(78)文章指導
仁樹は舞の声に反応し作業の手を止めた。彼の行動としてはとても珍しい事。
舞は自分から色んな物を奪った仁樹から、当然の見返りとして文章を書く方法を教えて貰う積もりでガレージまで来たが、心中の大半では彼がいつも通りすげなく拒否するものだと思っていた。
普段は自分の仕事を邪魔する雑事には取り合わぬ仁樹は仕事を中断し、椅子を回して舞と向き合った。感情の無い瞳のまま舞の目を見て言う。
「他人に教えられるような理論は無い」
仁樹の今までとは違う反応に、舞は彼の変化をほんの少し期待したが、どうやらそれは体の動きだけで、発言はいつもの彼と変わらない。舞は失望と安心を同時に味わったが、仁樹は変わらなくとも舞は今までの舞とは少し違う。彼の扱い方を少しだけわかってきた。それから、自分がどうしたいのかも。
「あんたが文章の先生を出来るほど器用だとは思ってないわよ、私が知りたいのは、あんたの仕事の進め方。そこから何を学ぶかは私が決める」
仁樹は相変わらず無表情なまま、背後のデスクを指差しながら言う。
「見て、疑問を抱いたことを聞け、知っていることは答える」
仁樹は椅子を回し、再びノートPCに向かいキーを打ち始めた。舞はとりあえず彼が現在やっている仕事を見るべく、モニターを覗き込む。必然的に顔の位置が近くなるが、仁樹は何の反応もせず仕事に集中している。
「これ、一応は雑誌に載る前の記事なんでしょ?わたしが見ていいの?」
今夜だけでなく、仁樹は今まで舞が彼の仕事を見に来ても、それを隠したことは無い。
「部外者に見せることは禁止されている、しかしタカさんの娘に見せたと言って文句を言う人間はうちの社には居ない」
死んだ舞の父は、高級外車や家具の輸入業者として、自動車関連をはじめあらゆる業界に影響を残していた。
舞が見た仁樹の仕事内容は、彼に対して抱いた印象とは正反対のものだった。仁樹がモニターに打ち込んでいるのは、雑誌連載らしき小説。
書き割りか何かのように地味な主人公に、けばけばしい女子がまとわりつくラノベとかいうもの。仁樹は男女の安っぽい台詞と状況説明だか主人公の独白かわからない文章を淡々と打ち込んでいる。
舞は文章の内容を読んで真っ先に思い浮かんだことを聞いた。
「これ、あんたが考えてるの?」
仁樹はキーを打つ速度を緩めることなく答える。
「ストーリーとキャラクターは、出版社が契約しているコンテンツ会社が決定している」
ノートPCが置かれたデスクにタブレットがあった。そこにはプロットらしき文章が表示されている。タブレットの脇には数冊のラノベが置かれている。
仁樹は他人から書いてほしいと言われた話を文章化している。舞はプロとして金を貰うというのはそういうことかと思った。それにしても作中の台詞や文章は彼が考えてることになる。この男のどこにそんな引き出しがあるのかはわからない。
「じゃああんたは、どうやったらこんな文章を書けるの?」
曖昧な問いだったが、やはり仁樹は作業をしつつ、すぐに答えを返す。
「その分野で高い評価を受けているものを読み、何故人気があるのかを考え、その要素を使用した文章を製作する」
彼は機械の設計を行うように、ラノベという製品を作成していた。この可愛らしい女の子と純朴な少年のお話は、彼の中から出てきたものではない、舞は仁樹のことを、他人の素材を使って文章を製作する加工機械のようなものだと思った。
仁樹のやりかたは特殊とはいえ、文章で金を貰うということの大変さ、その一端を知らされた気がした。それでも舞は、文学者を聖職か何かだと思っている高校の国語教師や文芸部の奴らより、仁樹のほうがまだ偽善が無いだけに好感を持てた。
ラノベの原稿を書いていた仁樹の視線がモニターの左下に動く。文字数の表示を見たらしき仁樹は文章の区切りをつけ、保存作業をした後ファイルを閉じる。
ラノベを書く作業を一段落させた仁樹は引き出しを開けて封筒を取り出すと、作業終了後のゴミを掃き集めるようにデスクの上に出していたラノベを封筒に放り込み、封をして編集部の住所をゴム印で捺した。
編集部に返却するらしきラノベの詰まった封筒を引き出しにしまった仁樹は、別の本を出した。舞にはわからぬ整備解説書。
それらを並べた仁樹は新しいテキストファイルを開き、今度は自動車の整備に関する堅苦しい解説文を書き始めた。




