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GARAGE~フェラーリに恋した男と三姉妹~  作者: トネ コーケン
85/100

(85)不可欠

 夕暮れ時。仁樹のフェラーリがガレージに戻ってくる。

 今まで時間さえあればフェラーリで走り回っていた仁樹。それは三姉妹と暮らすようになっても変わることが無かったが、最近は今までより若干規則的になってきた。

 仁樹はどこに行っていても真理の夕食が出来上がる時間には出来るだけ家に帰ってきて、三姉妹と夕食を共にする。朝も以前は自分自身が眠るのに必要な時間だけ眠ることを優先していたが、今は朝食の時間には起きてくる。

 朝食後、三姉妹のうちの誰かがうっかり、あるいはワザと遅刻寸前になり、仁樹にフェラーリでの送迎を頼むことがある。

 最も多く仁樹に送らせているのは舞。お嬢さま学校と呼ばれる学園に通う舞は、送迎の高級車が並ぶ中にフェラーリで乗りつけ、今まで苦手だった他生徒からの注目を浴びることになったが、なぜかフェラーリと共に皆に見られる時には。不快というより背筋が震える快感に似た気持ちを自覚させられることに気付いた。

 他生徒は最初のうちは高級車の中でも特異な位置にある旧いフェラーリについて、最近ではフェラーリに乗るスキンヘッドの男について質問してきたが、そのたび舞は適当にあしらっている。

 唯一、舞のクラスの副担任をしている国語教師だけは、仁樹のことについて聞いてきた時に舞は逆に色々聞き返している。十代の頃の仁樹を知っている女性教師は、主に当時小学生だった自分が仁樹といかに親しかったかの自慢だけで、仁樹についての情報はあまり教えてくれない。


 末っ子のまるがフェラーリで送ってもらう機会は舞より少ない。ただ舞と異なるのは、まるが寝坊したり絵描きに夢中になったりして遅刻しそうな時には、フェラーリや真理のトヨタトラックより、仁樹から貰ったマウンテンバイクで学校まで行こうとする。

 家から山をひとつ隔てた学園まで、バスで大きく遠回りする通学ルート。山越えの最短距離なら自転車のほうが速いとまるは言うが、そんな時にいつも仁樹は「送ってやる」と言ってまるの腕を引き、自分のフェラーリに乗せて学校まで連れて行く。

 まるに自転車とサイクルウェアを買い与えた仁樹が、まるが学校まで自転車を飛ばす行為を止めようとする理由は舞にはわからない。

 長女の真理は、仁樹が小中学校の頃に、アメリカ西海岸の山道を自転車で駆け下りるクランカーズと呼ばれる集団と同じようなことを高尾や丹沢の山で行い、しばしば怪我をしていた事と関係あるのかもしれないと思っていた。

 ペダルのグリースを焼き切るほどの刺激的な急坂降下はドラッグのように刺激的だけど、仁樹はまるがそれを行うのを止めようとしている。今までの人生で他者への干渉をした事の無かった仁樹の、自分とあまりにも似ている実の娘への気持ちと行動。

 仁樹の気持ちを知ってか知らずか、まるも渋々といった様子で自転車通学を諦め、仁樹のフェラーリに乗る。しかしながらフェラーリで山道を飛ばす時間は大好きらしい。 

 まるは仁樹と血の繋がった父娘と知ってからも、仁樹を父とは呼ぶことは無い。しかし舞から見れば、この二人の朝のやりとりは、どう見ても娘を過保護なまでに心配する父親と、わざと困らせて楽しんでいる娘の姿にしか見えない。


 長女の真理は、走るたびに消耗するフェラーリの各部品を気にして、あまり送迎を頼むことは無い。仁樹は真理に頼まれれば他のいかなる用も放り出して真理の望みをかなえようとするが、真理は遅れそうになった時は家にあるトヨタのトラックを自分で運転して学校に行く。

 舞が高等部、まるが中等部に通うお嬢さま学校に、植木屋から貰ってきたというトヨタ・ダイナのトラックはミスマッチだが、真理は高級車の並ぶ駐車場に堂々と停める。

 以前、仁樹がトラックを運転する真理を、とても美しいと言ったことがある。

 世界各地の紛争で活躍する非常に優秀な車両として知られるトヨタトラックを乗りこなす真理は、仁樹が言うに世を統べ、世を変えるに値する者だけが持つ美姫の風格を宿していると。

 真理はその言葉を聞いてから、トヨタトラックに乗る機会が大幅に増え、時に買い物などの用にかこつけて仁樹を隣に乗せ、無駄な遠回りを重ねたりしている。

 

 今日も仁樹はフェラーリで家に帰ってきた。

 これから三姉妹と共に真理の作った夕食のテーブルを囲み、食後には雑誌記事執筆の仕事。その時間は舞に文章の書き方を教える時間も兼ねている。

 仕事が終わった後はまるとの約束がある。今夜は書き溜めたデッサンを見て感想を言うことになっている。そして、こっちが本番かもしれないが、まるが先日デッサンのために行った南町田のアウトレットモールで買った服を着て見せる。

 まるが言うには、女の子が新しい服を買った時にはそれを着た姿を見て、褒めるのがお兄ちゃんの義務らしい。

 それが終わると、仁樹はまたフェラーリで走りに行くが、最近はその前に三階のリビングまで上がってきて、法学の勉強と家事を両立している真理の掃除や洗い物、明日の朝食の準備を手伝うようになった。

 

 最初はお互いにとって暮らしの中の異物だった三姉妹と仁樹。日が経つごとに互いを受け入れ、今は日々の暮らしに不可欠の存在となっていた。

 三姉妹は各々の心の中で、このまま今の暮らしが続けばどんなに幸せかと思い始めていた。三人に共通する思いはもう一つ。仁樹もそう思ってくれているのだろうか。


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