(88)なんでもするから
舞とまる、そして仁樹は、真理が運び込まれた病院の面会室で宣告を受けた。
病状の説明をしてくれたのは、真理が生まれて間もない頃の主治医だった老医師。
白血病の再発。真理を蝕んでいたのは、三姉妹の母を死なせた死の病。
舞は面会室の机に伏し泣き崩れた。まるは自分に起きている事態を理解できない様子で呆然としている。
ソファに並んで座る舞とまる、二人から少し離れた面会室の隅に立っている仁樹は、医師からの宣告を聞いてもいつもと変わりない、何の感情も窺えない顔。
取り乱し泣き続ける舞と、ぼんやりと天井を見上げているまる、主治医も再発の可能性の高い病に最善を尽くした十数年前の努力と、それによって真理が生き延び、手に入れたささやかな幸せが崩れ去ろうとしている事に歯を噛み締めている。
長いような短いような沈黙の時間の後、最初に口を開いたのは仁樹だった。
不意に主治医と目が合った仁樹は、何の前置きも無く主治医に質問した。
「これからの治療方針を説明してください」
まるで故障したフェラーリの修理、整備について問うような口調。舞は、自分の姉を機械か何かのように扱う仁樹に掴みかかろうとしたが、感情を停止させていたかのように見えたまるが、舞の肩に触れる。
もし、真理を失えば、妹のまるは舞にとってたった一人の家族。父親は違っても妹のまるの手を握った舞は、押し殺したような声で嗚咽する。
舞とまるが幾らか落ち着くのを待っていたらしき主治医は、当初から落ち着き払い、返答を促すように見ている仁樹に話し始めた。
「基本的には骨髄の移植手術となります。通常は適合者、移植の承諾者が見つかるまで待つことになりますが、貴方はおわかりと思います」
仁樹は主治医の言葉に返答した。
「承知しました」
舞が顔を上げた、仁樹と主治医を交互に見る。主治医は舞が言葉ではなく視線で示した疑問に答える」
「十六年前。白血病を発症した真理さんに移植する骨髄を提供したのは、仁樹くんです」
フェラーリで真理を搬送した仁樹を追い、舞と共に病院に来てから一言も発していなかったまるが、仁樹を睨みながら言う。
「今度もそうするの?」
主治医は手元のタブレットを操作し、十数年前のカルテを見ながら答える。
「それが最も確実でしょう。彼以外の移植者、適合者を探すことになると、長い間待つことになります」
妹の舞も、半分血の繋がったまるも真理とは血液型が違う。仁樹は真理と同じ血液型で、諸々の適合も合致していた。
三姉妹の母は、移植の適合者を待っている間に死んだ。
舞は立ち上がり、ふらつく足で仁樹に近づいた、そのまま仁樹の足にすがりつく。
「おねがい、真理姉ぇに骨髄をあげて。ママもパパも死んで、真理姉ぇまで居なくなっちゃったら、わたし、耐えられない」
仁樹はいつも通りの表情で舞を見下ろしている。舞は拳で涙を拭き、仁樹に訴えた。
「もし、移植してくれたら、わたし、何でもするから、死ぬまであんたの言いなりになってもいいから」
仁樹は手を伸ばし、舞の頬に手を当てた。舞が知っている限り、仁樹のほうから舞に触れたのは初めてのこと。
「何でもするか?」
舞は頷く、これから一生、彼の奴隷になったとしても、それでもいいと思っていた。
仁樹は舞の腕に手を伸ばし、そのまま引っ張り上げる。お互い直立すると視線はほぼ同じ。舞のほうが少し高いかもしれない。
「これから俺の言う通りにしろ」
舞は口を引き結んだ、どんな要求であろうと姉の命には換えられない。仁樹は舞の目を見ながら言った。
「今からまると二人で、家事の分担を決めろ。俺と真理さんはしばらく帰れない。その間、二人で家を守るんだ」
舞はキョトンとした目で仁樹を見た。彼がどんなに無表情でも、これだけ一緒に居れば、冗談か何かを言っているのでは無いことはわかる。そのまま仁樹に気圧されるように頷いた。




