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GARAGE~フェラーリに恋した男と三姉妹~  作者: トネ コーケン
89/100

(89)承諾

 仁樹から真理への骨髄移植。そのために必要となる各種の手続きは、以前にも移植したことのある二人であることと、その時の担当医が今回も担当するという幸運、何より仁樹の即断によって一般的な白血病患者よりもずっとスムーズに進んだ。

 真理が倒れるや否やすぐに自宅最寄りの救急病院ではなく、神奈川の大学病院にフェラーリで搬送した仁樹。舞は仁樹に尋ねた。

「知っていたの?先生がまだここに勤務しているって」

 十五年前に真理の担当になった時にはまだ若手といっていい年齢だったが、、今では白髪頭の老医師となった担当医が仁樹の替わりに答えた。

「あの頃、ここまで通院する真理ちゃんをフェラーリで送り迎えて以来、仁樹君は今までずっと毎月欠かさず、私の所在を問い合わせていました」

 仁樹は真理の白血病が再発する可能性を常に考えていた。数年前までメリーランド州ボルチモアの大学病院に勤務していたという老医師は、仁樹と連絡を取り合い、自分が真理を運び込むには遠すぎる場に居る時のために、自分の弟子筋の医師の所在まで仁樹と共有していたらしい。

 真理がまだ三歳だった十五年前を、つい昨日のように思い出した様子の老医師はクスリと笑う。

「仁樹君が真理ちゃんを連れて病院に来るたび、うちの看護師が揃ってソワソワしていてね、それを見てフェラーリに乗り換えた勤務医も居たそうですよ」


 仁樹はお喋りの時間など勿体無いというかのように口を挟んだ。

「移植手術はいつですか?」

 舞には、仁樹が急いている自身の過去を話されるのをイヤがっているようにも見えた。舞には仁樹が、以前昔の写真を舞たちに見られた時と同じ顔をしているのがわかった。

 仁樹の催促を受け流した老医師は、それが自分の患者に対するスタイルだと言わんばかりに喋り続ける。

「仁樹君はあの時、外科のインターンで勤務していたミラノ大学の医学生の子と、とても仲良くなったみたいですね」

 常に無感情な仁樹の顔が少し赤らんだように見えた。いつのまにか仁樹の横に来ていたまるが仁樹の頬を軽く摘むようにつねる。

「お兄ちゃんそんなことしてたの~?」


 仁樹はまるの質問のような、叱責のような言葉に答えた。

「それは違う。フェラーリとそれを生み出した国の風土に関して有益な話を聞かせてくれるというので、俺はそれに足る物を提供しようとしていて、俺は彼女の望むことを叶えようと最善を尽くした」

 常に理路整然とした返答をする仁樹が、血の繋がった実の娘に責められて普段より不明瞭な、シドロモドロと言っていい姿を見せている。

 真理が倒れて以来、生気を失っていたまると舞の間に、ほんの少しながら笑顔が戻る。仁樹の機械のような顔にも僅かながら人の血が通ったように見える。

 老医師は三人の間に流れる空気と、冷静に話を聞ける精神状態を取り戻したのを確かめたかのように、一つ息を吸って落ち着いた口調で話し始める。

「真理さんの白血病の治療と仁樹君からの骨髄移植は、すぐに行えるものではありません」

 老医師の話によると、まずは真理の体内に再発した病巣を根絶し、その後、仁樹の体から骨髄を採取。そして移植し、治療の中で最もリスクの高い拒絶反応を防ぐため、慎重な抑制と経過観察が必要になるという。

 

 舞とまる、仁樹は、以前にも経験したことの復習といった感じで話を聞く。老医師は仁樹に言った。

「ドナーの都合もあります。移植手術のための時間を取れるのがいつになるか」

 仁樹は答えた。終始冷静な彼もついさっきまでの急くような感じは薄れ、落ち着いた口調になっている。

「いつでも構わない。移植より優先すべき用は何一つ無い」

 老医師は仁樹の答えを予想してたかのように、一枚の書類を取り出した。

「では、こちらにサインを」

 承諾書が目の前にテーブルに置かれるより早く、整備用ツナギのポケットからボールペンを取り出した仁樹は、署名の箇所を指で確かめた後、迷わずサインをしようとした。

 彼が紙上でペンを走らせる直前、仁樹の肩が掴まれた。

「ちょっと待って」

 仁樹の腕を取り、サインを止めたのは舞だった。

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