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GARAGE~フェラーリに恋した男と三姉妹~  作者: トネ コーケン
77/100

(77)奪いたいもの

 仁樹はいつも通り、三姉妹と夕食を囲み、真理が煎れたお茶を飲んでから席を立った。

「ごちそうさまでした。今日の気候との夕食によく合ったジャスミン茶でした」

 無口な彼にしては丁寧な礼を言うのも普段と変わらない。仁樹はそのままリビングを出て、階段を降りて行く。 

 夕食の後で少しでも仁樹に長居して欲しくて、猫舌気味の彼に出来るだけ熱いお茶を出す真理は残念そうに見送る。

 コーヒーを出す時は煮えたぎるほど熱いものを淹れるが、今日はあまり熱いお湯で煎れると香りが飛ぶ花茶なので、それほど熱いものは出せなかった。結果として仁樹がリビングで三姉妹と過ごす時間は、いつもより少し短かった。

 常に入力した数値に相応した結果を正確に出す、機械のような男、真理もまた、彼なりのタイムテーブルで食事を行い、食後にも予定のある仁樹の邪魔をしようとはしない。


 こういう時に遠慮なく仁樹を引き止める末っ子のまるは、現在描いている絵がとても難しい題材らしく、遅れ気味に夕食に来て急いで食べ終わり、さっさとリビングを出て自分の部屋に引っ込んだ。

 仁樹がリビングに居る間、自分のお茶と茶菓子を弄んでいた舞は、残りの茶菓子を温くなったお茶で流し込み、席を立った。

「舞ちゃん、もう寝るの?」

 普段はテレビを見たり姉や妹と喋ったり、夕食後に長居することの多い舞の行動。真理の問いに舞は少し早口で返答した。

「明日までに読んでおかなきゃいけない本があるからね」


 真理は自分よりだいぶ背の高い舞のことを少し上目遣いに見ながら言う。

「仁樹さんの邪魔をしてはいけませんよ」

 舞は体格に似合いの無駄に大きな声で言い返す。

「なんであんな奴のところに行かなきゃいけないのよ、邪魔してるのはあいつだし」

 舞は自分の顔が赤くなっていないか、真理に気付かれてないかと思いながら、早足でリビングを出た。

 

 三階のリビングから二階の自室に戻った舞は、ベッドに座りながら頬に手を当てた。

 数日前に知らされた、仁樹がまるの父親だという事実。それが原因で仁樹に対する感情は今までで最悪に近いものになったが、その後、バイクで走りに行った夜の廃道で、フェラーリに乗った仁樹と出会い、共に走ったことで、舞は仁樹に奇妙な共感を覚えた。

 そして、衝動的なキス。家に帰った舞は、あれは非現実な世界で行われた夢のようなものだと思うことにしたが、少なくとも今から十数年前、仁樹と関係を持った自分の母親の気持ちは少しわかった。


 自分は仁樹をどう思っているのかと考えたが、考えれば考えるほど混乱してくる。恋愛感情のわけが無い、あれは好感が積み重なった結果起きるものだと聞いている。舞は自分から色々なものを奪った仁樹に対して、好きか嫌いかといえば嫌い以外の答えが出てこない。

 じゃあ、なんであんなことをしたのか。そう思った途端、舞の唇と舌が、あの感覚を思い出す。舞はベッドにうつぶせになり、どんどん熱くなる顔を枕に埋めた。こんな思いをさせられるなら、キスなんてするんじゃなかった。もう二度としたくない、もし、もう一度するような機会が訪れたなら。


 舞はもっと強く顔を押し付けた。自然と唇がその時の形になっていた。これじゃまるで、次を期待して、その時に備えて練習でもしているみたいだ。

 舞はあの夜を思い返した。自分はどうやって落ち着きを取り戻したんだろう。冷静さを欠いた状態で乗れば命取りになる舞のバイク、ホンダRC30のおかげだろうか。それもある。そしてもう一つ。

 その時に思ったこと。三姉妹の暮らしや母の思い出。自分にとって大切なものを奪った仁樹から、同じくらいのものを取り返してやろう。自分の欲しいものを仁樹から奪う。じゃああのキスは、奪われたのか奪ったのか。

 これ以上仁樹のことを考えていたら、冷静さを取り戻すことなんて出来ないと思った舞はベッドから起き上がり、机の上に積んである最近買った本に手を伸ばした。

 

 静岡から東京都下に引っ越したことと、最近乗るようになったRC30のおかげで欲しい本を自由に買えるようになった。文学なんてものには興味ないし価値を認めてなかったが、昔から読むのが好きなノンフィクションやルポタージュの本を、最近も何冊か買い込んだ。

 書店で見かけた時は嬉しくてすぐに手に取った航海記を開いたが、内容が頭に入ってこない、数ページめくって本を閉じ、ベッドサイドに放り出した舞は、仰向けになって天井を見る。

 今日はもう寝ようか、それとも、舞はベッドから起き上がった。

 そのまま部屋を出た舞は、階段を降りる。一階はワンフロア全てを占めるガレージ。仁樹の暮らす場


 階段を降り切った先にある鉄製のドアを開けると、ガレージには赤いフェラーリが停めてあった。フェラーリで走りに行ってないならば、仁樹はこのガレージに居る。

 舞が思った通り、仁樹はガレージ隅のデスク前に居た。ノートパソコンのキーを打ち込んでいて、勝手にガレージに入ってきた舞を振り向きもしない。

 舞は仁樹の背後に立ち、声をかけた。

「あんた、私に文章の書き方を教えるって言ってたわね、そろそろ約束を果たしなさい」

 仁樹はキーを打つ手を止め、振り返った。


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