(59)一人
居心地良かったのか悪かったのかわからないまま授業を終えた舞は、いつも通りバスに乗って家に帰った。
帰宅部の気楽さを感じながらも、そろそろ何か部活に入ったほうがいいんだろうかと思い始めていた。
同級生より一回り大きな体格と、良く言えば十五歳にして整った容姿、悪く言えば少し老け顔の舞には相変わらず運動部からひっきりなしに誘いが来る。
体育の時間に目立つ記録を出したせいもあったが、幾つかの部は練習に出なくてもいいから大会の時だけ、目立つところに居てくれと言う、勧誘に来た先輩の言葉を借りれば、それだけで観客や他校の生徒からは、自分の部が華のある女の子の集団に見えるらしい。
舞は今のところ、役にもたたぬ汗を流し時間を拘束する体育系の部活に入る気は無かったが、文芸部があるなら覗いて見るのも悪くないと思っていた。
小学生の時から文章を書くのは好きだし、中学の時に在籍していた文学部では、文章は好きでも文学の嫌いな舞は、舞の主観では文章による情報伝達の邪魔でしかない表現の厚化粧を競っている顧問教師や部員と反りが合わず、あまり顔を出すことが無くなったが、今なら同じ文章好き同士、うまくやることも出来なくはないと思っていた。
文章が好きといっても独学じゃただの自己満足で終わる。同じく文章を書く人たちの中で自分を磨かないといけない。そんな危機感もあった。
学校から市民病院やショッピングセンターを経由するバスは揺られながら、終点の駅前バスターミナルまでの途中にある舞の家へと向かう。フェラーリの助手席に乗っている時とは別の乗り物のような緩慢なスピード、でも、同じ道を走る車という乗り物。。
それらは等しく、あと少ししたら乗ることが出来るわたしのRC30の後塵を拝する物であることは変わりない。
舞は車窓から外を見ながら、少しだらしない笑みを浮かべた。
バスを降りて家に帰ると、室内は静まり返っていた。
姉の真理は文系といってもそれほど暇じゃない法学部、ゼミの関係で遅くなることはある。
どんな外食よりも家のご飯が一番だと思っている真理は、友達からの合コンや新歓の誘いを受けることは無いので、講義が長引いても夕飯の時間までには帰ってくるだろうと思い、とりあえず舞は自分でお茶を淹れた。
真理姉ぇも自分と同じで、学校の中では孤立気味なのかな、と少し思いながら、お湯が沸くまでの間にまるの部屋を覗いてみたが、まるもまだ帰ってない様子。
まるは最近美術部に入部し、顧問の先生に言われた課題を描く同級生を無視して、ひたすら細密な具象画だけを描いていると聞いた。
家の中に自分一人だと思った舞は、少し早足で階段を下りた。仁樹が暮らす一階ガレージのドアは開いていて、中には灯りがついている。
家に帰った時に居てほしい姉や妹は居なくて、出て行って欲しい奴は居る。間が悪いというか世の中うまくいかないというか。舞が階段を昇り三階リビングに戻ると、ヤカンのお湯が沸いていた。
湯気を出し笛を吹くヤカンを見て幾らか冷静になった舞は、ティーポットとお茶の缶を出しながら考えた。仁樹を家から追い出す方法を考えなくてはいけない。先日の修学旅行で幾らか世話になったけど、そんなのはわたし達三姉妹がまるで厄介な借金のように背負い込むことになった彼の利払いにもならない。
お湯で温めたポットに少し大雑把な手つきで茶葉をを入れる。少し入れ過ぎた。あんな奴のことを考えてたせいだと思いながらお湯を注いだ。
茶葉が開くまでの間にカップを取り出し、ヤカンのお湯で温めながら、舞は思い立ってもう一つカップを出した。
食器棚にはティーカップが幾つもあったが、さっき取り出したカップとお揃いのものを買っていたはずだと思い、食器棚の奥まで探して引っ張り出す。
二客のティーカップにお茶を淹れた舞は、戸棚の砂糖壷に手をかけたが、紅茶には何も入れず飲むことを思い出し、お茶を満たしたティーカップだけをステンレスの盆に乗せ、そっと持ち上げた。
そのまま舞は階段を降りる。お茶がこぼれないように必然的に忍び足になったが、足音を殺しながら仁樹のガレージまで行っていきなり声をかけたら、彼がはどういう顔をするか少し楽しみだった。
階段を降りきった先にある、開け放たれたスチールドアを通って、勝手にガレージの中に入る。開いているドアを形だけでもノックしようと思ったけど、今は両手が塞がっていて、そんなとき姉や妹の前ではよく足の爪先でノックしてたが、今はそんな女らしさに欠ける仕草をするのが何となくイヤだった。
それに、妹のまるは何の許可も得ずに勝手に入り、仁樹はそんなまるの喋り相手になっているらしい。まるがしてもいいことを、自分が許されないわけがない。
相変わらず真っ赤なフェラーリGTOが強烈な存在感を放っている、大型車四台分のガレージに仁樹は居た。
隅に置かれたライティングデスクの前に座り、ノートPCのキーを叩いている。舞が入ってきても振り向く様子は無い。
舞はお茶の盆を持ってガレージの中央近くまで歩いていき、仁樹の背に向かって声をかけた。
「お茶、淹れてやったわよ」
仁樹がキーを叩く手を止める。驚いた様子は無い。やっぱりガレージに入った時点で、あるいはその前から舞が来ていることには気付いている感じだった。
一緒に京都まで旅行していてわかったが、仁樹は感覚や聴覚に特に優れているわけではなく、視覚に関しては視力1.8の舞より若干悪いが、動いている物に対しては異常に敏感で、フェラーリで走っている時に、トラックの陰になって見えない他車の動きを正確に把握していた。
それがフェラーリに乗っている時に限ったことではなく、街角や旅館の廊下を歩いている時も同じだということは、一緒に京都を観光し同じ宿に泊まっていて知った。
振り返った仁樹は相変わらず感情の読み取れない顔で舞を見て口を開く。
「今、会いに行こうと思っていたところだ」
お茶の湯気が当たったのか、舞の顔が少し赤らんだ。




