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雪の女王は戦馬と駆ける  作者: 悠井すみれ
19. 戦火、山河を越える
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真実を繋ぐ糸 ファルカス

 黒松館が焼け落ちた後、フェリツィアをどこに落ち着かせるかは決して小さくはない問題だった。王女である以上は王宮で暮らすのが本来の姿なのかもしれないが、ミーナとマリカの心中を思うと、そして王宮にもリカードの手が伸びかねないことを思うとその選択をすることはできない。

 不安に沈む――今思うと、ファルカスが知らないだけでその不安には確たる根拠があったのだが――シャスティエを見て頭を過ぎったように、辺境の砦に匿うのも父親としては気が進まなかった。厚く冷たい石壁の中に赤子を閉じ込めるのが哀れだというのもあるし、どこに任せるにしても彼のもとからは離れすぎている。剣を向ける先はまだ定まってはいないが、ファルカスは近く軍を率いて発つことになる。その隙にリカードが何か企んだ場合、急ぎ対策を打つことができない場所に娘を置いておく訳にはいかなかった。


 かといって行軍に赤子を伴うことなど不可能――となると、結局は何を選ぼうと完全に安心することはできないと気づかされるのだが。ファルカスは悩んだ末に、バラージュ家に下の王女を預けることにした。離宮の頃から仕えているグルーシャにとってもやりやすい環境だろうし、弟のカーロイについても裏切る心配はしていない。片腕ゆえに、戦場に引きずり出すよりも後方で守る役目を与えた方が良いと考えたこともある。

 攫われたシャスティエが心配でならない様子のイリーナも、多少の火傷を負ったものの命は長らえたツィーラも、改めてフェリツィアにつけた。襲撃を生き延びることができなかった侍女の後を埋めるために、ジュラに乞うて妻を出仕させてもらった。


 そこまでしても完全に安心することなどできはしないが――だが、これが彼にできる最善だった。シャスティエに託された娘に出来る限りの守りをつけて、彼は妻を、娘の母を取り戻す戦いに臨まなければならないのだ。




 ――ミーナたちにも説明せねばな……。


 脳裏にもうひと組の妻と娘の姿が()ぎるが、今はまだ会うことができない。黒松館から側妃が攫われたことは既に公表しているから、ミーナたちの耳にも入っているかもしれないが。そしてそれはリカードの陣営を通してのことになるだろうから、彼女たちがシャスティエやミリアールトに対して悪感情を抱いてはいないか、大いに不安ではあるし、一刻も早く直接話してやらなければとも思うのだが。

 だが、今その時間を取ることはできない。たとえファルカスが伏せようとしても、黒松館と側妃を巡る顛末はリカードがイシュテン全土に吹聴するだろうし、現にティゼンハロム侯爵邸に出入りする者どもの名、その多さも彼の耳に入っている。どうせ(かれ)への不信を煽り側妃を貶める話で盛り上がっているのだろう。無論、彼自身の行いが招いたことだから他者を責めるのは筋違いだと分かってもいるが。

 妻を取り戻そうと本気で願うならば、彼は常に敵に先んじて動かなければならない。シャスティエの居場所を――机上の推論であっても――突き止め、側妃を救出すると言い出しても諸侯が従うような筋書きを立てるのだ。


 そのためには、臣下に迷いを見せてはならないしリカードに策を講じる時間を与えてはならない。少なくともシャスティエを救い出す算段がついてからでなければ、ミーナたちと会う機会を設けることなどはできない。


「イルレシュ伯が参られました」

「うむ。通せ」


 従者の取次ぎに短く頷きながら、ファルカスの胸は重い。ミリアールトから召還したイルレシュ伯を、リカードに取り押さえられる前に迎えることができたのは良かった。だが、それでも彼はどのような顔であの老人に会えば良いかまだ決めかねていた。

 ミリアールト語を禁じる、などと。祖国への裏切りに他ならない命に従ったのはひたすらシャスティエの――ミリアールトの女王のためだったろうに、あの男は彼を信じて主を委ねたのだろうに、彼はその信頼に応えることができなかった。リカードが流した醜聞に加えて、彼自身が頻繁に通いすぎたことで側妃の評判をも落ちてしまった。懐妊に至ったのも時期が悪すぎるし、果てはみすみす攫われるのを許すとは。そのいずれかひとつだけでも、イルレシュ伯は彼を詰る権利が十分にある。


「陛下……」


 事実、ファルカスの前に通されたイルレシュ伯は、眉間に深く皺を刻んでいた。はっきりと顰められたその表情に、助力を求めても良いものか不安が胸を掠めた。シャスティエのためならばこの老人は身命を惜しまないと知ってはいるが、力を貸すには不足と見限られている可能性もある。


「ああ……よく無事で戻った。……話はどこまで聞いているか――」


 まずは不手際を詫びるべきだ、という思いはあったが、どのように言葉にすれば良いかは分からなかった。王たる者が頭を下げるのか、などという矜持はこの際どうでも良い。ただ、何を言ったところで空々しく聞こえるだけだろうと思うと、何も言わない方がマシではないかと思うのだ。

 ファルカスの曖昧な言葉にイルレシュ伯は一層顔を顰めると――彼の前に跪き、深く頭を垂れた。


「おおよそのことは。――この度ミリアールトの者がしでかしたこと……この老身では何の埋め合わせにもならぬと重々承知はしておりますが、我が身にできることならばいかようにも……!」


 もともとの色素の薄さばかりではなく、老年と、そしておそらくは心労のためにますます色を失った老人の頭を見下ろしながら、ファルカスは何となく得心した。


 ――そうか、罰を恐れてもいるのか……。


 カーロイ・バラージュにはイルレシュ伯を咎めるつもりはないと伝えたつもりだったが、側妃誘拐の()()を教えてもあった。ミリアールトの忠臣が、祖国への累が及ぶのを懸念するのも無理はないことなのかもしれない。


「そなたには関わりのないことと聞いたし、命に従って参じてくれたこともその証となろう。敵はミリアールトではない、それだけは確と承知している」


 ならばまずは安心させてやらなければ。そう思って声を掛けたのに、イルレシュ伯の表情が緩むことはなかった。


「恐れながら――クリャースタ様をお救いするおつもりとカーロイ・バラージュから聞きました。それは……いかなるお心でそのように思召してくださるのでございましょうか……!?」

「妃を胎の子ごと奪われたのだ。取り返さぬ訳にはいくまい?」


 詰問めいた強い口調にやや鼻白みつつ、ファルカスは当然と思われることを答えた。あまりにも当たり前の問いに、この男は何を言っているのだ、とさえ思う。だが、イルレシュ伯は彼の答えに納得していないようだった。


「臣は、恐れておりました。寛容なお言葉をいただいたとはいえ、陛下はクリャースタ様やミリアールトに対してお怒りなのではないか、と。――ですが、今拝謁にあずかって、また別の恐れが生まれました」

「…………」


 年老いてはいるが実直な男が何を言おうとしているのか、ファルカスにはまだ分からない。ただ、確実に愉快なことではないことだけは予感できて顎に力が入った。奥歯を強く噛み締める感覚はもはや馴染みのもの。その度に彼は自身の非力を味わうことになるのだ。


「陛下はクリャースタ様のことをどのように思われていらっしゃるのでしょうか。面倒な事態を呼んだ厄介者でしょうか。体面のために仕方なく腰を上げらると? それとも――ミリアールトにまで流れた例の噂……まさかあれを、信じておられるのではございませんな!?」

「ばかな。あれはリカードの仕組んだことというだけだ。あの女が、よりにもよってアンドラーシと通じるなどあり得ない」

「ならばなぜそのように悠長に構えておられるのですか。ミリアールトのこと、クリャースタ様を攫った者のこと……お聞きになりたいことがあるからこそ臣を召されたのではないのですか」


 ファルカスは瞬くと、イルレシュ伯の顔をまじまじと眺めた。目の前の老人は、確かに何事かに対して憤っているようだった。だが、その対象は彼が懸念していたものとは違うらしい。

 このようなことを話している場合ではないと、重々承知しつつ――つい、聞いたところでどうにもならないこと、相手も答えに窮するであろうことを尋ねてしまう。


「そなたは……俺に怒ってはいないのか。――というか、喜んではいないのか。あの女は肉親によって救われたのではないか? シグリーン公爵の息子とやらは、そなたにとっては旧主にあたるのだろうが」

「本来であれば、確かに。王家に連なる血筋を敬い仕えていたことでしょう。ですが今は状況が違います。女王の身を(おびや)かした段階で、出自を問わず反逆者と呼ぶべきと考えます」

「脅かす? だが――」

「幼い姫君を母君から引き離し、武力に訴えて強引に攫ったのです。脅かす以外の表現が相応しいとは思えませぬ」


 思いがけずはっきりとした口調で断じられて、顔を顰めるのは今やファルカスの方だった。それに対して、いつの間にかイルレシュ伯の薄青の氷の色の目は、揺るぎなく彼を見据えている。


「陛下。陛下が負われているのは今やイシュテン一国だけではございません。ミリアールトも、その女王も、陛下だけを(たの)んでおります。どうかお心を強く持ってくださいますよう……!」


 ――俺が弱気だというのか……!?


 どのような状況であれ、惰弱を疑われるのはイシュテンの男に対する最大の侮辱。反射的に声を荒げかけて、しかし、すんでのところで的外れな怒りだと、諫言に対して激するのは王としてあるまじきことだと堪えることができた。イシュテンの臣下ではないからか、親よりも更に年嵩の者の経験の重みからか、不思議と聞き入れなければと思わせられる。どうもこの男は彼の祖父を思い出させるからかもしれない。


 それに、彼が激昂しかけたのは心当たりがあるからでもあった。シャスティエ――幸せの名を与えられた女を連れ戻すことは、すなわちまた復讐の名に縛り付けることになる。だから、果たしてあの女にとってどちらがより良い道なのか、信じかねていた。特にミリアールトの臣下に対して、救い出すなどと言っても良いものか、思い切ることができなかったのだ。

 だが、王としての責を持ち出されては迷っている暇などない。図々しいとは思っても、そうと表に見せてはならないのだ。


「……そうだな。そなたも言いたいことは山ほどあろうが今は呑み込んでくれ。側妃を連れ戻すため、居場所を突き止めるために力を借りたい」

「は。何なりと」


 恥を忍んで乞うたつもりだったのに。彼の言葉を聞いたイルレシュ伯は初めてわずかに頬を緩めて笑ったのだった。




「此度のこと――裏でリカードが意図を引いているのは間違いがない。あの狸め、黒松館襲撃の報せが届く時にちょうど居合わせるように謁見を申し込んできたからな」


 人払いをし、イルレシュ伯に席を勧めるとファルカスは改めて状況の説明に入った。カーロイ・バラージュに聞かせたことだけでなく、彼の直感に近い見解を含めて並べることで、彼自身も考えを整理したかったのだ。


「確かに、レフひとりだけでは黒松館に近づくことはおろか、イシュテン国内を動き回ることさえままならないでしょうな」


 ファルカスは件の公子の姿を直接は知らないが、イルレシュ伯は脳裏にありありと思い描いているのだろう。ファルカスの言葉にまずは深く頷いてくれた。リカードの老獪さ陰湿さを、既によく知っていることもあるだろう。

 前提を共有できたと確かめたところで、ファルカスはもう一歩踏み込んだ。


「――だが、分からぬのはなぜリカードがその男と手を組む気になったのか、だ。リカードは側妃を殺しても飽き足らぬほど憎んでいるはず。この国から消えるだけでは決して満足しないだろうに……」


 自らが発した言葉が、不意にファルカスの心臓を掴んだ。恐ろしい可能性に初めて思い当たったのだ。


 ――シャスティエたちは、危ういところだったのではないか……!?


 リカードが(ミーナ)を脅かした女をみすみす見逃すはずがない。だから、ミリアールトの王族に手を貸してやろうという気になったこと自体が不可解だ。だが、逆に考えれば謎は解ける。黒松館から側妃と王女を逃した後、リカードはふたりをミリアールトに帰してやるつもりなどなかったのだろう。亡国の者の悲願を叶えてやる振りで、その希望を踏みにじって嘲笑う――いかにもあの老人のやりそうなことだ。

 首尾よく側妃を排したのだろうに、リカードの動きが鈍いのが気になってはいたが、それも理解できる。ファルカスの出方を探っているのもあったのだろうが、あの男は獲物が届けられるのを待っていたのだ。レフとかいう男と手を組んでいたのならば、黒松館襲撃後の動きを打ち合わせておいたとしてもおかしくはない。


 ――落ち着け……側妃を手中にしたならリカードは死体を公開するはず。賊から奪取しようとしましたが間に合わず、と……いかにも気の毒そうな顔で俺の反応を愉しもうとするはずだ。


 今まで以上の焦りに囚われ、呼吸が乱れかけるのを、理性で抑える。両者の間にどのような行き違いか裏切りかがあったのは分からないが、シャスティエはまだ無事のはず。レフという男と共にいる――そのことはこの上なく業腹ではあるが、少なくともリカードの手は及ばないところにいると考えて良いだろう。だが――


 ――許せんな……!


 嫉妬に由来するのではなく、ファルカスは初めて純粋に怒りを覚えた気がした。妻を取り戻すなどと言いながら、本当の危険に思い至らず呑気に構えていた自身に対するものが、ひとつ。そしてそれ以上に、シャスティエを思いながら最大の敵と結んで彼女を脅かしたレフという男への怒りが彼の胸を焼いている。肉親だから、情愛があるからと遠慮をして良い相手ではなかった。顔も知らない男を、彼は今こそ敵として認識したのだ。


「――ティゼンハロム侯爵も追い詰められたから、という側面はございますな。美しく身分高い人質というだけなら目障りなだけでしょうが、正式に側妃になり、ご懐妊され――その間に陛下も諸侯に力を示されました。マズルークの侵攻に、ティグリス王子の乱もございましたからな……」


 不安と恐怖、焦り。そして怒り。ファルカスの荒れ狂う内心は表情にも滲んだだろうが、イルレシュ伯は得には触れずに話を進めてくれた。それも、彼を慮るかのように功績――と呼べるとは思えないが――を数え上げることさえしてくれる。いまだ自身の国を掌握することさえできていない身で、いくつかの勝利を挙げたところで大した意味はないだろうに。


 ――ティグリスか……今の(ザマ)を見たら何と言うか……。


 久しぶりに聞いた名に、異母弟と最後に交わした会話が蘇った。ティグリスは、王の妨げとなる諸侯の力を削いでやったから褒美を寄越せと(うそぶ)き、更にイシュテンの在り方を変えろと熱弁を振るったのだ。死の直前に至るまでほとんど顔を合わせることもなかったのに、ティグリスはこの国の歪さについて彼と似た懸念を抱いていたらしい。最後の最期にそれを知って、血の繋がりを確かに感じたというのに。弟が命を懸けて託した願いを、彼はまだ叶えられないままだ。


「……その男がその間に何もしなかったのも解せぬな。危険というならシャスティエは常に狙われていた。……かつてのそなた同様、俺の不甲斐なさに任せておけぬとでも思ったか? だがフェリツィアが生まれた後では動きづらいのは分かるだろうに……」


 忸怩たる思いがまた自らを卑下するような物言いをさせた。考えれば考えるほど、シャスティエは――ミーナも、だが――彼と共にあって不幸になったと思えてならなかった。


「レフが生きていると名乗り出なかった、誰もその存在を知らなかった――臣に教える者がいなかった以上は、当初からクリャースタ様を……()()すべく出奔していたと考えるべきかと存じます。ミリアールトにとって裏切者となった今ならばともかく――あの頃ならば、まず臣を頼ってくれただろうと思うのです」

「だが、手勢もろくにいないのだろう。リカードが手札にするにはあまりにか弱い。奴が匿うほどの価値を見出すとは思えないが……」


 ――そうだ……黒松館を襲った者ども……いったいどこから現れた……?


 語り合うほどに、謎がひとつずつ浮かび上がってくるようだった。リカードが取り合うほどの手勢を、ミリアールトから引き連れて来ることができたはずはない。最初の総督のジュラはもちろんのこと、次のあの無能者も、そこまで目が役に立たなかったということはないだろう。身一つで肉親を助けたいと申し出るような甘い考えの者など、リカードは一笑に付して終わるはず。

 だが、そうすると黒松館を襲った賊の正体が分からない。リカードの麾下の諸侯は、ファルカスも動向を見張っていたのだ。彼に至らぬところが多いのは確かだが、兵を動かす気配があればさすがに気づいていたことだろう。


 ――正体の分からない軍勢……前にもあったな……。


 ティグリスの名を聞いたからだろうか、あの犠牲ばかりが大きかった戦いの顛末がファルカスの記憶から浮かび上がった。同じ国の者同士、兄弟同士で争ったあの乱のこと。カーロイ・バラージュが片腕を喪い、多くの人命もまた失われたあの戦いの帰趨を決めたのも、どこからか現れた何者とも知れない一団だった。


 半ば水に沈んだ無数の人馬の屍が目に蘇る。空の下にどこまでも広がるようなあの光景――そこに、一筋の煌きが浮かんだ気がしたのは、アンドラーシの言葉を思い出したからだ。


『金の髪が見えたような気もしましたが』


 文字通り泥沼の戦いを終えたすぐ後、そう語った側近を、ファルカスは妄言と断じたのだったが。金の髪の者があの戦場にいるはずがない、と。だが――


『クリャースタ様のように、見事な……そういえば、言葉の訛りも似ていたような』


 レフという男の父も兄たちも、シャスティエと同じ色の髪をしていた。そしてミリアールトの者ならば、言葉の響きが似ているのも当然のこと。ならば、アンドラーシは確かに見聞きした通りのことを述べていただけなのだろうか。


 金の煌きが、また違った記憶を呼び起こす。今度は、異母弟の目が湛えていた不気味な輝きとなって。彼に背いておきながら、敗北による死を間近に見据えながら、ティグリスは最後まで彼の未来を案じてみせた。


『当面はブレンクラーレからの侵攻はない、と思います。ただ、弱いイシュテン王となり得る方がまだいらっしゃいますから――』


 そう。あの者も、はっきりと警告を残していたのだ。マリカを擁したリカードが外憂と結ぶことを。あの時、彼はリカードを追い詰めることができると信じていたから心配無用と答えたのだった。シャスティエの胎に宿った子を――フェリツィアを亡き者にしようとした奴の企みの証拠を握ることができたと信じていたから。だが、リカードはミーナの侍女を身代わりに逃げ延びた。そして今に至るまで国を乱し彼の妻子を脅かし続けている。


 次に浮かんだのは、涙にうっすらと濡れた宝石の碧の目の輝きだ。


『ティグリス殿下の乱にはかの国が関わっておりましたでしょう……? 摂政王妃ともあろう方が簡単に諦めたのかどうか……』


 これは、つい最近シャスティエが彼の胸に縋りながら言ったこと。娘を思う不安が言わせたことかと思っていたが――こうなると、全く異なって聞こえてくる。あの女が助けると言われて安易に飛びつくはずがないのだ。ならば、説得しようとすれば、後ろ盾となる者を明かすのは当然だろう。


 金の煌きが糸となって、不可解な出来事を結んでいく。全てが明らかになった訳でもないし、確たる証拠もない。だが、この一連の繋がりは、間違いないことのように思えた。


「この件……ブレンクラーレが絡んでいるな」


 これまで見過ごしていたこと、記憶にありながら埋もれていたことが浮かび上がり、繋がっていく――ある種の爽快感。その勢いに任せて呟くと、イルレシュ伯が驚愕に目を瞠った。

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