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GARAGE~フェラーリに恋した男と三姉妹~  作者: トネ コーケン
66/100

(66)パラトルーパー

 中型二輪免許を取った舞は、仁樹が乗っていたホンダRC30に乗り始めた。

 公道に出ていきなり飛ばすことはせず、まずは朝のジョギングで走っている自宅近くの道をゆっくり走り回り、少しずつバイクと自分自身を馴らしていった。

 乗用車みたいなバイクと言われたドリームCB750以来、今も昔もホンダのトップグレードバイクは優等生的で、限界域で高い性能を有しながら日常的な使用にも柔軟に対応する。

 舞の乗るRC30と車体構造を共有する400ccバイク、NC30も峠の走り屋やサーキット走行をしながら通学やロングツーリングにも使うオーナーが多かった。


 教習所通いのため仁樹に貰った折り畳みマウンテンバイクのモンタギュー・パラトルーパーはといえば、免許を取ってからあっさり乗らなくなった。

 通学は相変わらずバスで、日々の運動は朝のジョギングで足りているし、徒歩で遠い場所に行くにはRC30がある。バイクの加わった舞の暮らしには、自転車の入る余地は無かった。

 三姉妹共有のものとして玄関前のスペースに置きっぱななしにしたパラトルーパーに乗り始めたのは、妹のまる。


 姉の真理は買い物等の用がある時は家にあるトヨタ・ダイナの四人乗りトラックに乗る。仁樹もフェラーリに乗るようになって自転車の乗り方を忘れた。唯一自分の足と呼べるものの無いまるは、自転車を手に入れた。

 元々動く物が特に好きというわけでもなく、三姉妹の父が取り扱っていた輸入外車にも興味を持たなかったまるは、家に居る時間の多くを絵描きに費やしている。

 実際の風景を正確に描く細密画をずっと描き続けているまるの絵には、数多くの資料が必要で、まるはよく電車に乗って街並みや高台からの風景、コンビナート等の写真を撮りに行っていた。


 電車とバスが中心ゆえ限られていた行動範囲は、折りたたんで背負うことの出来る自転車を手にしたことで大幅に広がり、まるは自転車に乗らず自転車を担いでバス通学し、帰りはそのまま遠くまで絵の資料を撮りに行くことが多くなった。

 パラトルーパーがあれば電車やバスで現地に行き、そこからは自転車で動き回れる。うっかり最終の電車やバスを逃した時は真理にトラックで迎えに来て貰うなり、タクシーを拾ってパラトルーパーは後部トランクに載せてくればいい。あるいは、そのまま自転車で走って帰ってきたり。


 舞は旅行先の京都で出会ったRC30に飢えるような渇望を覚え、そのまま免許を取って乗り始めたが、それとは対照的に、まるはパラトルーパーを好きな自転車ではなく、自分の用途に最適な道具として使っていた。

 収まるべきものが収まるべき場所に収まる状態を見た仁樹が何を思ったのか、舞やまるにはわからなかったが、まるが自転車に乗り始めて以来、自転車用のヘルメットやグローブなどを持って帰ってくることが増えた。

 仁樹は主に安全用品を持ってきては、まるに渡し「これを着けろ」とだけ言う。まるも「お兄ちゃんありがとー!」と言って翌日から身につけるようになる。


 最初は舞は、仁樹が時々顔を出すという仕事先の雑誌編集部で、不要になった物を貰ってきたのかと思ったが、仁樹が二個目のヘルメットを持って来た時にはまだ値札がついている新品だった。

 仁樹が最初にあげた白い自転車用ヘルメットを、まるが「かわいくない」と言って家に置いたまま自転車で出かけた翌日に持って来た、自転車とスケボー兼用のヘルメット。自転車専用のヘルメットより大人しく、街中を歩いてる時に被ってても違和感の無いデザイン、色はまるの好きな黄色、値段はヘルメットってこんなに高価いの?と舞が驚くほどの額。

 自転車の乗り方についても、まるが聞くと必要最小限の言葉ながら丁寧に教えている。


 まるのために自転車用のグッズを持ってきて、あるいは買ってきては使い方を教えている仁樹を見て、舞は少し違和感を覚えた。

 仁樹は舞がバイクを手に入れるための手助けはしてくれたけど、乗り方については全然教えてくれない。舞も別に聞きたいとは思わないが、仁樹に買ってもらったウェアを身につけて自転車で出かけるのを見ると、なんだかヘンな気分になる。

 まさかこの男が、二十歳近く年下のまるにヘンな感情を抱いてるのではないか。舞の勘はそれとは違うと告げていた。仁樹にそんな気持ちがあるわけ無い。京都旅行でずっと一緒に居たのに、仁樹が自分をそんな目で見たことは無かった気がする。


 舞には仁樹が、まるの事をただの同居人とは別の感情で見ているように思えた。男が女を見る目ではない。恩人の娘を見る目でもない。フェラーリを見る目ですら無い。好感を抱いたからではなく大切にして当たり前の存在として見ている。

 仁樹にとってまるは、自分の体から生えた手足のようなものなのかと思った。好きでも何でもないけど、絶えず気遣うもの。自分自身と繋がったもの。自分の一部が怪我をしそうならグローブを着ける。靴が合わなければ合うものに換える。

 それが何故かは舞にはわからなかったが、仁樹にとってまるとの精神的な関係は、自分や姉とは違うことだけはわかった。


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