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GARAGE~フェラーリに恋した男と三姉妹~  作者: トネ コーケン
34/100

(34)リベート

 仁樹はいつも通り、機械に必要な情報を入力するような平板な口調で話し始めた。

「真理さんの安寧は、俺があのフェラーリに乗り続けるために必要なことだからです」

 真理は以前、仁樹が三姉妹の父親からフェラーリを譲り受ける条件として、当時病気に罹り、通院が必要になった幼い真理を病院まで送り迎えすることを課せられたと聞いた。

「それは父との約束ですか?」

 仁樹は彼にしては珍しく、少し考え込む顔をした。

 真理から視線を外し、俯いて床を見つめている。真理は彼が見ているのはこの部屋の畳ではなく、その下、更に下の階のガレージに収まっているフェラーリだということに気づいた。


 視線を上げた仁樹は言った。

「車は、人を幸せにすることが出来る機械です」

 真理は頷く。この家にも一度手放してわざわざ買い直したトヨタのトラックがあり、買い物や行楽の足として日々活躍している。

 仁樹は間を置くことなく言葉を重ねる。真理が自分の言ったことを理解してくれていると信頼しているのか、それともこれが誰に対しても変わらない彼のスピードなのか。

「しかし、車に対して、ただの機械を超えた愛情を注ぐことは、時に人を不幸にします」

 真理は何も答えられなかった、父は病に冒され、車の事故で死んだ。父の知り合いにも車を愛し、事故で命を失ったり障害を遺したり、あるいは過度な出費と時間の浪費で家族に逃げられた人は何人も居た。


 目の前の仁樹はどうだろうか?そう思った真理の思索を遮るように仁樹は話し続ける。

「俺のフェラーリが人を不幸にする。それは仕方ないことで、俺はそれでも望んでフェラーリに乗っています」

 真理は一つ理解した。目の前の男は自らの全てをフェラーリに費やし、それを不幸だとはひとかけらも思っていない。

「タカは言いました。車バカは人を不幸にするがフェラーリは特別だ。女の一人くらい救うことは出来る、幸せにすることが出来る」

 真理の唇から笑みが漏れる。自分がその幸せな女になれた喜びではなく、諦めに似た気持ち。この人はずっとフェラーリに恋していて、誰も愛することが無い。

 真理への誠実な態度も、今の優しさも、愛するフェラーリが一人の女を幸せに出来ることを証明するためのもの。

「罪滅ぼし、ですか?」


 人を傷つけ、騒音と排気ガスを撒き散らし、一部の車好き以外には覚えよろしくない、反社会的な害悪ですらあるフェラーリという車に乗り続ける彼が自らに課した枷。もしそうならば、真理は彼女が最も望んでいない、仁樹の負担になってしまう。

「真理さんは、俺がフェラーリに乗る人間であり続けるために必要なんです。俺がただの機械の部品にならないための安全装置です。あの時、真理さんが隣に乗っていなかったら、俺はフェラーリでどこまでも飛ばし、そのまま消えてしまっていた」  

 真理には仁樹の言っていること。行動の理由。思考の全てを理解できなかった。しかし仁樹と多少なりとも一緒に居る身として、近似値的な正解じゃないかなと思う言葉を思いつく。

「リベートですね。フェラーリに夢中で女の人をたくさん泣かせている罪作りな仁樹さんの、ほんの少しの割戻しを私が頂戴できるということでしょうか」

 真理を見つめていた仁樹の、決して変わることが無いと思われた表情が少し動いた。目元が緩む。それが笑っているということがわかるのは、一緒に暮らしているから。


「その通りです。俺とフェラーリのギブアンドテイクは、それに応じたリベートがあってこそうまくいく」

 真理はゴロンと横になった。仁樹の前で少々はしたない姿だけど、彼が真理にしてくれることで、彼自身も得るものがあるというなら、何も憂うことはない。彼はずっと真理の傍に居てくれる。あのフェラーリに乗り続ける限り」

「薬が、効いてきたみたいです。少し眠らせてもらいます」

 仁樹はノートPCを開き、仕事を再開しながら言う。

「ゆっくりお休みください。風邪にはそれが最良の処置です」

 真理は体を仁樹のほうに向けながら言った。

「仁樹さんが隣で寝てくれたら、もっとよく眠れるような気がします」

 仁樹はPCのキーを叩く手を止めて、真理を見ながら言った。

「それでは風邪が悪化します」


 真理は口を尖らせて、甘えたような声を出す。こんなことを言うのが頭が熱っぽいせいなら、風邪にも感謝しなくちゃと思いながら。

「仁樹さんは風邪をひいていて、フェラーリに乗るともっとひどくなりそうな時には、どうなさるのですか?」

 仁樹は真理の思っていた通りの言葉を即答した。

「乗ります」

 腹が減ったら飯を食うかと聞かれた時のような答え。真理は布団の上で身を捩じらせながら言う。

「仁樹さんと、フェラーリに感謝します、そして嫉妬します」

 真理はそれだけ言って布団を頭から被った、きっと明日、風邪が治ったら今日の自分の発言を思い出し、恥ずかしい思いをするんだろう。

 きっとその時、イヤな気分ではなく幸せな思いをするんだろうと思いながら、眠りに落ちた。

 

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