(61)雑誌記事
平日午後のガレージで、何とも落ち着かない気分のままお茶とお菓子の時間を過ごしている舞に、仁樹はタブレットを差し出した。
気まぐれに近い気持ちで仁樹のお茶を淹れ、一階のガレージまで持ってきた舞は、仁樹が舞に会いに行こうとしたところだと言っていたことを思い出す。
その用事とやらがこのタブレットの中身らしい。ただ理由も無く会いたくなったわけじゃないのかと思った舞は、テーブルに置かれたクッキーを仁樹の分まで食べながらタブレットを手に取る。
表示されているのは雑誌記事のようだった。活字になった文字と写真。舞がタブレットの画面を擦って拡大させたところ、映っていたのは数日前に行った京都の名所とフェラーリ、そして舞の姿。
記事のタイトルは、ヒストリックフェラーリで行く京都探訪。
舞は今さら思い出した。仁樹が自動車雑誌の記事執筆を仕事にしていること、彼が記事だけでなく写真撮影やレイアウトまで出来ること、そして、京都旅行中に仁樹が何枚もの写真を撮っていたこと。
要するに舞をフェラーリで修学旅行に連れていきながらも、仁樹はそれを一つの記事にでっち上げ、自分の仕事にしていた。
記事内容を読み込むと、いつか舞が見た仁樹のの新車レポートと同じく、無口で無感情な普段の姿とは対照的な、饒舌でユーモアのある文章で、徒歩とも公共機関とも、あるいは普通の車とも違う視点での京都旅行を文章にしていた。
移動する機械で、一つの芸術品ともいえる寺院や神社を見に行くのではなく、芸術品に乗って芸術品を見に行く。動の美しさを以って静の美しさに触れることで、双方が持つ造形の妙を再確認する旅行。
要するにオレの乗ってるモノのほうがカッコいいと強がることで、京都の街が持つ雰囲気に圧倒されることなく観光する子供じみた気持ち。
仁樹は記事を読み込む舞の横でお茶を啜りながら言った。
「雑誌に掲載される前に許可を取っておこうと思った」
惰性でやっている仕事の報告みたいな無味乾燥な言葉を発しながら、仁樹はテーブルに置かれたクッキーの紙箱に手を突っ込む。さっき舞が全部食べてしまったので中身は空っぽ。
仁樹が新しい茶菓子を出そうと席を立ちかけたので、舞は自分の食べかけのクッキーを仁樹のお茶のティーソーサーに置く。特に深い意味は無かった。欲張って取ったが夕食前に食べ過ぎたと思っただけ。
自動車雑誌のオマケ程度に掲載されている旅行記事らしく、それほどページ数を与えられてないらしき記事を最初から最後まで読んだ舞は顔を上げて言った。
「まぁいいんじゃない」
舞としてはフェラーリと京都の古寺はともかく、一緒に映っている自分自身の姿には満足していなかった。制服スカートの上に仁樹から借りたスイングトップを着てる姿、髪もそれほど整えてない。学校で同級生と居る時よりはこまめに髪をいじってたが。
ただ、舞は記事に書かれた仁樹の文章に少し気圧された。現代文の先生や文芸部の仲間には理解されぬ舞の理想。ゴテゴテと表現を飾り立てることなく、情報を正確に伝える文章。
テーブルにタブレットを置いた舞は、仁樹に向き直って言った。
「雑誌に載せてもいいけど、一つ条件があるわ」
仁樹が舞の目を見る。何の感情も浮かんでない瞳、舞はきっと彼は自分がどんな非現実的なことを言ってもそれを受け入れてくれるんだろうと思った。そして了解か不可か、明快な回答を与えてくれる。
そう思った舞は、ふと今自分が考えられる最も突飛な頼み事は何だろうと考えた。真っ先に頭に思いついた事と、視界に入ったガレージの隅のパイプベッドに動揺した舞は、頭の中に浮かんだ自分と仁樹の姿を振り切るように少し大きな声で言った。
「わたしに文章の書き方を教えなさい」
仁樹は反応にいつもより少し時間がかかった。それから言う。
「俺は文章を作成する方法を理論化していない、だから他人には教えられない」
取り付く島も無い拒絶。数日前までの舞ならそこで諦めていた。舞はティーソーサーの上でまだ手をつけられていないクッキーを摘み、仁樹の口に押し込んだ。
自分の食べかけのクッキーを仁樹に食わせながら、舞は言う。
「あんたが学校の先生みたいに教えられるほど賢くないことぐらい知ってるわ。あんたの仕事してるとこを見せて。それだけでいい」
仁樹はクッキーを食べながらあっさり答える。
「それなら構わない」
聞いてもらえぬ頼みなら無理に呑ませる。舞は仁樹との接し方の一端を理解できた気がした。
仁樹がクッキーを、舞の気持ちを吐き出したりしないように、仁樹の口に指を突っ込みながら舞は思った。もしも、文章の書き方以外のお願いなら、彼は聞いてくれるんだろうか。
そう思った舞の指先に仁樹の舌が触れ、舞は慌てて手を引っ込め、胸の中に抱え込んだ。




