(72)翡翠山
RC30で走り出した舞の行き先は何となく決まっていた。
家から制限速度を大幅にオーバーしない速度で走って30分足らずの場所にある民放テレビ局のドラマスタジオの前を通過した舞は、オープンセットが組まれた広大な敷地の裏手に回った。
細い生活道路を何度か曲がり、錆びた金網ゲートを開けてバイクで通り抜けた先にあるのは、曲がりくねった坂道。
この翡翠山と言われる九十九折の道は、何十年か昔に近隣の走り屋が集まった場所らしいと聞いた。
左右のコーナリングを繰り返す坂道は、バイクで攻めるのにちょうどよく、下りのダウンヒルは軽量車向きで、登りのヒルクライムはパワーのあるバイク向き。
何よりもこの道路が周辺の住宅地から隔絶されていて、騒音の苦情が来ないということが走り屋にとって渡りに舟だった。道路の西側は自然公園で、右側はテレビスタジオ。
そんな現象を当局が放って置くわけなく、坂道を直線的に貫く新道の整備と共に曲がりくねった道は閉鎖され、今では地図にも乗らぬ廃道扱いとなっている。
道の入り口と出口はゲートで閉ざされ、後にテレビスタジオ敷地の切り売りで郊外型の大型霊園が出来たことで、物理的にもその道には入れなくなった。
そんな見捨てられた道路も、地元の人間だけが知る入り口はあって、昼間は時々ジョギングやウォーキングをしている人を見かける。
彼らの多くは、その道が近隣で最も多くの事故死者を出した道だということを知らない。
舞もまた、RC30で少しずつ行動範囲を広げる過程で、この道と閉ざされたゲートの存在を知った。
閉ざされたゲートが簡単に開くことを知り、それから舞は好んでRC30で走っていた。
そんな道があればすぐにそれを嗅ぎ当てた走り屋が再び集まって来ていたのも昔話。バイク免許取得に制限の無い舞の学園でも、昔は原付で走り屋気取りだったという副担任の体育教師から聞いた話では、バイクに乗っているのは数人で、レーサーレプリカのバイクに乗っているのは舞だけ。
廃道となったワインディングロードに入った舞は、一度バイクを止め、深呼吸した後RC30のスロットルを吹かした。反響音でエンジンの調子を確かめる。
バイクのエンジンやその整備についてよく知らない舞の気休めのような儀式を終えた後、舞は走り始めた。
全長2kmほどの坂道を昇っては降りることを繰り返す。軽量な車体ながらトルクに優れたRVF400のエンジンを積んだRC30改は、昇っても下っても面白い。
まだ車体を倒してハングオンと言われる車体からブラ下がる姿勢で、膝を擦るほどの攻めた走りはしていないが、一般道で他車に混じって走るより速い速度での走行は舞にとって刺激的だった。
走ってどこかに行くことが目的のバイクで、同じところを往復し続ける、これではフェラーリでどこへともなく走りに行っている仁樹と同じだと思ったが、バイクで走るという行動は今の舞が抱いている悩みを薄れさせてくれた。
何度かの往復で革ツナギの下に汗をかき始める。今日はこれくらいかな、と思った舞の視線の先に、ヘッドライが映った。
霊園管理の車か何かか、あるいはパトカーか。表向き侵入禁止となっている廃道で他の人間に会うのはあまり好ましくない。舞は来た道を戻り、ゲートから隣接する公道に出ようと思った。
ターンしようとした舞の動きが止まる。ヘッドライトの光に続き、フルフェイスのヘルメット越しにエンジン音が聞こえた。
低い四連のドライヴィングランプ。低回転では重厚な音。聞き間違うはずは無い。
赤いフェラーリGTOが舞の元に近づいてきた。




