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雪の女王は戦馬と駆ける  作者: 悠井すみれ
9. 冬の嵐
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死に値する罪 アレクサンドル

 混乱と殺し合いが収まり、やっとイシュテン王の馬から下ろされた時、女王はひどく青ざめた顔色をしていた。


「シャスティエ様――」


 自身も下馬しつつ、アレクサンドルは彼の主に駆け寄った。この少女が馬術が得手ではないのを彼もよく知っている。何より親兄弟を殺した男の腕の中で凄惨な戦場を駆け抜けたのだ。心身ともに疲れきっているに違いないと、手を差し伸べる。


「小父様。グニェーフ伯。ありがとうございます」


 彼の手にすがりながら、シャスティエは弱々しく微笑んだ。昨日見せた女王としての張り詰めた顔ではない、彼を慕ってくれる少女の年相応の表情に、ほんのわずか心が晴れる。


「不測のことが起きてしまいましたが、陛下は分かってくださいました。ミリアールトを受け入れて、守るために戦ってくださいました」

「は――」


 だが、年若い姫はすぐに女王としての顔をまとった。アレクサンドルが事の次第を問いただす前に。

 イシュテン王はミリアールトの降伏を受け入れ、彼らを守り、自軍に剣を向けさえした。それは確かに否定できない。だが、その前に起きたこと――イシュテン軍から放たれた矢について、罠だと叫んだ声について、女王は不満を口にさせる暇を許さなかった。

 シャスティエの碧い目には懇願の色が浮かんでいた。どうかこれで済ませて欲しいと。彼女の覚悟と説得を、どうか無にしないでくれと。その必死の表情に、アレクサンドルも口を噤まざるを得なかった。

 短く頷いた老臣に、女王は安堵したように笑みを深めた。


「イシュテンの方々を砦にお招きしましょう。いつまでも雪原に立たせておく訳にはいきません。王都――()王都までおいでいただいた方が良いのかしら。でも、とりあえず怪我人の手当もしなくては。

 陛下、無骨な砦ではございますがどうぞお休みくださいませ」

「雪原での野営に比べれば何ということもない。――お前こそ休息が必要に見えるが」

「必要ございません。少なくとも先ほどの件を説明していただかないことには」


 気遣うように差し出された王の手を、シャスティエは顔を背けて拒絶した。降伏した身だからと頭を垂れるだけのつもりではないことを知って、アレクサンドルの心に灯がともる。しかし、いかにも不快げに歪められた主の表情に、また別の不安が頭をもたげた。


 シャスティエは決してイシュテン王を愛してなどいない。仇に心を移して、その気を惹くために祖国を売り渡そうなどとはしていない。昨年の侵攻の際にイシュテン王の姿を見ていた者は、その事態も懸念していたのだ。アレクサンドル自身はあり得ないと否定してはいたが、今の彼女の表情を見て確信することができた。そもそも先ほど馬上で王に寄り添った時の笑顔でさえ、痛々しいほどに引きつったものだった。

 ミリアールトの臣下としては、女王の矜持が折れていないのは喜ぶべきことだろう。しかし、王女として誕生して以来――僭越ではあるが――自身の孫のように成長を見守り慈しんできた身としては、嫌な予感ばかりが募っていく。


 愛してもいない男、憎むべき男に、復讐のために身を捧げさせても良いものかどうか。憎しみに捕らわれるあまりに、彼らは進んではならない道を選ぼうとしているのではないか。しかし引き返すことなどできないのはもちろんのこと、他の道さえ彼らにはないのだ。ここで逆らっても徹底的に踏み躙られるだけ。ミリアールトは国の名ばかりか民すら失うことになるだろう。


「――ならば早く済ませよう。人が集まれる場所はあるか? 広場のような場所でも構わない」


 シャスティエの態度に不快げに眉を顰めつつ、イシュテン王が問い掛けたのはアレクサンドルに対してだった。彼の方が砦の内部をよく知っているから水を向けられるのは当然なのだが――女王を軽んじられたようで、内心では面白くない。


「……それではこちらへ。シャスティエ様も、中の、暖かいところへ」


 とはいえそれを顔にも口にも上らせることができないのもまた事実。ゆえに彼はせめて王を導くのと同時に彼の女王にも声を掛けた。シャスティエはイシュテン王の側妃になる。なってしまう。そうと選んだことを変えることはできなくても、今ここで、ミリアールトにあっては王と女王を同格に扱わせて欲しかった。


 長身の堂々たる体躯のイシュテン王と、雪の(コロレファ)女王(・シュネガ)のごとき繊細な美貌を誇るシャスティエと。見た目だけならば似合いの一対なのが腹立たしいほどだった。




 ここシヴァーリン要塞は兵を集める広場も備えている。が、疲れきった様子のシャスティエを真冬の屋外に立たせておくなど論外だ。だからアレクサンドルはイシュテン王たちを広間に通した。昨日はミリアールトの女王を受け入れた場所に、今日はイシュテン王を迎えるのだ。一夜にして主を入れ替えることになるとは、長くミリアールトを守ってきた砦が味わう事態としては皮肉なものだ。


 広間から卓と椅子を除くと、そこは即席の謁見の間のようになった。昨日はシャスティエが着いていた上座に、イシュテン王は当然のような顔でひとつ残した椅子に掛けた。王宮にある玉座には比べるべくもない実用一辺倒の素っ気ない造りのものだが、武装したままの姿の王には不思議と似合った。少なくともこの男は華美に着飾って権を振りかざすだけの王ではない。ほんの短い言葉を交わしたに過ぎないアレクサンドルにも、それは分かった。


 とにかく――


「我らは剣を置きこの砦を明け渡します。謹んで、ご寛恕を願い奉るものでございます――!」


 イシュテンの者たちが見つめる中、アレクサンドルら砦の主だった者たちは降伏する際の作法に従って跪き、城門の鍵をイシュテン王に差し出した。

 そして降伏するのはこの砦だけのことではない。彼に従って挙兵したミリアールトの者たちも、今度こそイシュテンに膝を折る。加えて彼らの女王であるシャスティエも、イシュテン王の側妃に召されることになる。


 ――正妻ですらないとは! ミリアールトの女王、世が世なら大国の王妃となっていた方が……!


 王の傍ら、一段下座に立つシャスティエの表情は、下馬した時と同じように祈るような不安げな緊張を帯びていた。降伏の儀が無事に済むように、との祈りだろう。彼の主君が望むことを叶えない訳にはいかない。だからアレクサンドルは内心の憤りを殺して頭を低く垂れ、全身で恭順を示した。


「受け入れよう。争うことの無益を悟るとは賢明な判断だ」


 イシュテン王の声も言葉もあくまで傲慢なものだった。それでも仮の玉座を立って鍵を受け取る所作は重々しく威厳に満ちていて、嘲りや侮りは感じさせない。獣が人間の振りをしているのではないか、という疑いは拭えないが――一方で、本当にミリアールトを虐げるつもりはないのではないかという、一抹の期待を抱かせる。


「顔を上げよ。お前たちには感謝しなければならないのだ。俺の手間を省いてくれたからな」

「――と仰いますと……?」


 アレクサンドルが見上げた先で、イシュテン王は薄く笑った。噂には聞いていたが、やはりどこか牙を剥く狼を思わせる獰猛な雰囲気の男だ。


「先のミリアールトの総督のことだ。あの者は俺の命に背いた統治をしていたとか。この俺が罰しなければならないところ、お前たちが代わって済ませてくれたのだろう」

「それは……」


 ――皮肉なのか? あの獣を殺したことへの……。


 ミリアールトの総督を名乗っていた男は、惨めな死が相応しい屑だった。彼としてはあの男は当然の報いを受けただけだと思っている。だが、仮にもイシュテン王の臣下ではなかったのか。征服した国の者が自国の者を手にかけるのは、普通ならば許しがたいと思うのではないのだろうか。

 どう反応したものか決め兼ねているうちに、イシュテン王は再び笑った。今度はやや砕けた、冗談めかした空気をまとって。


「お前たちの帰順と、順序は逆になったがまあ良いだろう。王命を聞かぬ臣下など不要だからな。俺の剣を汚さずに済んで良かったとさえ言えるかもしれぬ」


 ――これは、この男なりの手討ちということなのだろうか。


 アレクサンドルはシャスティエの方を窺った。そして女王がわずかに頷いたのを認めて、そういうことなのだろうと自らを納得させた。本来すべきであるように先の総督を殺した責を問えば、降伏したばかりの彼らを処罰しない訳にはいかなくなるから。少なくとも、ミリアールトはあの下衆よりは高く評価されているらしい。

 この分なら、シャスティエの扱いも危惧していたよりはまともなものかもしれない。


 ――期待しすぎるのは禁物だが……。


 更にイシュテン王の為人(ひととなり)を測るべく、アレクサンドルは慎重に言葉を選んだ。


「臣としても剣を汚してはおりませぬ。あの者の裁きは雪の女王の御手に委ねましたゆえ。――雪嵐の中で、一晩を過ごさせたのです」


 するとイシュテン王は声を立てて笑った。


「なるほど。あの者が大人しく死に赴くとは思えなかったが。やけに穏やかな死に顔だったのはそのためか」


 陰りも皮肉もない、心底おかしそうな響きがそこにはあった。




 とにかくも降伏は滞りなく認められたらしい。

 イシュテン王は目線で命じてアレクサンドルたちを立たせた。


「これでお前たちは俺の臣下だ。列に並ぶことを許す」


 その言葉に従って、彼らはシャスティエの隣に位置を占めた。ちらりとアレクサンドルの方を向いた女王の碧い目に、安堵の色が浮かぶのを見て救われる。臣下としては、主君の願った通りになったのは喜ぶべきことだろう。恐らく。

 新たに降った者たちと、旧くからの臣下と。双方を平等に見渡して、イシュテン王は告げた。


「続けて裁きを行う。――あの者を、ここへ」


 先ほどアレクサンドルたちが跪いていた場所へ、ひとりの男が現れた。――より正確には、引き出されてきた。

 壮年の男だ。鍛えた体躯から優れた武人だろうと見て取れる。だが、その扱いは罪人さながらだった。帯剣は許されていたものの、それは敬意というよりも戦いの後で身だしなみを整えさせなかっただけのように見えた。何しろその男は後ろ手に縛り上げられている。鎧を汚す血は、その男が斬った相手のものだけではないだろうが、傷の手当もされていないようだった。

 血と屈辱に塗れながら、その男は驚く程に平静な表情を保って王の前に跪いた。怪我をしているだろうに、傍からは痛みを感じさせない淀みのない動きだった。


「降伏を申し出ようとした者に矢を射かけたのはお前で間違いないな、バラージュ」

「いかにも臣でございます」


 王の言葉に、短く頷いた男に、アレクサンドルは目を瞠った。あの時、イシュテン軍から放たれた矢に、彼はシャスティエを庇うことしかできなかった。なぜ、どういうつもりでと疑問と怒りが湧いたのは戦端が開かれてからのことだった。そしてその時には、彼の主はイシュテン王の馬上に攫われていた。主を守るためのことではあったが、また、今更降伏以外の道はないと分かってはいるが、依然としてなぜその事態を許したのかというわだかまりは残っていた。


 ──この男がやったことか……。しかし、何のために?


 この裁きとやらはミリアールトの感情を和らげるためか、それとも単に軍規を正そうというだけか。イシュテン王は臣下に対して甘い裁定を下しはしないか。ことの成り行きを、アレクサンドルは息を詰めて見守った。


「なぜそのような真似をした?」

「陛下の御身に万一のことがあってはならぬと怠り無く見張っておりました。前線を固めていたのは若造ばかり、臣の目には頼りなく思えたものでございますから」


 バラージュと呼ばれた男は顔も血に汚れていた。口を動かすと髭にこびりついた乾いた血と泥がぱらぱらと落ちた。王を見返す目は不遜な程に力強く、言葉は王へのあてこすりでさえあるようで、罪の意識など欠片も見えない。王の側近に当たるのか、比較的若い者たちの憤りの声も、ふてぶてしいほど傲然と跳ね返すかのようだった。


「だが実際には誤りだった」


 悪びれない男の態度に苛立っているのか、王の声は尖っていた。青灰の目も細められ、それこそ鋭い矢のように男を射抜く、


「しかも最初の矢だけではなくお前は全軍を惑わした。この者たちが――」


 言いながら、イシュテン王はアレクサンドルらを目で示した。


「降伏を装って罠にかけようとしていると。お前の言を信じた者、信じなかった者の間で争いが起きた。イシュテンの軍の間で、だ! 怪我人ばかりか死人も出ている。これに対して申し開きすることはあるか?」

「陛下の御為を思ってとはいえ、臣の心得違い、重大な過失でございました。いかようにも罰をお与えくださいますよう」

「過失だと? 違うだろう」


 男は表情を変えないまま頭を垂れた。好きに首を刎ねろとでも言いたげな動作に、王は追求の手を止めない。


 ――故意に、混乱を広げたというのか……?


 確かに王自らが剣を収めるように命じたにも関わらず、シャスティエもミリアールトは降ったと声を()らしたにも関わらず、混乱が収まるのには時間が掛かった。

 この男が煽動を続けたから、と考えれば理屈は通る。が、そこまでしてイシュテン軍同士で殺し合わせた理由は分からない。

 その答えは、王がずばりと口にした。


「ティゼンハロム侯爵が命じたのだろう。ミリアールトを得ることで俺の力が増すことを恐れたか」

「……いいえ。全ては臣の不明によるものでございます」


 男の声が初めて揺れたように聞こえた。ティゼンハロムなる者のことをアレクサンドルは知らない。恐らくイシュテンの諸侯の一人なのだろうが、そうすると王が口にしたことが理解しがたい。王よりも重い命令を下し、王の力を削ごうとする臣下などいて良いのか。


 イシュテンにいる間に何か見聞きしているのかと期待してシャスティエを横目に窺うと、女王は美しい顔をわずかに歪めて男を見つめていた。その表情は訳が分からず緊張しているというよりも、何かしら心当たりがあると察させるもので、アレクサンドルは後で必ず詳しく聞かなければならぬと決意した。


 一方、王も一層顔を顰め、露骨に不快と苛立ちを見せた。


「嘘だ。お前の能力は知っている。勇み足で降伏した者を討とうとするほどの愚か者ではない。単騎で全軍を煽動できるほどの者だからこそ、ティゼンハロム侯もお前を信じたのだろう」


 王が高圧的に断じてもなお、男は頑なに首を振った。


「陛下ではなくティゼンハロム侯の命に従ったとなれば反逆でございましょう。無能はともかく、反逆者の汚名を被りたくはございません」

「そうだとしても失態は失態。罰を与えなければならぬ。勘違いで死を賜った愚者の名など、屈辱ではないか?」

「まことに。ですがそれこそが臣の罪でございますれば」

「頑なな……!」


 舌打ち混じりに吐き捨てつつ、王は椅子の肘掛を強く握った。木製のそれが軋み、砕けるのではないかと見えるほど。

 王が言葉を探すように数秒唇を結ぶ間に、アレクサンドルはイシュテンの臣下たちも緊張した様子で成り行きを見守っているのに気付いた。シャスティエ同様、彼らにも事の次第がある程度見えているようだった。


 ――イシュテンの内部で何が起きているのだ?


「……お前の息子はまだ若かったな」

「は」


 アレクサンドルが訝しんだのとほぼ同時に、王は新たにバラージュなる男を攻め始めた。

 息子に言及されたのは男としても予想の外だったらしい。これまでは平静を崩さなかったというのに、王を見上げた顔には戸惑いと恐れが明らかになっていた。


「理由が反逆だろうと無能だろうとお前は死ぬ。が、反逆と認めるならば一族に類は及ばせない。黒幕はティゼンハロム侯、そちらの罪の方が重いということになるからな。むしろ大逆を告発したことは功績としてやる」

「…………」

「一方、あくまでも勘違いだと言い張るならば――無能者の息子は無能なのだろうな。最近他にも例があったが。領地も扱いも、無能に見合ったものになると思え」


 男の表情がみるみるうちに恐怖一色に染まるのが、アレクサンドルには不思議なほどだった。反逆を犯した者の一族に対して、王は非常に寛容な処分を示したように思えた。ティゼンハロム侯とかいう者の罪に巻き込まれただけだとの逃げ道を与えたのだから。

 バラージュはつい先ほどまで死を覚悟しているように見えた。本人も王も認める通り、理由がどうであれ死に値することをしたのだから。


 男はしばらくの間沈黙し――やっと言葉を発した時、その口元は笑うように引き攣っていた。


「選べと仰るのですね。陛下か、ティゼンハロム侯か……」

「決めたのか」

「は」


 バラージュは背筋を正すと深々と頭を下げた。


「全軍に混乱を招き、被害をもたらしたのはひとえに臣の不明によるもの。この一命を持って、償う所存でございます」


 恐れをぬぐい去り、一片の迷いも見えない――いっそ清々しいまでの宣言だった。告げられた方の王が、眉を寄せわずかながら困惑をにじませたほどに。


「なぜだ」

「陛下のご厚情はまことに勿体なく存じます」


 男の血と泥に汚れた顔に、屈託のない微笑みが浮かんだ。


「何の憂いもなく陛下にお仕えできたらどれほど嬉しかったことか。……ですが息子を思うとお受けする訳には参りませぬ。今の陛下のお力ではティゼンハロム侯から息子を守り切ることはおできになりませんでしょう」

「俺の力不足が理由だと?」


 王は立ち上がると大股に男に歩み寄った。怒りを隠そうともしない様子に、アレクサンドルは次の瞬間にも男が斬られるのを予想して、主を抱き寄せて目を背けさせようとした。


 だが、王は男の眼前で止まった。剣の柄に手を掛け、今にも抜こうとしている。歯軋りが聞こえそうなほどに顎を噛み締めているのが傍目にも分かる。しかし、それでも、王は感情に任せて刃を振るいはしなかった。男の目を真っ直ぐに見下ろし、激しい怒りを抑えていると分かる声音で低く問い掛ける。


「もう一度聞いてやる。どちらにするのだ」

「陛下の臣下に相応しくない無能の身でございます。どうか死を賜りますよう」


 バラージュの答えは明瞭で、一瞬の間も置かなかった。決して揺らがぬ決意を前に、王も瞑目し、重い息を吐く。


「――ならば、望み通りにするが良い」


 死を覚悟した男に背を向けながら、王は列を作って控える臣下のひとりに命じた。


「縄を解いてやれ。これまでの忠誠に報いて斬首ではなく自裁を許す」


 命令はすぐに叶えられた。男は自由になった手で剣を抜き、躊躇いなく自身の首にその刃を向ける。


「シャスティエ様――」

「良いのです」


 女王の頭を抱え込み、目を塞ごうとしたアレクサンドルの腕は、白く細い手によって阻まれた。人が死ぬ瞬間を見せまいとした彼の手から逃れて、シャスティエが真っ直ぐに視線を向けた瞬間だった。


 男は剣を引き、鮮血が高く広く飛沫(しぶ)いて周囲を汚した。

2015/11/21加筆しました。

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