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97.優勝者

 総司とティターニアが抜けた後のレースは混戦を極めた。休憩所を抜けた先には、コース前半とは比較にもならない強靭な魔物ばかりが用意されていた。罠も落とし穴を飛び越えて数歩目の所に別の穴が控えているなど巧妙さが増していた。

 休憩所で体力を回復した参加者たちだったが、皆ハイスピードで脱落した。コース終盤に待ち受ける黒色の毛並みを持つ獅子の魔物。素早い動きと岩石をも容易く噛み砕くラスボスを倒し、ゴールに辿り着いた者はただ一人。

 暗闇を燦然と照らす太陽の光を思わせる黄金の瞳。見る者に冷たい印象を与える菫色のローブ。他の参加者たちを容赦なく薙ぎ倒していった黒獅子に次々と強力な魔法を撃ち込む光景に、観客は皆見惚れた。

 そして、黒獅子の息の根を止めると、熱狂的な歓声を注がれながら見事ゴールを果たしたのである。


「あっはははははは!! 馬鹿じゃないの!? 君が優勝しちゃってどうすんのさ!!」


 目に涙を浮かべ、腹を抱えて笑い続けるオボロ。ぽかん、と口を開いたまま固まっているティターニアとブロッド。「おめでとうございます」と抑揚のない声で言いながらパチパチと小さな拍手を送る総司。

 それぞれ異なる反応を見せられ、今年のエリクシア祭レース唯一の完走者にして優勝者――ヘリオドールは顔と耳を真っ赤に染めてぷるぷる震えていた。何がどうしてこうなったか。それはヘリオドールがコースから外れてどこかへ走り出した総司たちを追いかけていった所から始まる。

 コースの中では今レース最強とされていた黒獅子に参加者全員がやられるという事態が発生していた。参加者が全員脱落して優勝者不在と虚しい結果となることは決して珍しいことではない。そのぐらい過酷だからだ。


 ところが、あるアクシデントが起こってしまった。参加者がいなくなった場合、残された魔物は運営陣や城から出動した兵士たちで倒すことになっている。問題はやって来た兵士の数が少なかったのである。アーデルハイトの誘拐で、そちらに駆り出されたのだ。更に運営陣の中に漆黒の魔手が混じっていた事実に混乱も生じていた。レースを中止にしても誘拐の件が知られれば大きな混乱を招く。結局、大量の魔物が残ってしまい、体制が崩れたまま『後片付け』が始まったのだが。

 箒に乗って町外れに飛んでいたヘリオドールを呼び止めたのは、運営陣の一人だ。ヘリオドールを魔物討伐のために城からわざわざやって来たのだと勘違いしたのだ。

 早く総司を追いかけたい。そう思ったのだが、魔物を必要以上に長く放置していれば観客を守る結界を壊して襲いかかる可能性もある。運営陣に半泣きで縋り付かれ、ヘリオドールは彼らに協力することになった。


 さっさと倒す。その一心でヘリオドールは魔法をとにかく撃ちまくり、魔物を次々と片付けていった。鬼気迫る表情で流れ作業の如く魔物を始末するピンク髪の魔女に、レースが終わり帰ろうとしていた観客は魅了された。

 そして、黒獅子を空から振り落とした紫電で倒した瞬間、観客の誰かが疲労困憊のヘリオドールに叫んだ。早くゴールに走れ、と。つられるように周りからも飛び出すゴールコール。わけもわからずヘリオドールはとりあえず走ることにした。

 数分後、ゴール。参加者でもないのにゴールを果たすという史上稀に見るグダグダなレースとなったことは言うまでもない。


 アジトから出てコースに戻って来た総司たちと、ティターニアの護衛として同行したオボロはまさかの優勝者に困惑した。で、経緯を聞いてオボロは笑いの坩堝に落とされた。

 いつまでも笑い続ける狐に、ヘリオドールもついに堪忍袋の尾が切れて杖で殴り付けた。ガゴンッと鈍い音と、頭部を殴られたオボロの形相を見たブロッドが怯えで体を跳ね上げた。

 先ほどとは違う理由から涙目のオボロが痛む頭を押さえて呻く。二人の様子を眺め、この殺伐とした空気を換えようと思ったのか、総司がヘリオドールに尋ねる。


「ヘリオドールさんは優勝した人にしかもらえないって言うエリクシア様の加護はもらえたんですか?」

「うーん、もらったことはもらったんだけど……」


 とりあえずその場の勢いだけで優勝してしまったヘリオドールだったが、一応エリクシアの加護とやらはいただく形となった。しかし、懐を探るヘリオドールの表情はどこか微妙だ。

 それもそのはず。懐から取り出されたのは、掌サイズの栗色の毛玉だったからだ。こんなのを運営陣から「おめでとうございます」と言われて渡されたのである。

 ただのゴミにしか見えないこれをどうしろってんだよ。今のヘリオドールの心境はそんな感じだった。魔女に同情してかオボロとブロッドは何も言おうとしない。

 何かを察したように視線を合わせたのは、総司とティターニアだった。


「あれは……もしかしなくてもエリクシア様の毛ですかね?」

「私も優勝の景品は初めて見ますわ……なんというかめっちゃショボいですわね」

「しっ。神様の一部をショボいって言っちゃ駄目ですよ、ティアさん」

「だって、毎年優勝者は皆『素晴らしい加護を手に入れた。これでこの先、大きな幸福がやって来る』って嬉しがってましたのよ? それが蓋を開けたら毛玉なんてしょっぱい物だったなんて想像もしてませんでしたわ……」


 エリクシアを信仰するハイエルフの姫にあるまじき問題発言に、ヘリオドールとオボロの顔が引き攣った。見た目とは裏腹に何と苛烈でパンチの効いた性格なことか。

 栄光を手に入れたのにこの湿った雰囲気、どうしてくれよう。険悪ではないが、かといって和やかでもない空気を壊してくれたのは、こちらへ駆けてくる運営陣だった。まだ蕾の状態の花での花束を大事そうに持っている。ブロッドが「あ」と誰よりも早く反応した。

 薄桃色の薄い包装紙に守られるように包まれているのは本物の植物ではなく、『愛の薔薇』だった。渡した相手にどう想われているかで、深紅の花が咲くかどうか決まる希少な宝石。

 何も知らないヘリオドールに、運営陣がにこやかに説明する。


「今年は特別にこちらの宝石も優勝者に贈呈されることになっていたんです。ウルドの宝石店から頂いた物です」

「そ、そう。ありがたく受け取らせてもらうわね……」


 ヘリオドールの気分は晴れない。毛玉と緑ばかりの花を模した石。どちらも真実を知れば喜ぶだろうが、ティターニアはそのどちらも言及しなかった。愛の薔薇について喋ろうとした運営陣にも、「静かに」と口パクで黙らせた。

 エリクシアについてアーデルハイトから口止めをされている。ハイエルフ・エルフの重要な秘密を他種族に他言するな、と。

 愛の薔薇については……まあ、ちょっとした意地悪みたいなものだ。ヘリオドールの事。きっと何やかんやで理由を付けて総司に渡すだろう。自分が総司をどう思っているかなんて言わずに。それが面白くない。

 ティターニアにとって、総司はあくまで親愛の対象。父呼ばわりしてはいるが、実際には兄妹に近い感情を持つ。総司には彼を幸せにしてくれる女性を見付けてもらいたいのだ。

 宝石に関しては無頓着なヘリオドールだ。ただの蕾が美しい花弁を開かせる方法だって知らないだろう。


(ヘリオドール様がちゃんとお父様……ソウジ様に自分の気持ちを伝えられるようになるまではお預けですわ)


 ヘリオドールに対して罪悪感がないわけでもない。ぷっくりと頬を膨らませるティターニアに、ヘリオドールが首を傾げる。この花束が欲しかったの? 見当違いな考えをよぎらせて。


「あの、姫様? この花束ていうか……草束? 欲しかったらあげるわよ」

「……それはちゃんとヘリオドール様が持っておくべきですわ。でも、誰にももらったことは話してはいけませんわよ」

「え、えぇ……?」


 まさか嫉妬されているとは思いもせず、ヘリオドールはぎこちなく頷いた。

 総司がいつの間にかいなくなっていると気付いたのは、その時だった。


「そ……総司君? あの子本当に気配がないわね……」

「ソウジ君なら人を捜しに行くって言ってただ」


 辺りを見回すヘリオドールにブロッドが教える。


「どこ!? どの方向に総司君行っちゃったの!?」

「あ、あっちだ」


 ヘリオドールの剣幕にたじろぎながら、ブロッドは先ほど友人が走って行った方を指差した。ヘリオドールが総司の後を追うように走り出す。愛の薔薇を持ったまま。

 ブロッドは興奮気味に残された二人に話しかけた。


「渡すだ!? ヘリオドールさん、ソウジ君にあの宝石渡すだ!?」

「……多分、違うんじゃないかな」


 オボロが即刻否定した。総司が人捜しに行ったと聞いた時の彼女は、何かを恐れるような顔をしていたから。

 ティターニアには、ヘリオドールが何を怖がっているか察していた。自分たちを漆黒の魔手まで連れてきてくれた男。


(あの人……エリクシア様と同じ感じがしましたわ。でも、お父様と同じウトガルドの風の匂いを纏っていた……)




「総司君!」


 総司はすぐに見付かった。風船を子供に渡していたピエロに扮したエルフの側にいたのだ。

 ヘリオドールが名前を呼ぶと総司が振り返った。


「どうしたんですか、ヘリオドールさん?」

「あんたが急にいなくなるからでしょ!?」

「このモップを返そうと思っていたんですけど……」


 右手で白いモップを持った総司の左手には白い封筒があった。ピエロが封筒を見て不思議そうに言う。


「それ、白い髪の綺麗な顔をした男が置いていったんだ。もう少しで白い棒を持った黒髪の人間の男の子が来るから、彼に渡してくれって……詳しく聞こうと思ったら、いなくなっちゃってね」

「白い? 怪しい色黒マッチョの男じゃなくて!?」

「そんな怪しい奴からの手紙なんて預からないよ……」

「そう……ありがとう……」


 総司は既に封筒を開けて中身を読んでいる最中だった。ヘリオドールも読ませてもらうか迷っていると、少年は手紙をまた折り畳んで封筒にしまった。読みたいと言うタイミングを逃し、せめて内容だけでもと、ヘリオドールは尋ねた。


「何て書いてあったの?」

「……要約すると、このモップはあげる、だそうです。すごいですよね、あのショゴス君がこんな形になってしまったんです」

「総司君」

「何ですか?」

「……皆の所に戻るわよ」


 ヘリオドールは言い出せなかった。それ以外にも何か書いてあったんじゃないか、とは。

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