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89.勇気と力

「……はっ!?」


 ブロッドが瞼を開くと、見慣れない白い天井が広がっていた。自宅や役所の仮眠室の物よりも質の良いベッド。

 そして、甘い花の香り。

 ブロッドが眠っていたのは、フレイヤ城の中にある医務室だった。怪我人が次々と運ばれてきて、手当てを受けている。その何人かはブロッドも見覚えがあった。

 彼らは皆、エリクシア祭のレースの参加者だ。

 どうしてこんなことに、と困惑するブロッドの元へ救護班の一人がやって来た。


「ああ……大丈夫なようですね。前代未聞ですよ、レースが始まる前にリタイアしてしまうなんて」

「始まる前ってことは、レースはもう……」

「とっくに始まってますよ。今年も怪我人が多くて見ていて面白いですよ~。どうして、こんな怪我をすると分かってて皆祭に参加するんですかね?」


 傷付き呻く患者たちを鼻で笑う救護班の姿が、ブロッドには極悪人に見えた。患者たちも手当てしてもらう側なので文句は言えないのか、はたまたブロッドのように恐れをなしたのか反論出来ずにいた。

 それにしても、とブロッドは次々と運ばれてくる参加者を見て言葉を失う。命に関わるような傷を負っている者はいないものの、重傷の患者も多い。医務室に漂っていた花の香りは、血の匂いに掻き消されていった。

 屈強そうな冒険者も負傷した状態でやって来る。まさかと思いながら、周囲を見回すが、今のところ総司とティターニアの姿は見当たらない。


「…………………」


 ブロッドは安堵していた。

 まだ総司たちがレースに残っていることに。

 もう一つはこんなに危険なレースに、参加せずに済んだことに心底安心しきっていた。

 アーデルハイトにいいところを見せたい。それだけの下心丸見えで参加しようとしていたレースが、こんなにも危険なものだなんて思っていなかったのだ。美しいこの国でそこまで過激なことはしないだろう。そう心のどこかで、たかをくくっていたのかもしれない。

 救護班の話によると、ブロッドはティターニアからの蹴りを受けて気絶したらしい。ブロッドにもその辺りの記憶が全く残っていない。


「そ、そうだ……オラなんかじゃ、こんな危ないレースなんて……」


 他人とまともに喧嘩をしたこともない。見た目ばかりが厳つくて、中身は弱虫で泣き虫でいいところがない。

 自分がレースに出ても、きっと怖くてその場から一歩も動けないだろうし、動けたとしてもすぐに怪我をして医務室送りだ。いてもいなくても変わらない。

 そんな目に遭わないように、レースが始まる前に気絶させてくれたティターニアには感謝しなければならないだろう。彼女なら総司がついている。二人だけでも何とかなるはずだ。


「はあ……」


 喜ぶべきだというのに、何なのだろう。胸がズキズキと痛み、目頭が熱くなってくる。視界は滲んで見えて、よく見えなくなる。そのくせ、周囲にいる人々の声はよく聞こえる。

 傷の痛みに呻く者。レースを脱落したことを悔しげに語る者。まだ生き残っているチームメイトに希望の言葉を送る者。

 彼らの声を聞いていると、ますます胸が痛くなる。喧騒から逃れるようにブロッドは医務室を出た。ふらついた足取りではあったが、問題ないと判断したようで救護班に呼び止められることもなかった。


「ソウジ君……姫様……」


 もう自分に出来ることは何もない。ただ、せめて二人の応援だけはしたい。その思いに突き動かされるように、重い足を前へ前へ出していく。

 しかし、ブロッドはその歩みを止めてしまった。深く考えずに歩いていたが、ここは初めて訪れるフレイヤ城。どこに何があるかなど把握しているはずもなかった。

 ここは一体どこなのだろうか。だだっ広い廊下の中心でブロッドは自己嫌悪の溜め息をつく。


「はあ……」


 その時だった。ゴトンとブロッドの横の部屋から小さな物音がした。


「!」


 何をしたわけでもないが、悪いことをしまった気分になってブロッドは慌てて逃げ出そうとした。その足を止めたのは、部屋の中から聞こえた「助けてくれ」というか細い助けを求める声だった。

 ブロッドは怯えた表情を浮かべながら、扉を開こうとした。が、鍵が掛かっているのかびくともしない。

 単なる悪戯。とも一瞬考えたが、あの声はとても冗談には聞こえない緊迫したものだった。


「だ……誰かいるだ?」


 扉の前で呼びかけてみる。すると、先程の声が内側から聞こえてきた。


「頼む……腕の立つ魔術師を呼んで、この扉を開けさせてくれ……早くしなければアーデルハイト様が……」

「ど、どうしただ!? アーデルハイト様がどうしただ!?」

「『奴ら』に連れて行かれてしまった……早く……時間が……」

「ええっ!?」

  

 緊急事態だ。状況はよく分からないが、想い人であるアーデルハイトに危険が迫っているんことだけはすぐに理解した。

 だが、ブロッドがこの慣れない城を歩き回って、誰かを見付け出す前に、手遅れになってしまったら。その可能性にブロッドは背筋を凍らせた。

 そもそも、どうして扉を開くことがアーデルハイトを救うことに繋がるのだろうか。開ける暇があるのなら早く彼女を捜しに行くのが先のはずなのに。

 それに中にいる者の声は苦痛に耐えているようにも聞こえる。嫌な予感がしてブロッドは恐る恐る尋ねてみた。


「あ、あなたは大丈夫だ? なんだかとっても苦しそうだ……」

「俺はどうでもいい! 早く誰かを連れて来て扉を開いてくれ! アーデルハイト様は……」

「アーデルハイト様は!?」

「………………」

「しっかりするだ!」


 必死に呼びかけるも反応がない。ブロッドは青ざめ、その場に立ち尽くすしかなかった。

 自分でも壊せないのかと、扉を無理矢理でも壊そうと取っ手を握って強引に動かす。だが、オーガの力でも扉が開くことはない。

 よく目を凝らせば、扉にはうっすらと黒い紋章が刻まれていた。何者かがこの扉に魔法をかけて、開かないようにしているようだった。

 魔術の知識がほとんどないブロッドでも、扉に掛けられている魔法がかなり強力なものだと分かった。

 ブロッドではどうしようもない。ヘリオドールかオボロ。瞬時に彼らの姿が浮かんだが、やはり二人を見付け出すよりも先に、扉の向こうにいる者やアーデルハイトが手遅れになってしまうのでは。そう考えると脚が動かなかった。


「どうすれば……」


 恐らく部屋の中にいる誰かはブロッドが何者かなど知らないだろう。今すぐここから立ち去って静かにウルドに帰れば、ブロッドがここに来たという事実は知られることはない。ブロッドをどうして放っておいたのだと責める者も現れない。

 あとは何も知らない振りをしていればいい。

 そんな考えが脳裏によぎったブロッドの脳裏に、あの銀髪のハイエルフの女性の姿が浮かんだ。

 次の瞬間、ブロッドは取っ手を先程よりも強い力で握り締めた。


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 動かない扉を必死になって開こうとする。


(オラは逃げるだなんて……絶対にしたくないだ!!)


 逃げ出して,、彼女を見捨てたくなんかない。その強い思いが戸惑うばかりだったブロッドを動かした。

 それに……それに総司であれば、見捨てることは何があってもしないはずだ。どんなに強固な扉があったとしても、「開きませんねえ」と言いながら強引に破壊して困っている人々を救うに違いない。

 そうだ。開かないならもう壊してしまえばいい。ブロッドは取っ手を離すと扉に体当たりを始めた。

 だが、扉は相変わらず侵入者を許そうとしない。そう見えたかに思われた。


「うおおおおおおお!!」


 黒い紋章が次第に薄れていく。魔法そのものが壊されようとしているのだ。更にブロッドの力もどんどん上がっていく。

 そして、バキッと何かが砕ける音とパリンと何かが割れる音と同時に、紋章は完全に消滅して扉も開いた。


「やっただ……!」


 感動に浸っている暇はない。ブロッドが中に入ると、薄暗い室内には手足を縛られているエルフの兵士たちがいた。その首には黒光りする首輪が填められており、全員衰弱しきっているようだった。

 首輪からは禍々しい闇の魔力を感じる。これは良くない物だ。見ただけでそう判断したブロッドは首輪に恐る恐る触れてみた。それは一瞬で砕けて砂のようになってしまった。

 だが、首輪が壊れた瞬間、荒々しかった兵士の呼吸が落ち着きを取り戻したのを見て、ブロッドは他の兵士の首輪も次々と外していった。

 最後の一人の首輪を外していると、その男がうっすらと笑みを浮かべた。


「驚いたよ……強引に魔法を解除するなんて……まさかオーガに助けられる日が来るとは思っていなかった」


 それは扉の内側からブロッドに助けを求めていた者の声だった。


「よ……良かっただ! この首輪は……」

「体内の魔力を吸収する呪いがかけられていた首輪だ。装着者以外なら誰でも外せる物だが、皆こうなってしまっていてね……本当に助かったよ」

「……ここにいる人たち全員フレイヤの兵士だ?」


 ブロッドの質問に男は頷いた。そして額には脂汗がびっしり浮かんでいた。


「助かったぞ、オーガ。早くアーデルハイト様を……うぐっ」


 ブロッドに手足を縛っていた縄もほどかれ、すぐに立ち上がろうとするも、その場に男が崩れ落ちてしまう。

 アーデルハイト。その名前にブロッドは反応した。彼女に一体何があったのだろう。


「どういうことだ? アーデルハイト様に何があっただ!?」

「苦しんでいる俺たちに見せ付けるようにして、奴らは苦しむアーデルハイト様を連れてあの中に入っていったんだ……」


 男が睨み付ける先にあったのは、部屋の奥。そこの空間にはぽっかりと黒い大穴が開いており、揺らいでいた。


「あの穴はどこに繋がっているだ……?」

「分からない。だが、あの中からは微かにアーデルハイト様の気配が感じる。恐らくアーデルハイト様はまだ……」


 ぐにゃり、と穴が大きく動き出す。それだけではなく、どんどん縮んでいく。

 男が表情を歪めた。


「まずい! 穴が閉じてしまったら……!」

「……アーデルハイト様!」

「お、おい!?」


 ほぼ反射的にブロッドが走り出し、急速に縮小している穴へと飛び込んでいった。

 直後、空間からは穴が消え去っていた。


モンスター文庫のHPで役所の表紙が公開となりました。

めっさ可愛いヘリオドールが皆々様を異世界へ誘いますぞ~

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