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92.あなたは誰?

 ブロッドは顔面を潰されて失神する男が腰に差していたナイフを手に取った。銀色に輝く美しい刃。確実に獲物を傷付けるための武器。

 それをダーツのように前方へと投げ放つ。狙った先はアーデルハイトを囲んでいた男の一人。刃が右肩に命中し、血飛沫が上がった。


「ぐっ……!」


 激痛に呻きながらナイフを抜こうとするが、そんな余裕はなかった。ブロッドが凄まじい咆哮を上げて自分たちへと突進してきたのだ。


「あああああああああっ!!」


 背筋が震えるほどの殺気。今、ここで殺さなければ、こちらがあのオーガに殺される。漆黒の魔手の面々も一斉に武器を構え、ブロッドへと襲いかかる。

 そんな中、ただ一人だけがアーデルハイトを担ぎ、後ろへと退避する。他の男とは違い、彼だけは余裕めいた笑みを浮かべる。

 その異質さをアーデルハイトは不気味だと思った。

 複数に囲まれながらも、圧倒的な力を見せ付けるように戦うオーガを爛々とした目で見詰めている。刃を叩き割り、魔法を発動させようとすれば詠唱を終える前に殴り飛ばす凶暴さから目を逸らそうともしない。

 男は懐から指輪を取り出して、それを右手の中指に填めた。汚れのないシンプルな金の指輪。

 そこに刻まれた紋章を見たアーデルハイトは息を飲んだ。


「何故、その指輪を……!?」


 愕然とするアーデルハイトに男が口元に笑みを張り付ける。


「今回、あんたの誘拐に協力してくれた連中からの貰いもんだよ」


 指輪から放出される魔力の波。男の額には緊張で脂汗が浮かぶ。指輪の中には『協力者』たちの魔力が封じられており、有事にはこれを使えと言われていた。

 あくまでも切り札として温存しておくつもりだった。だが、あの怒りに任せて暴れ狂うオーガを止めるために手段を選んでなどいられない。

 指輪の中の魔力によって魔法を発動させようとする男に、アーデルハイトは倦怠感の激しい体で何とか指輪を奪おうとする。どこにそんな力が残っていたのだろう。いきなり動き出したアーデルハイトを、男は舌打ちをして床に投げ捨てた。


「このクソアマッ!」

「うぐっ……」


 同時に首輪の能力も発動させる。すると、アーデルハイトは小刻みに痙攣したあとに意識を失った。

 人質は人質らしくしていればいいのだ。男は苛立たしげにアーデルハイトの体を蹴り上げた。結構な力だったものの、顔を苦痛で歪めるだけで目を覚まさない彼女に更にもう一撃加えようとする。

 その寸前で、ブロッドが怒りの形相で男へと迫ってきた。


「があああああああっ!!」

「く……来るなっ!」


 男は咄嗟に指輪の魔力を使って自身の周りに結界を張った。

 突如現れた金色の障壁。それを破壊しようとブロッドが結界を殴り付ける。だが、何度殴っても結界は砕けない。

 逆にブロッドの拳が傷付いていく。皮膚が裂けて流れ出した血が結界を汚す。


「ああああああっ!!」


 それでもブロッドは怯む様子を見せず殴り続けた。アーデルハイトを取り返すべく一心不乱になって。


「すげえ……」


 自らを守る結界の中で男は指輪を見下ろして恍惚の表情を浮かべた。オーガの攻撃を何度受けてもヒビ一つ入らない結界など、自分の力だけでは作れなかっただろう。

 もっと他の魔法を使ってみたい。その欲求に従って男はブロッドへ右手を突き出した。


「……串刺しにしてやる」


 指輪が黄金に輝き、男に魔力を与えていく。何を感じたのか。ブロッドの攻撃の手が止む。

 しかし、既に遅かった。ブロッドの背後には無数の氷の棘が出現していた。男が狂ったように笑いながら棘に命じる。


「ひゃははははは! 殺せ殺せ!! そいつをぶっ刺して殺しちまええええええ!!」


 そして、次々とブロッドの全身に突き刺さった美しい氷の棘は、噴き出した鮮血によって赤く染まっていった……。






『では、そのブロッドというオーガはアーデルハイトを助けに、たった一人で漆黒の魔手のアジトへ……!?』


 フリッグの驚愕と困惑が入り混じった声。


『はい。多少時間がかかりましたけど、空間に開けられた穴の復元に成功しました。私たちも今から穴の向こうへ向かいます』


 ヘリオドールの緊張を滲ませた声。


『問題はブロッドだね。大臣様は生かされているだろうけど、彼は正直どうなっているか分からない……』


 オボロの硬く張り詰めた声。

 通信器具から聞こえてくる彼らの会話に、ティターニアは助けを求めるように総司を見た。


「お父様! アーデルハイト様とブロッド様が……」

「大変なことになっているみたいですね」

「わ、私どうしたら……」


 他のチームたちは休憩を終えて再び走り出している。その中でティターニアは一歩も動けず、ずっと通信器具を見詰めていた。

 この国の大臣でもあり、姉のような存在のアーデルハイトと、大切な友人のブロッドが危険に晒されている。

 先ほど、総司に虫を飲ませようとした女の憎悪に満ちた顔を思い出す。漆黒の魔手は皆ティターニアを強く憎んでいる。

 ……今回の事件が起きたのは自分のせいなのかもしれない。脳裏にそんな推測が掠め、ティターニアはぶるりと体を震わせた。


(私、強くなった気でいた……でも、そんなことありませんわ……)


 何も知らずにレースに参加していた。そんな浅はかで無力な自分に、ティターニアの水色の瞳からは涙が流れた。

 白い頬を伝う一筋。それを総司がハンカチで優しく掬い取った。


「泣かないでください。ティアさんは何も悪くないんですから」

「でも私のせいで!」

「アーデルハイト様が誘拐されたのがどうしてティアさんのせいになるんですか」


 不思議そうに尋ねてくる総司に、ティターニアはじんと胸の奥が温かくなるのを感じた。今にも壊れそうだった心が総司の静かな声を聞くだけで癒えていく。

 今度は安堵による涙をはらはらと流すティターニアに、ハンカチでそれらを拭いながら総司は続けた。


「悪いのはアーデルハイト様を誘拐した人たちで、ティアさんは関係ありません。アーデルハイト様だってそう思ってくれてますよ、きっと」

「お父様……ありがとう……」


 総司の言葉はありきたりなものだ。それでも、弱りきっていたティターニアを鼓舞するには十分だった。

 涙で揺らめいていたアクアマリンの瞳に光が戻っていく。一国の姫らしく凛とした表情でフレイヤ城を見据え、ティターニアは口を開いた。


「……お父様、レースのこと頼みましたわ」

「はい?」

「私、二人を助けに行ってきますわ!」


 その言葉に総司の黒い双眸が大きく見開かれる。そんな反応も予想済みだったのか、ティターニアは強気な笑みで握り拳を作った。


「やっぱりこんなことになったのは私が原因だと思いますわ。……だからこそ、私が二人が助け出さなければいけないと思うのです」

「ティアさん……」

「お父様は危険なので残っていてください。大丈夫、二人共連れ帰ってきますわ!」


 満面の笑みを浮かべ、レースから抜け出そうとするティターニア。そんな彼女の手を背後から掴む者。

 それは総司だった。


「ティアさん、僕も行きます」

「お父様……?」

「僕の問題でもあります。ブロッド君は僕の友達なんですから」


 こんな状況だというのに総司の声はひどく穏やかで静かだった。だが、その声からは彼がどれほどブロッドを大切にしているのかが伝わって来る。

 友人を救いたいという少年の強い意思を感じ取ったティターニアは何も言わず、笑顔で頷いた。


「チェラッチョ!!」


 そんな二人を呼び止めたのはアブドゥルだ。何故かサングラスを外し、夜明け前の空を思わせる瑠璃色の双眸で彼らを見詰めていた。


「今、オ城二行ッテモ、アナタタチ通シテモラエナイ。穴ヲ使ワズニ直接行クノガイイデス」

「直接って……私たちアジトの場所なんて分かりませんわ」

「簡単簡単。ハイエルフトオーガノ気配辿ッタラスグ見付カリマシタ。……あとはそこまで僕があなたたちを案内しますから。ね?」


 アブドゥルの低い声が美しく柔らかな青年の声に変化する。怪訝そうな表情でティターニアはアブドゥル――いや、別の何かに思わず後退りをした。

 怖いとは感じない。しかし、不用意に彼に近付いてはいけない。そんな気がしたのだ。


「あなた……誰?」

「フッフッフ。サア、ツイテキナサイ!」

「テケリ・リ!」


 ティターニアの問いに答えは現れなかった。

 声が元に戻ったアブドゥルがショゴスを連れ、手招きしながらどこかへ走り出す。信じていいのだろうか。混乱しつつティターニアは隣の少年へ視線を向けた。

 くらり、と。総司の体が大きくふらついた。倒れそうになった総司をティターニアが慌てて支える。


「お父様!?」

「すみません。……何だか、あの人の声を聞いたら頭が痛くなって」


 そう言いながら総司はこめかみを指で何度も擦る。その指は僅かに震えていた。

エリクシア「レースは!?」


ツッコミが来るのを予想して先にセルフツッコミする図

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