


 ――この期に及んで逃げなどはしないさ。


 アンネミーケは彼を利用するつもりなのだろうが、レフも同じことを考えている。彼がひとりでどう足掻いたところで、ブレンクラーレの密偵たち以上の情報を手にすることも、イシュテンの有力者と縁を結ぶこともできない。いくら不信があっても、今は堪える時だった。


 彼が屋敷を抜け出したのは、闇雲に出奔しようなどと考えているからではない。憂さ晴らしの散歩のためなどでも、無論ない。

 確かめたいことがあったのだ。


 頭に布を巻いて金の髪を隠し――夏の最中に鬱陶しいことこの上ない――、左右に麦畑を見渡しながら、土が剥き出しの道を歩く。あまり屋敷を離れると追手が掛けられかねないから、屋敷が目に入る範囲からは出ないように。

 麦は収穫の時期を迎えているので、鎌を手にした農民たちが黄金色の麦穂の波の間に見え隠れしている。そのうちのひとり、まだ若い娘が顔を上げて腰を伸ばした瞬間を、レフは見逃さなかった。


 目が合った瞬間を逃さずににこりと微笑むと、重労働に顔を顰めていた娘が耳まで赤くなるのが見えた。彼の笑顔は特に年若い少女に対して有効なのだ。残念ながら従姉が心を動かしてくれたことはあまりなかったけれど。

 軽く首を傾げて手招きすると、娘は仕事を投げ出し、麦穂を掻き分けて駆け寄ってきた。


「何――旅の人?」


 間近に来て彼の碧い瞳に気付いたのだろう、娘はイシュテン人らしい黒い瞳を見開いた。話す言葉にはやや訛りがあるが、幸い通じないというほどでもない。


「そう。あそこに滞在している」


 屋敷を示すと娘は納得したように頷いた。周辺の農村に対しては、ブレンクラーレの豪商が貴族の別荘を買い取ったのだと説明してあるという。あの男がそう言ったのだ。筋書きをなぞってやっているのだから文句は言わせない。


「何の用よ」


 ぶっきらぼうに問うた娘の仕草は、おかしいほどにギーゼラと似ていた。彼に声を掛けられて嬉しくてたまらないけれど、気軽についていくような女ではないと、節度を守らなければならないと、自身に言い聞かせているかのよう。その期待も恥じらいささやかな矜持も、若い娘の反応に貴賎は関係ないということらしい。

 内心の感慨は悟らせることのないように。レフはまた微笑んで、娘の頬を林檎のように赤く染めさせた。


「まだ見習いでね。雑用ばかりで商談には関わらせてもらえない。ここがどこかさえちゃんと教えてもらえないんだ」


 これは、限りなく事実だった。密偵たちはイシュテンの地図をしっかりと頭に入れているようで、地図を見ることも彼の前で地名を口にすることもしなかった。彼を逃がすまい、余計なことを教えまいとする策のひとつかもしれなかったし、単にいつも通りというだけかもしれない。表に出られない役目を負った者たちならばその程度の芸当はできて当然、何の不思議もないのだから。


 とにかく――


「偉い方々のお招きを受けてもお名前もしらないのでは話にならない。ねえ、ご領主様のことを教えてくれない?」


 眉を下げて娘の顔を覗き込むと、彼女はそんなこと、と呟いて嬉しそうに笑った。その笑顔もまた、ギーゼラと似ていた。ブレンクラーレの王太子妃は、自身の発言がレフの関心を引いた時にこのように嬉しそうな顔をするのだ。彼の役に立ちたい、喜ばせたい、と。そう思わせることができるのならば、微笑みくらいいくらでもくれてやろう。


「ここは侯爵領よ。ティゼンハロム侯爵様。知ってる?」


 ――やはりか……!


 その名前は彼が予想していたものと違わなかった。会心の笑みは胸に留めて、レフは娘に対して感心した顔を作る。


「偉い方だよね」

「そう! 凄い人よ」


 娘はなぜか誇らしげに胸を張った。低い身分の者は主の地位を競うものなのだろうか。レフが目上に仰いでいたのは、ミリアールト王に王太子、それに父と兄たちと肉親ばかり。儀礼の場では跪いたし、もちろん尊崇の念は篤かったけれど、身内の情がそれに勝っていたと思う。だから、顔も知らないであろう侯爵のことを得意げに語る娘の感覚は、彼にはよく分からなかった。


「お嬢様が王妃様になったんだもの」

「でも、侯爵領とはいえ広いだろう。侯爵ご自身がこの辺りにいるとは――」

「本当に何も知らないのね」


 娘はくすくすと笑う。異国の者に教えることができるのが得意なのかもしれない。こういう些細なことを喜ぶところも、ギーゼラを思わせる少女だった。


「確かに王都にいらっしゃることも多いそうだけど。でも、侯爵様のお屋敷はここのすぐ傍なのよ。馬なら一日で行けるそうよ」


 その口ぶりからして、彼女自身が侯爵邸を見たことはないのだろう。それほどに、彼女の世界は狭いのだ。ティゼンハロム侯の名とは、無知な農民の間にも知れ渡っているということ――それほどに、強大な権力を持つ存在だということか。


「ふうん……」


 ともあれ予想を確信に変えることができた。レフは笑うと、娘の手を取って彼女に小さい悲鳴を上げさせた。


「何すんの!」

「お礼だよ。とても参考になったから。相手の名前も知らないのでは抜け駆けもできなかったからね」


 そう言って娘の荒れた手に握らせたのは、イシュテンの硬貨。以前、王都の娼館にいた時に稼いだものだ。


「や、役に立ったなら良かったわ」


 娘にとっては彼が触れることの方が礼になるのかもしれないが。ついでとばかりに、彼女の耳元に口を寄せて囁く。


「僕が聞いたことは誰にも言わないで。余計なことをしたと叱られてしまうから」

「わ、分かったわ」


 俯いてまともに目を合わせることもできない様子の娘を、作業に戻るように促してからレフは踵を返した。

 彼女がこの会話を漏らすことは心配していない。彼の姿は目立っただろうし尋ねたことも冷静になれば不審に思うかもしれないが、農民の娘がティゼンハロム侯や密偵たちと話す機会などないだろう。




「――お早いお戻りで。気分転換にはなりましたか?」

「ああ。気遣いありがとう」


 屈託なく微笑んだレフを、密偵の男は怪訝そうな目で眺めた。彼の気鬱や不機嫌がそう簡単に直るとは思っていなかったのだろう。

 何かしてきたのか、と聞きたそうな、実際そうして彼の機嫌を損ねるのを恐れるような。何ともしがたい表情で半端に口を開いたままの男に軽く挨拶をして、彼は自室へと引き下がった。


 ――摂政陛下はやはり不実な人だ……!


 苦々しく歪めた口元を見られることがないように。


 アンネミーケは、ティグリス王子を後援するのと同時にティゼンハロム侯にも接触しようとしているらしい。ティゼンハロム侯は――王妃の父であるからには――とりあえずは王に味方する者だ。恐らくティグリス王子についていることは伏せて、王妃を脅かす邪魔者を引き取ってやるとでも言うつもりか。レフに告げた聞こえの良い言葉といい、全くバカにしてくれる。


「思い通りにさせるものか……」


 誰にも聞かれない声量で、更に用心を重ねて祖国の言葉で囁く。密偵たちは、ミリアールト語にも通じているのかもしれないが。


 アンネミーケはレフをどうとでも言い包められると侮っているのだろうし、事実未熟なのは否定できない。

 しかしあの女が思っているよりは、彼はイシュテンについて知っている。何しろ彼が一時身を寄せていた娼館は、ティゼンハロム家に縁の若者たちが贔屓にしていた店なのだ。女たちとの会話から、ティゼンハロム家の力も、王との確執も。王妃との間に世継ぎがいないために側妃を警戒する状況も知らされているのだ。


 ――シャスティエ。君は危険を全て承知で側妃なんかになったのか!?


 きっと違うと思う。そもそも彼女が()()()の妻などという立場を望むはずがないのだ。どのような甘言で騙したか、それとも脅したのか――そう思うと、グニェーフ伯を尚更許せないと思う。


 噂に聞いたティゼンハロム侯の気性からしても、娘を脅かした側妃を簡単に引き渡すとは思えない。厄介払いができると単純に喜ぶような単純な男ではなさそうだ。


 ――つまり、取引に応じさせるようにしなければならない……。


 アンネミーケとしても、本当に上手くいくなどとは考えていないのだろう。兵を動かす規模からしても、ティグリス王子にイシュテンの王座を渡す策が本命のはず。シャスティエを救う、などとは次善ですらない、念のため程度の手に過ぎないのだろう。


「させるものか……!」


 自室に辿りつき、先ほどよりも強く呟く。誰が何を企もうとも、彼は従姉を救うのだ。


 ティゼンハロム侯が取引する気がないのなら、したくなるような状況にすれば良い。

 アンネミーケがティグリス王子を後押しするというなら、できなくすれば良い。


 そう、例えば――


 ティグリス王子が兄王に敗れれば、アンネミーケも取引相手をティゼンハロム侯に絞るだろう。ティゼンハロム侯にしても、玉座を脅かす者がいなくなれば王と対決するはずだ。その時になればブレンクラーレの支援を受けようという気にもなるだろう。そして――どんなに目障りだとしても――言われるままにシャスティエを渡すことに頷くかもしれない。


 ――まずは、ティグリス王子の乱にも関われるように働きかけなくては。


 そして、どうにかその王子には死んでもらわなくては。


 全ては、愛しい彼女を救うために。レフの口元は硬い決意に引き締められていた。

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