(69)お父さん
人通りがほとんど無く、隣家らしきものは無人の河川管理施設しか無い自宅前の道路
仁樹と三姉妹はガレージの軒先でバーベキューを始めた。
串焼きではなく鉄板で肉や野菜を焼いて食べる焼肉。煙や匂いの問題があってリビングでは難しい料理の一つ。
ブタンガス式のキャンプ用コンロと鉄板は面倒な下準備がほとんどいらず、肉や野菜は焼肉用のカット済みのものを買ってきてある。
タレは焼肉のタレではなく市販のバーベキューソースに真理が少し味を足した物を使った。
ガレージにあった来客用のキャンプテーブルを広げて準備を終えた三姉妹と仁樹は、バーベキューを始めた。
いつもと違う環境での夕食に少し落ち着かない気持ちの舞は、仁樹を盗み見た。
相変わらず姉の真理は仁樹を甲斐甲斐しく世話しているが、仁樹自身はマイペースに自分の肉や野菜を焼いている。場所が少し違うだけでいつもの夕食風景。
舞も心のどこかで、三姉妹の中に仁樹が居ることを受け入れつつある。そんな自分を否定するように、舞は向かいに座る仁樹に声をかけた。
「ねぇあんた」
夕食前にまるが発した言葉。仁樹はまるのお兄ちゃんでお父さん、舞はその言葉の意味を探ろうとした。もしもこの男がまるの保護者気取りなら釘を刺しておかないといけない。
精密機械を取り扱うように慎重に肉を焼いていた仁樹が顔を上げる。舞の心に迷いが生じた。何をどう聞けばいいのかわからない。舞の躊躇いは、仁樹が焼き上げた肉を自分ではなくまるの取り皿に置いたのを見て、心の中に湧き続けてる純粋な疑問をぶつけた。
「あんた、まるの何なの?」
言った後で聞き方を間違えたと思った。仁樹は質問の意味をすぐには理解できないといった表情のまま、肉を焼く作業を続けている。
舞の問いに、仁樹の替わりに答えたのはまるだった。
「言ったじゃん、お兄ちゃんはまるのお父さんだって」
舞を見ていた仁樹の視線がまるに移る。普段から感情を表に出さない仁樹の目は、表面だけでなく内面までもが何も感じていないかのような色をしている。
真理は仁樹と舞、そしてまるのやりとりに困惑している様子。食事中の賑やかなお喋りを好むけど、相手の気分を害するような事を言うとすぐに注意する真理も、何も言えないまま視線だけ泳がせている。
舞は仁樹への詰問に割り込んだまるに食ってかかる。
「まるはこの男がお父さんの替わりになると思ってるの?」
まるは仁樹が焼いた肉を口に放り込み、美味しそうに食べた後に言った。
「だからお兄ちゃんはまるのお父さんなんだって。まるのお父さんは死んだお父さんだけど、お兄ちゃんもまるのお父さんなんだよ」
舞にはまるが言ってることがわからなかった。まるは年下の子に言って聞かせるように説明した。
「んーとね、まるの戸籍のお父さんは真理姉ぇや舞姉ぇのお父さんだけど、まると血の繋がったお父さんは、お兄ちゃんなんだよ」
仁樹の隣に座る真理が箸を落とした。舞の体を震えが走る。もし、今のまるの言葉が、舞の思った通りの意味なら。
「まさか、まるはお母さんとお父さんの子じゃなくて、お母さんとこいつの子なの?」
まるは席を立ち、テーブルを回って仁樹の隣にやってきた、それから自分の顔を仁樹の頬にくっつけた。
「たぶんDNA鑑定とかしたらそうなるよ。でも、そんなことするまでもないよねぇ。ほらそっくりだし」
それからまるは仁樹を見て言った。
「お兄ちゃん、次はししとうがいい」
仁樹は動揺する舞を見もせず、、野菜の皿からししとうを取りながら言う。
「辛いぞ」
それからししとうを鉄板に乗せ、焼きながら一言。
「知っていたのか」
まるはそんな事よりもさっき取ったカルビ肉にサンチュを巻くのに忙しいといった感じで答える。
「うん、お父さんが教えてくれた。あ、ししとうはお兄ちゃんが一口食べて、辛くなかったらまるにちょうだい」
舞は頭が真っ白になった。仁樹はまるの妄想というか作り話に付き合ってあげてるのか、それとも本当に、幼少期の朧な記憶しか無い母親と、仁樹が。
真理が務めて平静な口調で話し始める。
「何となくそうじゃないかと思っていました。舞が生まれた後にお父さまがバイクで事故を起こしましたね、その時に生殖能力を失うかもしれないと聞いたことがあります。その後、まるが生まれたので、直ったのかと思ってましたが」
仁樹は焼きあがったししとうを自分の取り皿に摘み取りながら言った。
「真理さんにはお話しておくべきだったのかもしれません」
仁樹はそう言いながらししとうの先端を少し噛んだ。
「これはそれほど辛くない」
仁樹の向かいに座るまるが椅子から腰を浮かし、仁樹に向かって口を開けた。仁樹はまるにししとうを食べさせる。
まるは満足げにししとうを食べながら言った。
「でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。十二年もほっとかれたんだもん。ほんとのお父さんになるにはまだまだだよ」
仁樹は何も答えず、皿からロース肉を取って焼いた。
「ハズレ~!まるが次に食べたいのはカルビだよ~」
真理は素早くカルビを鉄板に乗せながら言った。
「仁樹さん、まるに会ってくれてありがとうございます。でも、私は仁樹さんと決して切れない絆のあるまるが羨ましいです」
舞は自分の体温が下がっていくのを感じた。これまでも仁樹に嫌悪感を抱いたことは数え切れないが、怒りに熱くなるんじゃなく、逆に冷たくなる、今まで経験の無い感情。
もうこの男と一緒に居たくなかった。




