優しい天然ちゃんと登場しない私
さて、と私はミスリア嬢に向き直り、笑いかけた。
「緑茶、ハーブティ、ジャンヌティでしたらどれがお好みでしょう?」
「あ、いえ、あの、お気遣いなく。」
「いえ、失礼でなければ私も喉が乾きましたので、ご相伴させていただければと。」
そう言って笑いかけると、ふと、血色のよいふっくらとした唇が、緩やかな弧を描いた。初めての笑顔、だった。
「――ありがとうございます。優しいのですね。」
「そうでしょうか?人によっては、無礼だと怒られる場面ですよ?むしろそのように笑いかけてくださるミスリア様こそ、優しい方なのだと思います。」
「そんな……あの、私、あまり同年代の方と話す機会がなくて……。その、こんな形ですけど、嬉しいんです。」
「まあ。同年代と言っても、私は嫁き後れと言われてしまう年齢ですよ?」
「え、同い年くらいかと思っていました。」
世辞ではなく、本心から言っているようだった。二十歳は十分嫁き遅れで、お嬢様と同じ十五、六の彼女に比べれば、同年代とは言い難い。少し、天然ちゃんなんだろう。
「ありがとうございます。それで、なんにいたしましょう?」
「ジャンヌティがいいです。」
「温かいのでよろしいでしょうか?」
「はい。」
承諾の印に一礼し、続きにある簡易給仕室に行く。
先ほど仕掛けておいたヤカンを見ると、ちょうどよい具合に沸騰していた。お嬢様に出すのと同じように準備しながら、私は、やっと頭を整理しはじめる。
彼女を……ミスリア嬢を私は見たことがあった。アレア様もだ。どころか、王子やキネア公、さらにはキネア公の従者も知っているはずだ。男たちはみんなミスリア嬢にヤンデレで、ミスリア嬢に手を出したアレア様は悲惨な目に遭う未来を持つ……そう、彼らを見たのは、前世フリーの乙女ゲームで、だった。
気づいたのは先ほど、ミスリア嬢を取り囲む現場を目撃した時だ。お嬢様と彼女のドレスが向かい合うのをどこかで見たことがある光景だと思い、次の瞬間思い出した。
思い出してから愕然としたが、動揺している場合ではない。とにかくお嬢様の仕出かしたことをフォローせねば、大変なことになる。
と、必至に動いた結果、今に至る。
改めて考えてみると、いろいろ納得できる材料はあるのだが、ほんとよく思い出したと思う。言葉がまずちがうし、イラストと三次元じゃ同一人物だと気づくのも難しいし、そもそもこれまでの人生根本から覆しかねない発想だ。――何より、私はゲームには登場しない人物なのだ。同じ世界でも、視点がちがう。
と、あれこれ考えてる内に、二人分のお茶が入ってしまった。ジャムの香りが、甘く漂っている。
「お待たせいたしました。」
「ありがとうございます。」
さすがにお茶うけの菓子は置いてなかったのでお茶だけだ。
「あ、座ってください。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えまして。」
音をたてないように椅子をひき、腰をおろす。ミスリア嬢が口に運ぶのを待ち、私もカップを手にした。
「リーヤさん、ですよね?」
「はい、ハルアレア領内士のリーヤです。」
「あ、紹介が遅れました。キネア領ミスリア・イル・キネアです。」
そういえば、当たり前になって身に染みているこの士族制度について、ゲームではあまり触れられていなかった。領主や公爵といった封建制度に翻訳可能な身分はともかく、独自の士族という概念は、乙女ゲーとしては作り込みすぎだと判断されたのかもしれない。
……あれ?というか今さらだけど、時間軸おかしくない?プレイした私がその世界に転生って……。今までは単純にあの世界と同等の別世界だと認識してたけど、摩訶不思議なファンタジー理論で誰かがつくった世界に引きずり込まれたのだろうか。でもならなんで、登場しない人物なのだろう。こういうのは主人公か定番悪役お嬢様に転生するもんじゃなかろうか。
――それは、ともかく。
「私のような内士には、そのように正式な名乗りは不要でございます。」
「でも、リーヤさんは他領の方だし……。」
一般に内士というのは、領土の城に仕えるその他大勢士族を指す。対して外士は更にその下、領土に属するものの城には常駐しない臨時の雑兵、亡くなった両親がそれだ。城に常駐し戦時も城の守りを第一とする護衛士や、戦時は二角獣に騎乗して活躍することになる騎士など、内士と外士以外の役持ち士族は格上にあたる。
そしてさらにその上、役が不要なのは、王や領主に連なる血筋の者だけで、具体的には第二親等までが該当する。公や侯といった家格の差はあるものの、当然内士とは比べるべくもない。
そういった者が格下に対して名乗る場合、簡単に名前だけを告げるのが通常だ。しかも彼女はキネア公の第一親等イルに当たるのだ。本来は同じ席に着くのも不敬でしかない。
「他領の相手だからこそ、そのような正式な名乗りは精々役持ち士族までにするので十分なものでございます。それに敬称も不要ですよ。」
「でも……。」
「あまりそのような姿を人に見せると、それだけで侮る人間もいます。今日のような事態を避ける為にも、適切な振る舞いは必要ですよ。――このように無礼を承知でご相伴に預かっている私が言うのもおかしな話ですが。」
くすり、ミスリア嬢から、笑いがこぼれた。
と、再び、扉が叩かれる音がした。イルセンに頼んでいた城仕えの侍女だろう。迎え入れるために、立ち上がった。
※現在本作設定の都合上、同シリーズ作品「繋がれた誓い ―○○の誓い―」を優先して執筆しております。本作主人公が前世でプレイしたゲーム各キャラメインルートシナリオになります。週1から月2程度を目安に更新したいですが、新年の本業の状況的にそれも厳しいかもしれないです。楽しみにしてくださっている中申し訳ありませんが、ご理解いただければ幸いです。