「肝試しをしよう!」
「肝試しをしよう!」
そう言い出したのは一体誰だっただろうか。
集まっていたメンバーの中でも、とびきりにオカルトが苦手な生月 伊央が、大きく左右に首を振った。嫌だ、という意思表示のつもりだったが、残念なことにその素振りを見ていた者は誰もいなかった。否、なにより楽しいことが大好きな人間の集まりだったので、見て見ぬふりをしたのかもしれない。
高校最後の年になって、急激に仲良くなった友達がいた。なんで仲良くなったのか、まったく分からなかったけど、とにかく私は最後の高校生活を彼女達6人と過ごしたのである。
期末テストの結果が配られ、7人全員が無事に卒業できることが決まった。そこで私達は、前々から夏川 彩が希望していた、卒業旅行の予定を立て始めた。とは言ってもバイトがある人、免許を取るために教習所に通っている人がいて、上手く時間を作れなかったけど。
仕方なく私が、コテージを借りてみんなで一泊するのはどうだろうかという案を出した。反対意見は出なかった。
借りたコテージは周りに家のない、木々に囲まれた場所にあった。私達のコテージの他にも、ぽつりぽつりと同じようなコテージがあったが、どうやらその時は私達しかコテージを借りている人はいないようだった。
仲の良い友達と、いつも以上に長い時間一緒にいられるということもあってか、皆のテンションは普段より高い。そのテンションは、結局日にちが変わるまで上がり続ける一方だった。
そして、そんな中で肝試しに行こうという話になった。最初はオカルトが苦手な伊央ちゃんが首を縦に振ってはくれなかったが、どうやら夜中テンションになったらしい彼女は「今なら行ける気がする!」と言って立ち上がった。
「じゃあ、行く人この指とーまれ!」
彩ちゃんが左手の人差し指を掲げる。いつもは1つに結われている彼女のしっかりした髪が、ふわりと持ち上がった。
既に行く気になって立ち上がっていた面々は、その指を見るだけで、誰も掴もうとはしなかった。彩ちゃんはしょぼんとしたけど、いつも通りの光景なので突っ込む人は誰もいない。彼女はどこか少しズレた天然で、それ故にいじられキャラなのだ。
私自身も、彩ちゃんを一瞥して上着に手を伸ばす。続くように、みんなも上着を手に取る。どうにも私は、このメンバーの中では先導的な立ち位置になるらしい。7人もいると、自然と各々の立ち位置が決まってくるのだ。たとえば伊央ちゃんはかっこいい担当とかね。あ、でも、不安げに肝試しに参加する今の伊央ちゃんは、どっちかって言うと可愛いかも。
お腹がいっぱいで動けないからパス! と言った銀杏 椛と、他にやることがあるからと言う五月七日 朝霞を置いて私達はコテージを出た。
コテージを出てすぐは、少しだけ急な下り坂になっている。テンションの上がっている私達は、そこを駆け下り、更に人の気配がない方向へ進んでみた。
一応舗装された道ではあるものの、周りにはほとんど木しかないし、もちろん夜だから真っ暗だし。雰囲気はバッチリだった。
「なんか出そうだねぇ」
「やめてよぉ、なんも出ないって!」
冗談混じりに呟けば、並んで歩いていた伊央ちゃんが弱々しい声で返してきた。その怯えっぷりに、彩ちゃんと梢 夏穂が笑い声を上げる。
いつもならいじられるのは彩ちゃんだが、この時ばかりはみんなが伊央ちゃんにロックオン。なにかいる! なにか見える? と言いながら、けらけらと笑った。
「もぉ、人がいないからって皆うるさいよ!」
あまりの騒がしさに、私の右横を歩いていた小鳥遊 叶音が静かにするように促してきた。お風呂に入った後なので、彼女のチャームポイントである天パも、彼女の声同様落ち着いている。
ごめんなさいお母さん! とみんなで声を揃える。まぁ、それでもテンションが下がるわけはなく、むしろテンションが上がって伊央ちゃんが先頭を歩き出すくらいだった。
それからしばらく歩いた。途中にアルパカ牧場の看板があって、みんなで地味に驚いたくらいで、なにもホラーなことは起きなかった。つまらん!
ふいに、相変わらず私の隣を歩いていた小鳥遊ちゃんが後ろを振り返った。視界の端で突然不思議な動きをするもんだから、がっつりその行動を見てしまった。
なになに。なんかいるの? なんて聞いて、なんかいるって言われたら怖いから、敢えてなにも聞かずにおく。
結局小鳥遊ちゃんが振り返ったのはそれきりだったし、前を歩いている伊央ちゃん達も楽しそうだから、気にしないことにした。ホラーは好きだけど、自分の身に起きるのは勘弁だよね。
「利上ちゃん」
どれくらい歩いただろうか。小鳥遊ちゃんに名前を呼ばれた。少しスキップ気味になっていた歩みを止めて、ターンする要領で小鳥遊ちゃんのほうを向く。目を細めて前方を見つめる小鳥遊ちゃんが視界に入り、そういえばこの子もあまり目が良くなかったなと思い出す。
「なに?」
「あれ」
小鳥遊ちゃんが、控えめに道の先を指差す。今度は顔だけを、小鳥遊ちゃんが指差した先に向ける。何故かぼんやりと明るい道の先に、人の頭のようなシルエットが4つ見えた。ギリギリ見えるか見えないかぐらい小さい影だから、そんなに近くにはいないのだろう。
そのシルエットを見つめていると、どうやら少しずつこちら側に近付いて来ていることに気が付いた。
「あれさ、あの男の人達、こっちに歩いてきてるよね? やばくない?」
「うーん……戻る?」
しっかり正面を向いて歩いてたはずなのに、小鳥遊ちゃんに言われるまで気付かなかったとはなんという不覚!
このまま鉢合わせたら危ないよね、という小鳥遊ちゃんの意見に頷き、もう一度先に浮かぶシルエットを見やる。やっぱ近付いて来てるよなぁ。
「伊央ちゃん!」
伊央ちゃんの名前を呼ぶ。呼んでみて、失敗したと思った。私の声って自分で思っているより響くんだよなぁ。案の定、小鳥遊ちゃんに静かにと言われてしまった。
私の声に反応して、伊央ちゃんが振り返った。ついでに他の2人も振り返る。今度は大きな声を出さないように意識しながら、3人を呼び寄せる。そして前から人が来るから帰ろうかと提案した。
「ホントだ! 帰ろ!」
正面を確認した彩ちゃんが同意する。伊央ちゃんと夏穂ちゃんも反対してこなかったので、その場でUターンしてコテージに戻ることにした。
コテージまで戻る足取りは、来る時より少し速かった。
コテージに戻ると、椛ちゃんが携帯でパズルゲームをしながら出迎えてくれた。
寒かったーなんて言いながら、各々が上着を脱ぐ。そんなみんなの様子を見ながら、椛ちゃんがどうだった? と訊ねてきた。テーブルを囲むように座りつつ、途中で人が来たから引き返してきたと答える。
「3人の男の人が歩いて来てさぁ」
小鳥遊ちゃんが私の説明に付け加えるように言う。そうそう、と頷いてみて、ふと疑問が浮かんだ。
3人? 私には4人の人間が歩いて来ているように見えた。近付いてきているのを確認するために、何度も見たから間違いない。
危なかったねぇ、と話す椛ちゃん達に声をかける。ねぇ、と。
「歩いて来た人、4人じゃなかったっけ?」
「え?」
小鳥遊ちゃんに、何言ってんのという顔で見られた。そんな変な顔されるようなことは言ってないつもりなんだけど。
それから、小鳥遊ちゃんは宙を見上げた。どうやらさっきのことを思い出してるようだ。
「いや、3人だったよ」
やっぱり3人だったと言う。
すると、私達のやりとりを黙って聞いていた夏穂ちゃんが、話題に混ざろうと身を乗り出してきた。
「アタシには2人しか見えなかったんだけど!」
ここにきてまさかの第三の意見。それに続けて、彩ちゃんも3,4人見えたと言ってきた。
でも、私はちゃんと頭の数で数えたから絶対合ってると思うんだよなぁ。そう呟くと、小鳥遊ちゃんが「え?」と不思議そうに私を見た。
別に変なこと言ってないよ?
「頭? 足元しか見えなかったよね?」
「は? むしろ頭しか見えなかったよ?」
確か、足元のほうは暗くて全然見えなかった。でも小鳥遊ちゃんは足元しか見えなかったって言う。頭はどこに消えたのさ。夏穂ちゃんと彩ちゃんにも聞いてみたら、どうやら2人は全身が見えたらしい。私達より少し前を歩いていたからだろうか。
皆が同じ経験をしたはずなのに、証言が食い違う。ついさっき起きたことなので、記憶違いとも言い難い。部屋の中が静かになった。伊央ちゃんなんて、なんとも言えない表情をしている。こういうホラーちっくなの、苦手だもんね。
……とりあえず、落ち着いてみんなの証言を纏めてみよう。はいはい、と皆の視線を自分に集める。
私は、4人の人間の頭が見えた。彩ちゃんは3,4人の全身、夏穂ちゃんは2人の全身が見えた。で、小鳥遊ちゃんが3人の男の人の足元が見えたんだよね。
「それでオッケー?」
間違いはないらしく、3人が頷く。こうも意見がバラバラだと、なんか、いろんな意味で不安になってくる。
ふと、違和感を感じた。
「男の人……?」
そういえば小鳥遊ちゃんは、最初から「あの男の人達」と言っていた。でも、私が見た限りでは、あの人影が男か女かは分からなかった。小鳥遊ちゃんなんて足元しか見えなかったんだから、尚更分かるはずがないと思うんだけど……。
どうして小鳥遊ちゃんは、当然のように男の人だと言うのだろう。
「ねえ小鳥遊ちゃん」
「ん?」
「あれ、本当に男だった?」
「うん。あれは間違いなく男の人の声だったよー」
また部屋の中がシンとする。唯一、留守番をしていた椛ちゃんだけは黙って首を傾げていた。
夏穂ちゃんのほうを向く。どうやら夏穂ちゃんもこちらを見ていたらしく、目が合った。彼女や伊央ちゃんとはよく目が合うような気がする。そしてその度にお互い苦笑いする。今回も、気まずそうに苦笑いし合った。
「声なんて、聞こえた?」
恐る恐る訊ねる。
私には聞こえなかった。小鳥遊ちゃんは、特別耳がいいというわけではないはずだ。聞き間違えも多いし。なんなら、彩ちゃんのほうが良いかもしれない。
夏穂ちゃんが左右に首を振る。だよね、と返しつつ彩ちゃんにも視線をやれば、やはり彩ちゃんも聞こえなかったという。
「えっ。絶対聞こえたよ! なんて言ってたかまでは分からないけど、声が聞こえたから人が来るのにも気付いたんだもん」
小鳥遊ちゃんが慌てる。
そんなことを言われても、小鳥遊ちゃん以外のメンバーは言われるまで人の存在に気付かなかったわけだし。小鳥遊ちゃんより人影に近かったはずの彩ちゃん達にも聞こえていなかったのだ。
えー……と困ったような顔で、小鳥遊ちゃんは伊央ちゃんに視線を向けた。そういえば伊央ちゃんさっきから黙りっぱなしだな。
「伊央ちゃんは聞こえたよね?」
伊央ちゃんが黙って首を振る。それを見て、あれ!? と小鳥遊ちゃんが頭を抱えた。聞こえていたのは小鳥遊ちゃんだけらしい。
なにそのホラー展開。ノリで肝試しはしたものの、そんな展開は誰一人期待してない。お陰でコテージの中の空気が少し重くなったように感じた。
そんな中、伊央ちゃんがやっとのことで口を開いた。
「声、聞こえなかったよ。……ていうか、人影も見えなかった、ん、だけど……」
最初から、皆がなんの話をしてるのか分からなかったよ。そう言った伊央ちゃんの顔は、心なしか青く見えた。
伊央ちゃんは、私達が「人が来るから戻ろう」と話している時から、話題についてこれていなかったのだ。
もう、誰もなにも言わない。もしかしたら私達は、幽霊とか、そんな類のものに遭遇してしまったのかもしれない。
結局、誰からともなく寝ようと言い出し、そのまま寝てしまった。次の日は、近くの牧場に遊びに行く予定があった。
牧場までは、私達が肝試しで通った道を通って行くようだった。コテージから出たバスに乗る。私は小鳥遊ちゃんの隣に座った。
肝試しのことなどすっかり忘れたように、バスの中では談笑した。寝不足だなんだと言いつつ、これから向かう牧場に思いを馳せる。
しばらく進むと、小鳥遊ちゃんが神妙な顔をして私を呼んだ。デジャヴを感じる。
「なんぞ」
「あのさぁ、さっき、昨日引き返した所通り過ぎたんだけどさ」
言われて、そういえば見覚えのある道はとっくに通り過ぎたことに気が付いた。あの人影が見えた直線道の先まで来てしまったということだ。
「真っ直ぐの道で、先に人影が見えたんだよね?」
問いかけに頷く。曲がり角の1つもない、一本道だった。人影に気付かなければ、そのまま真っ直ぐ進んでいただろう。
「でもね、さっき通り過ぎた時は、あそこの道、わりと急な曲がり道だったよ」
真っ直ぐ進む道なんかなく、森があるだけだったと小鳥遊ちゃんは言う。
肝試しに来た時は森なんてなかった。曲がり道なんかじゃなかった。他の3人にも聞いてみたが、やはり皆直線道だったという。
あの時のことは鮮明に覚えている。もしかしたら、私達は、本当に危ないものに呼ばれていたのかもしれない。