お嬢様という人
「リーヤ、今日は殿下もいらっしゃる席だから、いつも以上に気合を入れてちょうだい。」
「かしこまりました、アレア様。」
命じられ、苦笑がにじんだ。気づかれない程度だったが。すぐに美しい黒髪に手を伸ばし、作業に集中する。
両親を亡くしたばかりの頃、同年代の少女たちの髪をいじるのは、とてもいい気晴らしだった。それがきっかけで髪結いの腕を見込まれ、こうして立派な士族の女らしく、侍女として仕えることとなったのだ。
四歳下のアレア様は、お祖父様と父君に溺愛されている。十二年前の流行り病は上層の士族も免れ得ず、母君はそれが原因でお亡くなりになったのだ。以前から勤めている人曰く、元から一人娘で甘やかされていたお嬢様は、ますます溺愛されるようになったとか。
専属の侍女は二十人ほどもいたが、十年以上勤め続けているのは片手に足りない。こう言ってはなんだが、お嬢様の我が儘が主な原因だ。
例外的に私が十二年続いているのは、前世夢だった美容師のために磨いたスキルが大きな要因だ。アレア様は、誰もが一目見ては思わずため息をつきたくなる美しさを備えている。彼女が髪結いを私の他に任せることはない。
もちろんそれだけでなく、母君を亡くされたばかりの頃から仕えているのも大きいのだろう。私にしてみれば可愛い妹のような存在だ。
「――とてもいいわ。さすがリーヤね。」
「ありがとうございます。」
私から見ても、満足する出来映えだった。
かんざしを使ってまとめあげた黒髪からは細い三つ編みが何本か半円を描いて垂れており、上品さを損なわずに、お嬢様の可愛らしさを引き出している。大きな赤い魔石をあしらった髪飾りは華やかさを添え、見事にその美しい顏と調和していた。――腹黒王子の心はつかめずとも、流行に敏感な女たちの噂にはのぼるだろう。
「あぁ、今日こそ殿下は私とだけ踊ってくださるかしら。」
「アレア様の美しさにきっと夢中になるに違いありませんわ。」
「そう思う?」
「えぇ、間違いありません。これほど美しい方は他におりませんもの。」
答えたのは、入れ替わりに化粧をほどこす同僚で、お嬢様は可愛らしく頬を染めて微笑んでいた。
彼女の言葉は、お嬢様の美しさがなければあからさまなおべっかだったが、美しいという部分については、誰もが認める事実だ。だがしかし、前半部分については……決して同意できず、誰も見ていなければ眉根を寄せてしまうところだ。
王太子殿下は、アレア様の婚約者だ。何度かお付きの侍女として目にする機会はあったが……あれはダメだ。きれいな顔と優しい物腰はあまりに絵に描いた王子然としており、そのくせ気づけば彼の望む通りに事が運んでいた。気づく者は少ないが、抜け目なく冷酷な性格が本性だろう。
お嬢様は婚約者として引き合わされた時から今までずっと、王子に夢中だ。毎回会う度に、裏では黄色い声をあげ感情を大きく揺らす。
対して王子は、政治的に都合のよい婚約者に対する以上の態度をお嬢様にとることはなかった。
我が儘な反面、騙されやすいアレア様だが、薄々察してはいるのだろう。だからこその台詞であり、願望だ。
「アレア様、殿下は国に尽くす方、一人占めなさいますのは、二人きりの時間が訪れるまで辛抱なさいませ。」
少々しかめ面で進言したのは、一番の古株の乳母だった。アレア様にとって、多少でも不都合な現実を突きつけることができる、唯一の人物だ。
「わかってるわよ。でも私という婚約者がありながら、殿下に色目を使う連中には我慢ならないの。」
鏡をのぞかずとも、柳眉な眉がはねあがったのはわかる声だった。
そしていつものように、乳母が苦笑したのもわかった。
「殿下がお付き合いなさるのは、お嬢様以外は単なる社交辞令でしょう。」
「もちろん、殿下がそんな小娘どもをあしらってるだけなのはわかってるわ。それでも嫌なものは嫌なのだから、しょうがないでしょ。」
前半部分をやや強調した主張に、乳母は何も言わなかった。
2015/1/3 誤字修正