(33)看病
真理が目を覚ますと、仁樹は先ほど眠りに落ちた時と変わらぬ姿勢で仕事をしていた。
薬が効いたのか、朝の高熱はだいぶ楽になっている。ただの風邪だったのかと一安心した真理は、布団から体を起こした。
ディスプレイを見ていた仁樹は顔を上げる。真理は自分の寝起き姿を意識して顔を赤らめた。熱を出した時に汗をかいたらしく、パジャマは湿っぽく肌もベタつく。
「着替えますか?」
仁樹の言葉に真理の顔がもっと熱くなった、仁樹に着替えさせてもらっている自分を想像し、自分自身の頭を叩きたくなる。どうやらまだ頭は熱っぽいらしい。
遠慮しようか、それとも思い切って甘えても嫌われないだろうか、と迷っている間に、仁樹は立ち上がる。
「少し待っていてください」
目を閉じて仁樹に身を委ねようとした真理は、あっさり部屋を出て行った仁樹の姿を追うように、襖を見つめた。
真理が枕元に置かれた2リットルペットボトルの水を、寝ながら飲めるスポーツボトルに詰め替えた、こんな些細なことで仁樹の手を煩わせるわけにはいかない。
どうやら新品で、残念ながら仁樹の使い古しではないスポーツボトルに水を満たした真理は、発汗による喉の渇きを自覚した。仁樹が部屋に居ない間なら大丈夫と思い、ペットボトルの水を直接ゴクゴクと飲む。
襖が叩かれる音に、飲んでいた水を吹き出しそうになった真理は、少しむせながら「どうぞ」と言う。
仁樹はお湯を満たしたタライと、入院患者が体を拭く清拭シートを持っていた。片手で抱えながら襖を開け、布団の横に置いたに仁樹は、咳き込む真理を見て言う。
「喉の調子も悪いんですか?」
真理は慌てて首を振った。
仁樹は部屋のタンスからパジャマを取り出しながら言う。
「食欲はありますか?」
朝食のロコモコは少し無理して食べたが、風邪のピークを過ぎたらしく空腹感があった。真理が返事をする前に腹の音が鳴る。
また真っ赤になってお腹を隠す真理。顔が熱くなる感覚で、熱はもう下がり始めていることを知った。
「スープパスタでよければ」
チェーン系のイタリア料理店が裸足で逃げ出す仁樹のパスタ。教えたのが過去に付き合いのあったあの女優だというのが少し憎らしいが、自分のために作ってくれるということに、真理のお腹がもう一度鳴った。
「仁樹さんのパスタを食べたいです。出来ればご一緒に」
仁樹は立ち上がりながら言う。
「今、準備します」
仁樹は襖を開けて部屋を出た。真理は仁樹が昼食を作っている間に、仁樹の持ってきたお湯と清拭シートで出来るだけ体を綺麗にして、仁樹が出してくれたパジャマと、自分でタンスから出した新しい下着を身につける。
もし今、もう少し重い風邪をひいていたら、仁樹がパスタを食べさせてくれるのかな。と思った。
仁樹が三階まで上がってきた、手には湯気のたつ二つのボウルの乗った盆を持っている。仁樹は一度盆を床に置き、いつも通り真理の許しを得てから入ってきた。真理が今まで見る限り、仁樹が足で襖を開けたことは無い。
真理は布団の上で仁樹は座り机で、二人で温かいコンソメのスープパスタを食べた。スーパーで売っている粉末のコンソメではないらしく、黄金色のスープは、口当たりはあっさりしているのに濃厚な味が遅れてやってくる。パスタは、言うまでもなく乾麺とパスタとは別物の口の中でとろけるような生パスタ。
昼食を終え、仁樹は食器を片付けた後、真理に薬を飲んで横になるように勧めた。真理は言われた通りにする。出来るだけ早く回復しなくてはいけない。
仁樹は布団に入った真理の横で、先ほどと変わることなくノートPCに向かって作業をしている。真理は彼が自動車雑誌を中心に幾つかのペンネームで記事執筆の仕事をしていて、ある時は一冊の雑誌に書かれた記事の大半を彼が書いたこともある、と聞かされたことがある。
フェラーリを維持するために必要な費用を稼ぐため、特に思い入れを持つこともなく執筆の仕事をしている仁樹の横顔を見てい真理は、仁樹に向かって言った。
「仁樹さん、一つお聞きしていいですか?」
仁樹は仕事を中断し、真理に体を向けながら言った。
「俺にわかることであればお答えします」
真理も布団から体を起こし、正座して向きあおうと思ったが、それで仁樹にいらぬ心配をかけたくないと思い、横になったまま聞く。
「仁樹さんは何故、こんなにもわたしに優しくしてくれるのですか?」
真理に見上げられた仁樹は、特に間を置くこともなく口を開く。




