(74)インストラクション
ホンダRC30に乗った舞は、仁樹の乗るフェラーリを追いかけるように自然公園と霊園に囲まれた廃道の坂を降り始めた。
以前は路線バスの停留場があったという坂の頂上で、フェラーリをUターンさせてダウンヒルをスタートさせた仁樹は、最初のコーナーまでの短い直線でフェラーリを急加速させる。
舞は少し間を取りつつ、RC30のエンジンを回したが、二速へのシフトアップをしてる間に車間を離された。
仁樹のフェラーリは、ほぼ180度近く回りこむ第一のコーナーを、タイヤを鳴らしながら通過した。一拍遅れて舞もコーナーに飛び込む。
大きく回りこむが曲率はそれほど大きくないコーナー。二速の高回転を維持したまま車体を倒せば、バイクが勝手に曲がってくれることは何度かの往復で知っている。あり余るパワーでリアタイヤが少し流れた。
続いてギザギザ道といった感じのミニコーナーが五つ続く。第一コーナー出口に達した舞の目に、ギアを一速に落としたフェラーリがスキーのパラレルターンのように左右にテールを振るのが見えた。
舞もギアを一速に落とす。この廃道はローとセカンドだけで充分。一速のレッドゾーンまでエンジンを回しながら、左右に車体を倒しながら、舞は今まであまり好きでなかった女としては高い身長と馬鹿力に感謝した。
前方にフェラーリ。車間距離は最初の短いストレートで離された時とそんなに変わらない。一速の全開からアクセルを抜き、二速にシフトアップしたフェラーリが、排気管からターボの炎を吐くのが見えた。
次はL字といった感じの急角度な道。この廃道コースの中でも最も難しいコーナー。目前に広がる金網が走る人間に激突の恐怖を与える。
ここが走り屋スポットとして現役だった頃は、金網を突き破って向こう側の霊園にバイクごと落っこちた奴も数人居るらしい。
仁樹は目前の壁など存在しなかのように突っ込んでいき、一度コーナーとは逆の方向に向けた車首をコーナーの内側に切れ込ませ、四輪で横滑りする。
壁に沿って駐車でもするような勢いで横滑りしたフェラーリは壁の直前でグリップを取り戻し、コーナーの出口に向かって飛び出していく。
ここでも蘭のRC30は仁のフェラーリと同じような軌道を描いた。壁際に体当たりするような勢いで左右のタイヤを限界まで使い、壁に沿うように加速する。
次はサーキットのヘアピンカーブに似た180度カーブ。以前は走り屋を観察するギャラリーはここに集まり、公道の走り屋の写真を撮って雑誌に掲載するカメラマンもここで撮影をしていた。
フェラーリはコーナーの外側から内側を掠めて外側に出るアウト・イン・アウトと、内側に最も寄るクリッピングポイントをコーナーの奥側に持って来るレート・エイペックスというサーキット走行の教科書通りに走り、ヘアピンを通過する。
舞も無意識にRC30の車体をコーナー手前で外側に寄せ、コーナー奥のクリッピングポイントに向かって突っ込んだ。
二輪と四輪ながら車体特性の似ているフェラーリGTOとホンダRC30、舞はさっきから自分が仁樹の走りを模倣していることに気付いていた。
自分が真似しているのではなく、仁樹が真似させてることに気付いたのは、コーナーのクリッピングポイント近く、車体の傾斜が足りないと思った時だった。
それまで上半身をコーナリングするバイクの内側に傾けていた舞は、ツナギに包まれた尻をシートから横にずらし、コーナー外側の足を使って内側にブラ下がるような姿勢になった。
内側に突き出した膝が自然にアスファルトを擦る。ハング・オンと呼ばれる姿勢で車体を強く押さえ込んでコーナーを通過した舞は、尻をシートに戻して車体を立て直し、ゴール前の最後のコーナーに視線を向けた。
いつも無口な仁樹がフェラーリで、舞に道の走り方を教えようとしている。フェラーリが仁樹を饒舌にする。
ついさっきまで仁樹を拒んでいた舞は、仁樹の全てを受け取ろうとしていた。
ただ坂道を往復させるだけとは別物の高速走行。自分を装ったり偽ったりする余裕などどこにも無い。舞は自ら望んでそんな感覚を求めていた。
RC30は、押さえ隠していた舞の感情を剥き出しにした。




