(68)バーベキュー
まるが自転車を担いでガレージを出たので、舞もついていくようにガレージから階段を昇り、三階のリビングに落ち着いた。
夕食の時間まで間もないのに、真理はまだ帰っていなかった。
仁樹のことをお兄ちゃんと呼んでいたまるが言っていた、仁樹はまるのお父さんでもあるという言葉。
つい去年父を失い、二人の姉とともに深く悲しんだまるが、このガレージのある一軒家に越してきて初めて会った仁樹をお父さんと言う。
まだ子供といっていい年に父親の居ないまるが、一緒に暮らすことになった仁樹のことを父親替わりとして見ているんだろうか、とも思ったが、舞には理解できない。舞にとって父親は一人で、替わりは居ない。
まるの言葉よりやや深く舞の心に引っかかったのは、仁樹の態度。
自転車に乗り始めたまるを気遣い、必要な物を揃え、安全のための助言さえしている姿は、ここ最近仁樹と一緒に過ごす時間が増え、彼のことを少しだけわかりかけていた舞にとって不自然なものだった。
舞も先日の京都旅行では仁樹に助けて貰ったし、今乗っているバイクは仁樹のおかげで自分のものにすることが出来た。
ただ、舞から見れば仁樹は、舞がバイクに乗り、走ることに対して助力をしているように感じた。まるで舞ではなく彼がかつて乗っていたバイク、ホンダRC30のために、その操縦部品である舞を丁寧に扱っているかのような態度。
まるに接する時の仁樹は、舞やその姉の真理とは異なる。自転車に乗るための安全装備を惜しみなく与え、乗り方に気を配り、まる自身の安全を第一に考えている。
舞はリビングで暇つぶしにタブレットをいじってるまるに声をかけようとした。言葉が出てこない。何て聞けばいいのか。まるは仁樹の何なのか。
まるが顔を上げる。舞の顔を見てニっと笑う。舞は今の自分がどんな顔をしているんだろうかと考えた。まるは舞の顔を見て言った。
「優しいでしょ?まるのお兄ちゃんは」
それはわかっている。何で優しいのか、何でまるにだけ、それを聞こうと思ったところで、階段を昇る音がした。ドアが開き、真理が帰ってきた。
真理は夕飯の買い物にしては大きな荷物を抱えていた。少々の買い物はバス通学の合間に済ませる真理は、今日はトヨタ・ダイナのトラックで登校し、帰りに大きな買い物をしていた。
「遅くなってごめんなさい。今日は仁樹さんとバーベキューをしたいと思って」
真理は買い物袋と、小柄な体には大きすぎる段ボール箱を下ろした。箱の中身はコールマンのキャンプ用ガスコンロ。
まるは買い物袋の中身を見て、たっぷり買い込まれた肉と野菜に大喜びしている。
舞は父親が生きていた頃を思い出した。父は時々、御殿場のマンション暮らしの舞たちをバーベキュー場に連れてってくれた。どちらかというと父ばかりが楽しんで舞や真理、まるは家で食べたほうがいいなと思いながら付き合ってた気がする。
ところで、バーベキューだろうと何だろうと夕食ということは、当然仁樹も参加するんだろうか。と舞が思っていたら、階段を昇る音が聞こえた。
真理に夕食への同席を頼まれて以来、仁樹は仕事の無い時は夕食の時間ピッタリににリビングに上がってくる。たまに仕事で不在の時は事前に真理に伝えるが、その晩はいつも手抜きの夕食になる。
ドアが開き、仁樹が入ってきた。重い買い物とこれからの下準備に少し疲れた顔をしていた真理が笑顔になる。まるはソファから立ち上がり、仁樹の腕にまとわりついている。
舞は普段通り席を立つことさえしなかったが、どうしても横目で仁樹とまるのやりとりを見てしまう。
真理が仁樹の機嫌を伺うように言った。
「今夜はバーべキューにしたいと思っているのですが、仁樹さんのガレージの軒先をお貸し願いますか?」
仁樹はいつも通り、感情の無い表情のまま言った。
「喜んで」
仁樹は真理の手元にあったバーベキューコンロと食材の入ったビニール袋を手に取る。
「俺が準備します」
それだけ言ってリビングを出ていこうとする仁樹、まるは仁樹の後ろからついていこうとする。
「お兄ちゃん手伝うよー」
仁樹は両手に荷物を持ったまま器用にドアを開けながら言う。
「真理さんを手伝うんだ」
まるは仁樹の言いつけを無視し、そのまま仁樹の後ろから離れない。仁樹も特にそれ以上何も言わず階段を下りていった。
真理は学校から帰ったばかりの自分の服を摘みながら言った。
「着替えなきゃ!見苦しい格好では仁樹さんとバーべキューをご一緒する女として恥ずかしい」
舞はリビングの椅子に座りながら考え事をしていた。今夜もまた仁樹が三姉妹の夕食に居座るということについては、もう慣れた。それに今夜は聞きたいことがある。
でも、何を聞きたいんだろう。どう聞けばいいんだろう。




