(71)ドラッグ
まるの仁樹の関係を明かされた翌日。
いつも通りの時間に起きた舞は、同じくいつも通り朝食の席に居る仁樹を見ないようにしながら食事を済ませ、真理やまるより早いバスで登校した。
授業の内容はほとんど頭に入らない。普段から同級生からの遊びや部活の誘いを断り続けてる舞は、懲りずに放課後の買い物やカラオケに誘ってくる同級生を、いつもより冷淡に拒絶し、帰りのバスに乗った。
三姉妹の通う学園から市のバスターミナルを経て自宅に向かうバスを、舞は途中で降りる。そのまま別の行き先のバスに乗った。
今は仁樹の居る家に帰りたくなかった。舞の記憶の中の母親を穢し、子供まで作っておいて十年以上放置したあの男が許せなかった。
舞も心のどこかで、それが子供じみた我侭だということはわかっていた。現在の三姉妹は父母を失いながらも満ち足りた生活をしていて、まるが真理や舞の父親とは血の繋がりの無い仁樹の子だということがわかっても、舞の中でまるはたった一人の妹。それにあの仁樹という男だって、一緒に暮らすことになった時は反感があったが、三姉妹の暮らしに有害な存在かといえばそうでも無かった。
それまで死んだ母の替わりに義務的に家事をしていた姉の真理は、仁樹という同居人が出来てから日々の食事や家の雰囲気作りに生きがいを見出すようになっている。まるは生まれて十二年経って初めて会った実の父親を、父とは認めないと言いつつ存分に甘えている。
そして舞は、母の思い出や三姉妹だけの静かな暮らし等、仁樹から奪われた物は幾つもあるが、受け取った物も無くは無い。
仁樹に強要に近い要求をしてフェラーリで学園まで送らせた時は、今まで苦手だった周囲の視線に、言葉では表せぬ感覚を味わった。それは快感といっていいもの。先日の修学旅行では、仁樹のフェラーリで新幹線を追いかけながら、結局舞自身の意思で参加しなかった修学旅行の替わりに、それに劣らぬ強烈な経験をした。そして、舞のものになった一台のバイク。
舞が今も自宅のガレージにあるはずの、白いRC30に思いを馳せた頃、自宅とは関係無い山中のレジャー施設に向かうバスは市街地から山道へと入った。
右へ左へと曲がるバスの中で、窓の外から高速で流れるアスファルトの路面を見ていた舞は突然、現在の自分自身の不快な気持ちを吹き飛ばす答えを得た。
バスの停車ボタンを押し、周囲に何も無い山道の停留所でバスを降りる。帰りのバスを待っていられず偶然通りがかったタクシーを捕まえ、家まで帰った。
二階の自室に通学鞄を置き、制服を脱ぎ捨てた舞は、部屋にかけてあった赤い革ツナギを身につける。ヘルメットとグローブを手に取り、階段を降りた。
鉄製のドアを開けると、中のガレージは真っ暗。勝手知ったスイッチを押し、天井の照明を点ける。
仁樹がどこかに走りに行っているらしく、フェラーリの無いガレージの隅に、白いバイクがあった。
舞のバイク、ホンダRC30.
それが仁樹の乗っていたバイクで、舞のものになるまでに仁樹の助力を得たものだという事は気に入らなかったが、間違いなく今の舞に、全てを忘れさせてくれる興奮と陶酔を与えるもの。
舞は仁樹に教わった通り、RC30の走行前点検を済ませた後、シートに跨ってセルボタンを押した。中型登録のため載せ換えられたRVF400のエンジンが舞の体の真ん中で始動する。
ヘルメットとグローブを着けながら時間をかけて暖気する。このバイクのエンジンと、自分の鼓動を同調させられるか慎重に確かめた。
エンジンが熱を持っていくのを肌で感じた舞は、ガレージのシャッターを開け、RC30で外の世界へと飛び出した。




