茶番劇 愚かな父親
注意・女性への暴行の描写があります。
――なぜだ。一体どうしてこうなった。
イルレシュ伯の脳裏には疑問が嵐のように吹き荒れていた。
寡妃太后から賜った毒で王妃を殺し、ティゼンハロム侯を失脚させる。その功績をもってハルミンツ侯に取り入り、息子を北の果てから呼び戻す。寡妃太后に授けられた企みは完璧なように思われた。
王妃を手にかけることへの罪の意識など欠片もない。王への忠誠もティゼンハロム侯への義理も、彼にはもはやどうでも良いことだった。息子を殺めた時点で王は既に主君ではなく、それを咎めなかったティゼンハロム侯――否、リカードも主家の長ではなくなったのだから。それどころか憎悪の対象ですらある。
妻を娘を、奪ってやるのは彼らへの良い復讐になるはずだった。
それでも王妃に毒を盛ったのが彼だと知られては決してならない。せめて、ハルミンツ侯に庇護を求めるまでは。だから彼は機を待った。王妃との面会を求めてもさほど怪しまれない機会を。彼が王やリカードに対して息子の執り成しを願っていることは周知のことだ。年に一度の宴を前に、王妃の口添えを望むのはむしろ当然の成り行きと言える。何より、宴の席で寡妃太后と顔を合わそうものなら、いつまで手間取っているのかとあの黒く虚ろな目で責められそうなのが恐ろしかった。
――女どもが! 私の邪魔をしおった……!
彼の計画を最初に妨げたのは王妃付きの侍女だった。リカードの愛人か何か知らないが、賢しげに彼に意見し、王妃と会おうとさせなかった。最初は王妃に美酒を献じる名目で毒を飲ませようとしていたのに。
次いでミリアールトの元王女も、彼の言葉に頷こうとしなかった。虜囚の分際を弁えない生意気な口の利き方に、怒りを抑えるのに大層苦労させられた。息子の死も苦境もこの女のせいだというのに、一片の呵責も覚えていないようだった。生まれた国と同じ凍てついた冷酷な気性に違いない。
王の取り巻きのアンドラーシでさえ。大した身分でもないくせに、王の寵愛がなければただの若造に過ぎないというのに、図に乗った尊大な態度で彼を侮辱したのだ。
女どもから理不尽に与えられた屈辱に、彼は全て息子のためと思ってよく耐えた。漸く元王女が王妃に酌をするのに同意した時には、心底安堵したものだ。とにかくも、元王女が注いだ酒で王妃が死ぬ形になれば良かった。
祖国を滅ぼされた女が王を恨んでいないはずがない。八つ当たりに王妃を狙うというのはいかにもありそうなことだろう。そして人質の言い訳に耳を貸すものなどいないはずなのだ。王だろうとリカードだろうと、元王女が口を開く間を与えず八つ裂きにするはずだった。
哀れな息子がされたように、高慢な元王女の首が地に転がる様を見れば、さぞ溜飲も下がるだろう。そう思っていたというのに。
――なぜ気付いた? なぜこの女が倒れている!?
元王女がなぜ毒の存在に勘付いたのか、彼には推測さえできなかった。そしてそれを事実として受け入れてなお、なぜ自ら毒を口にしたのか分からない。嵌められたのを悟って自棄になったのか。若い娘が、一瞬でそれだけの覚悟ができるものなのか。
「う……」
床に倒れた元王女が呻き、苦しみに耐えるかのように身体を丸めたので、イルレシュ伯は我に返った。
――とにかく、この女は死なねばならぬ。
毒の致死量がどれほどのものか、元王女が酒をどれほど飲んだのか、彼は知らない。しかし、この女を快復させてはならないことだけは分かった。
その場には異様な雰囲気が漂っていた。誰もが呆然として、何をすべきか、何が起きているか掴めていなかった。リカードでさえ、元王女に掴みかかろうと伸ばした腕を所在なげ宙に浮かせている。
事態を把握しているのは、彼だけなのだ。
元王女に証言させてはならない。王妃に酒を勧めようとしたのが彼であると、誰にも知られてはならない。倒れるのが王妃であれば、仔細は問われずにこの女は殺されるだろうと思っていたのに!
黙らせなければならないのはアンドラーシも同じだが――まずは瀕死のこの女に止めを刺さなければならない。
「毒婦めが! 王妃様に何を飲ませようとした!」
元王女の腹を思い切り蹴ると、軽い身体は面白いように転がった。先程まで高慢で取り澄ました表情が苦痛に歪み、ほどけた金の髪に彩られている。形の良い唇も吐いたものに汚されている。赤いものが混じっているのは、血か酒か。いずれにしても何か妖しく捻れた興奮さえ呼び覚ます光景だった。美しく高貴なものを汚すのはかくも心躍る。この感覚に、息子たちも酔わされたのだ。
――全て貴様のせいだ!
憎しみも新たに、彼は再び足を上げた。今度は喉を踏み砕いてやろうと。
「恩知らずが! 死ね――!?」
しかしそれは叶わなかった。それどころか彼の視点は反転し、したたかに肩を床に叩きつけることになった。
「姫君に何をする!?」
腕をねじり上げられる痛みと共に、アンドラーシに取り押さえられたのだと知る。女のような顔をしているくせに、この若造の力は強かった。元王女は無防備に白い喉を晒して目を閉じているのに、ほんのわずかな距離に倒れているのに、腕も足も届かせることができない。
「離せ! 不届き者を成敗してやろうというのだ!」
いくら叫んでも拘束が解けないと見て、イルレシュ伯は言葉で訴えた。珍しくも困惑の表情を露に立ち竦むリカードへ向けて。
「ティゼンハロム侯! その女は毒の入った酒を王妃様に勧めようとしたのです! なぜ手をこまねいていらっしゃいますか!」
この男も王妃を――娘を溺愛しているのだ。害をなそうとした者を生かしておく筈がない。毒を盛ったのは元王女だと、混乱している今のうちに刷り込まなくてはならない。
仮に、万が一にもリカードの怒りが彼に向くことがあれば……。その事態を想像しただけで、イルレシュ伯の背に汗が伝った。
彼は今、息子と自身の命運を掛けた演技をしている。王もリカードも、この場の全ての人間を納得させなければならない。王妃を殺そうとしたのは元王女だ。それ以外の事実はないのだ。
「シャスティエ様が、そんなこと……」
呑気に、信じられないとでもいうような表情を浮かべている王妃にも分からせなければならない。しかし、更に叫ぼうと吸った息は、声にすることができなかった。王に遮られたのだ。
「罪を問うにしても後だ。侍医を呼べ。その女を決して死なせるな」
ここに至って立ち上がった王の声はよく通り落ち着いたものだった。侍女や従者、凍りついたように固まっていた者たちに動くことを思い出させるほどに。
「は、はい――」
「陛下! 我が息子に死を賜る時には一切の猶予も下さらなかったではありませんか! なにゆえその女にはそれほどのご慈悲をお与えになるのですか!」
弾かれたように早足で退出しようとした従者の、その足を縫い止めようとイルレシュ伯は声を張り上げた。動けない代わりに喉に渾身の力を込めて、声を矢にする気合でもって。
「その者は毒の刺を持つ薔薇、輝く鱗で花園に忍び込む毒蛇です! 見目に騙されて手心を加えれば、必ずまた王妃様に仇をなしましょう! お心を強くお持ちくださいませ、陛下!」
床に押し付けられた彼からは見えなかったが、周囲のざわめきは確かに聞こえる。それも次第に大きくなっている。広間のどこからでもよく見える、王と王妃の座でのこれだけの騒ぎだ。当然の結果ではあるが、列席者が異常な事態に気づき始めたのだ。そしてそれは彼に利する筈だった。
――小僧め、臣下の前で弱気を晒すことはできまい!
イシュテンの王は強くあらねばならない。女の色香に惑わされて裁きを誤ったなどと、王の気性からしても耐えられない評判だろう。人目が集まり事情が広まるにつれて、王は断固たる態度を見せねばならない立場に追い込まれるのだ。
しかし――
「この女がどこから毒を手に入れたというのだ。内通者がいるならば質さねばならぬ」
彼を見下ろす王の目は冷え切っていた。腕を取られてねじ伏せられ、地に這い蹲るような格好だと、既に罪人のような気分にさせられる。王は――一見して落ち着いているように見えても――内心では怒りが煮え滾っているのが明らかだった。妃を害そうとし、王の名による宴を汚した者を許しはしない、と。青灰の瞳が言葉に拠らず雄弁に語っていた。
リカードと比べて王が敵に優しいということは決してない。むしろ気性が激しく矜持も高い分、敵と定めた者、王を軽んじた者に対しては容赦ない。先に彼が利用しようと考えた通り、イシュテンの王は強くあらねばならないのだから。
イルレシュ伯は戦場で敵をなぎ倒し騎馬の蹄で踏み躙る王の姿を幻視した。彼の魂ごと踏み砕く戦馬の神の騎手の姿を。彼は、王の気質を見誤っていたのを悟らざるを得なかった。彼が想像していたよりもよほど、王の怒りは激しく熱く滾っている。自身に叛く者を決して見逃さず許さない――そのために、怒りに我を忘れてなどくれないのだ。
死の恐怖を間近に感じて、彼は必死に舌を動かした。
「な、内通者がいるとしたらこの者の他にありえませぬ!」
「な――!」
思い切り首を捩ってアンドラーシを示すと、優男が狼狽する気配があった。それでも、忌々しいことに彼を抑える力が緩むことはなかったが。
「この者はティゼンハロム侯を疎み王妃様を蔑ろにしています! その女と謀って奸計を巡らせたに違いありませぬ!」
「バカな! 俺ならもっと上手くやる!」
「お聞きになりましたか!? 叛意を明かしたも同然です!」
口を滑らせたアンドラーシに、彼はほくそ笑み王は顔を顰めた。そうだ、事実などどうでも良いのだ。せいぜい焦って失言を重ねてくれれば良い。騒ぎに集まった者たちの目に、この生意気な小僧が怪しいと思われれば、王も目こぼしする訳にはいかなくなる。
「陛下! この剣に掛けて、このような無様な真似はいたしません! 敵は戦場にて斃すもの。毒などと卑劣なものに頼るのは、戦士の矜持に悖ります!
怪しいと言うならばこの者こそ! 姫君に酌をせよと強く迫ったのはこの者です!」
「企みが露見したからと私を陥れるのか!? 見苦しい!」
抑える者と、抑えられる者と。不自然な体勢で怒鳴り合う彼らを、王はうるさそうに腕のひと振りで黙らせた。
「もう良い。貴様らの話も後で聞く――ゆっくりとな」
王の目に宿った獰猛な色に、イルレシュ伯の舌は凍った。王は絶妙に高圧的な抑揚で言外に命じていた。この場ではこれ以上の発言は許さぬ、と。騒ぎ立てて元王女に疑いを向けさせようという彼の狙いは、既に悟られているようだった。
――このままでは拙い……!
床に押さえつけられたままの彼の目の前で、元王女は抱き起こされ退出させられようとしている。碧い瞳は目蓋の下に隠れ、顔色は死人のように青白い。だが、薄い胸は確かに呼吸によって上下している。
手を尽くしても甲斐なく死んでくれるのかもしれなかった。しかし、そうと信じきることもできなかった。自身の命を握る女が介抱されているのを見ながらイルレシュ伯は歯噛みした。王の怒りを買ってまで、更に何か言うべきか。黙って元王女が助けられるのを、彼の死が近づくのを見過ごすべきか。
「ねえ――」
そこへ割って入った声は、女のものとしては低かった。しかしもちろん男のものよりは高く、遥かによく通る。しかもその声は妙に堂々として威厳に満ちていた。騒ぎの原因を確かめようと、高まる一方だったざわめきを鎮めるほどに。
「どうしてその娘が倒れているの?」
沈黙の中、その声は響き渡る。姿はまだ見えないが、その声の主の名を悟ってイルレシュ伯の心臓が一瞬脈を飛ばした。
女でありながら命じることにも注目を集めることにも慣れた――かつては慣れていた者。先の王妃、寡妃太后ゲルトルード、彼に毒を与えた女。守るために息子を不具にした鬼女。先王の寵を争った女たちを幾人も葬ったという、正真正銘の毒蛇だ。
彼の罪を最もよく知る女の登場に、イルレシュ伯の額を汗がとめどなく流れ落ちた。
――狂人め、何をしに出て来た!?
その問いは場の全員の思いでもあっただろう。それを最初に口にしたのはティゼンハロム侯リカードだった。
「魔女め、貴様の出る幕ではない。下がって息子の世話でもしておれ!」
「その娘が死んだら困るわ」
いつもの太后ならば、リカードの一喝で引き下がるはずだった。この女は、息子を失うことを何より恐れているということだから。王やリカードは息子の命を狙う獣と忌み嫌っているということだから。
だが今日、この時に限っては、リカードへの恐怖よりも何か勝る感情があったらしい。衣擦れの音が近づき、ついに不吉な黒い喪服の裾がイルレシュ伯の視界に入った。
恐る恐る見上げると、黒い瞳に睨まれていた。ハルミンツ侯爵邸で目通りした際は虚ろに微笑んでいた蝋のように白い面が、今は怒りに歪んでいる。王妃や元王女とは全く似つかない、色のない唇が吐き捨てる。
「どうしてこうなったの? 私は王妃を殺せと言ったのに!」
その言葉を最後に世界から音が消えた。泣き喚いていた王女でさえ、異様な雰囲気に呑まれたように黙りこくって王妃にしがみついている。目の前で殺意をぶちまけられた王妃は言うに及ばずだ。この女の精神は幼い子供と大差ない。呆けたような表情を晒している。
とはいえイルレシュ伯にはそれを嘲る余裕はなかった。痛いほどの沈黙が、刃となって彼の心を切り刻んでいる。太后が口にしたことは決して漏らしてはならないことのはずだった。なぜ、と聞きたいのは彼の方だ。どうして当然のように自ら悪事を暴露することができるのだ。
最初に気を取り直したのは王だった。というよりも、他に口を開いて良いと思える者などいるはずがない。
「ゲルトルート。どういうことだ?」
呼び捨てられたのに憤る風でもなく、太后は王に顔を向けた。かつてなく自信たっぷりに、いっそ得意げにさえ見えるほどに。
「お前のためよ、ファルカス。ウィルヘルミナはちっとも懐妊しないのですもの。新しい王妃を娶った方が良いわ。ちゃんと男の子を産める娘を。若くて綺麗なあの娘はちょうど良いでしょう」
王は眉を寄せると額に手をあてた。臣下の前で躊躇いらしきものを見せるのは非常に稀な――あるいは初めてのことではないだろうか。それほどに、太后の態度は場違いに堂々として悪びれないものだったのだ。
「その者とは何か関わりが?」
王の鋭い青灰の瞳と、太后の無邪気に輝く黒い瞳と。色も宿る感情も異なる二対の目に見下ろされ、イルレシュ伯は狩りの獲物の気分を味わった。絶対的な死がすぐ傍に迫っている。追い立てられ弓や刃で嬲られようとしている。狩る側にいれば心躍ることだったのに、狩られる側はこのような思いをしていたのか。
「息子のためなら何でもすると言っていたから可哀想に思ったのよ。私と一緒ですものね。お前に世継ぎができたらティグリスは安全でしょう? リカードがいなくなればこの者も息子を呼び戻せるでしょう?」
――ああ、この女は……。
彼は絶望のうちに喘いだ。太后の声の響きには覚えがあった。褒められることを期待する子供と同じ声だ。息子たちが幼い頃、猫を殺したと血塗れの毛皮を見せに来たことをふと思い出した。勇敢さを褒めて欲しいと。幼く無邪気な心には、時と場合による、という道理はまだ分からないのだ。
この女にとって、息子を守ることこそ至上の命題で絶対の正義。なぜか咎める周囲こそ狂っているに違いない。太后にとって、今回のことはおぞましい大逆ではなく、誇るべき善行なのだ。だが、この女が口を開く度に確実に彼の命運は削られていく。
「ハルミンツ侯。そなたの姉はこう言っているが」
王に答えて荒々しく進み出る足音があった。太后の弟――ハルミンツ侯爵である。
「姉が正気を失っていることは誰もが知るところでございます! 狂人の考えることなど理解の及ぶものではございませぬし、ましてや手を貸すなど思いもよりませぬ!」
太后との血の繋がりを窺わせる神経質で線の細い容貌の男は、顔を赤くして訴えるとイルレシュ伯を指差した。
「そもそもその者はティゼンハロム侯の一族ではありませぬか! 哀れな姉の狂気を利用して私を陥れようという陰謀に相違ありませぬ!」
「バカな!」
今度はリカードが声を荒げた。
「娘の命を危険に曝す真似をどうしてするものか! 頭がおかしいと知っていながらどうしてその女を野放しにした!? 貴様も知ってのことだろうが!」
「実際毒を飲んだのは金髪の小娘だろう! 確かに噂に違わぬ美形だ、年増の石女にはさぞや目障りだったろうな!?」
国を代表する大貴族の当主二人が言葉を飾らず罵り合う様を、イルレシュ伯は首がねじ切れるのではないかというほど不自然な体勢で見上げた。いっそ本当にねじ切れれば良いと思いながら。太后の狂気は誰の目にも明らかだ。あまりにも狂っているから嘘などつけないだろうと思わせるほどに。
――女のせいだ! 何もかも女のせいでおかしくなった……!
もうすぐ彼の首は落ちるのだろう。
女どもが揃って彼の邪魔をしたのだ。元王女。寡妃太后。王妃。その侍女。誰もがすぐ傍にいるというのに、決して手が届かない。無様に押さえ込まれてさえいなければ、一人ずつ首を折ってやるものを。否、その前に泣き叫んで許しを乞うまで痛めつけて――
「もう良い」
王の一声で、彼の幻想は破られ、さすがに言い争う二人も口を噤んだ。そして再び降りた沈黙が、判決の時だと告げていた。
「太后よ、そこの男に毒を渡したというのに間違いはないな? 王妃を害せと」
「ええ」
「ハルミンツ侯もティゼンハロム侯も預かり知らぬと言うのだな?」
「御意」
「当然でございます」
「そなたの一族の者だというのに、か?」
イルレシュ伯は一縷の希望を込めてリカードの表情を窺った。彼は長年ティゼンハロム侯爵家に仕えてきた。息子の失態があったとはいえ、報われても良いはずだった。そうだ、彼は忠誠の報酬を受け取っていない。息子を失った分、貸しの方が大きいくらいではないだろうか。
しかし、老獪な侯爵の表情はごく平淡なものだった。
「思い違いをしていらっしゃいます。このような者は我が一族にはおりませぬ」
「そうだったな」
王もあっさりと頷いた。義父に遠慮せず斬り捨てても良い者だ、と。それを確かめるためだけのやり取りだった。
「女たちは下がれ。見るべきでないものを見ることになる」
それを合図に、衣擦れの音が漣のように起こり、広間の気温がやや下がった。女たちが逃げ出した分、人の熱気が薄まったのだ。それともあまりの恐怖に彼の身体が生きるのを止めようとしているのだろうか。絶叫の形に歪んだ息子の死に顔を思い出す。もうひとりの息子は何としても助けたかったのに、彼もまた王の剣に命を吸われるのか。
「私は……息子のために……」
彼の呟きに応える者はいなかった。
「アンドラーシ。決して腕を緩めるなよ」
「心得ております」
彼を拘束する男の声はやたらと弾んでいた。しかし、それを腹立たしく思う気力さえ、彼にはもはや残されていない。
腕が引っ張られ、首を差し出す体勢にさせられた。視界に入るのは石の床のみ。それもなぜか妙に黒い。彼の目も見ることを拒否しているようだった。
闇の中に走る一陣の白。それは、振り下ろされる王の剣が放つ閃光だった。
ぐっだぐだ(´∀`*)