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88.レーススタート

 レースの舞台は城下町となる。スタートは町の入口でゴールは城の前。参加チームは待ち受ける様々な困難を乗り越えてゴールを目指してひたすら走らなくてはならない。

 三人一緒ではなく、一人でも城の前まで辿り着けば、チーム全体としてのゴールと見なす。レースの運営陣の中には治癒魔法の使い手もいるので、深手を負った場合は無償で治療もしてもらえる。しかし、その場合は棄権扱いとなるので注意しなければならない。

 他のチームへの妨害は容認しているが、ほどほどに。


 これらの規定が書かれているチラシをヘリオドールが眺めていると、城下町に変化が起きた。あらゆる建物、草木を守るように結界が張られ始めたのだ。

 いよいよ大会が始まる。もう少しすればスタート地点であるこの辺りに参加者が集まるらしい。自分が参加するわけでもないのに、ガチガチに緊張している魔女に声をかける人物が現れた。


「何で君がそんな風になってんの」


 オボロだ。馬鹿にしたような笑みを浮かべる狐の青年に、ヘリオドールはしかめっ面になった。


「いいじゃないのよ。総司君の晴れ舞台なんだから」

「お気楽だねー……そういやさ、君は総司たちの召喚獣ってもう見た?」

「まだよ。でもヒントはくれたわ。犬二匹とよく分かんないの一匹だって」

「一匹だけヒントになってないじゃん」


 嫌な予感がする。オボロが苦笑いを浮かべていると、運営陣のエルフに先導されて参加チームがスタート地点にやって来た。彼らの多くは召喚獣を呼び出しており、その姿に見物客は感嘆の声を上げる。


 その中に総司たちはいた。総司は「テケリ・リ!」と鳴き声を放つアメーバ状の物体と共に歩いていた。その横ではティターニアが四つん這いになったパンツ一丁のガチムチの背中に乗り、小刻みに震える黒い子犬を抱き抱えてにっこり笑っていた。

 大変なことが起きている。


「そ……総司君!!」

「ヘリオドールさん、それにオボロ君も」

「何それ、何それ!?」

「どっちのことですか?」


 総司もつっこまれることは予想していたらしい。ただ、ツッコミどころがいくつもあるので特定出来ないようだった。


「姫様が乗ってる奴誰!? 私の記憶が正しければそいつこの前本屋にいた奴じゃないの!?」

「犬です」

「ほぉら、犬らしく鳴くのですわ!」

「ワンワン!」

「犬ってそっちの意味かい!!」


 姫というより女王様のように高飛車に振る舞うティターニアと、元気よく鳴いているアブドゥル。ウトガルドでなら通報される案件である。

 本日、仕事が立て込んでいてフレイヤに来ることが出来なかったライネルには、決して見せられない光景だ。泣き崩れてしまうかもしれない。


「そんで君の横にいるのは何!? ヒントに出てたよく分かんない魔物って絶対それだろ!!」

「とりあえずショゴスと名付けてみました」

「テケリ・リ!」


 ゲテモノ二体に怯えて、すっかり一番まともな黒い子犬は縮まっていた。戦闘力が皆無そうに見えても、かなりまともな外見をしている。

 ここまで期待が悪い方に裏切られることもそうそうない。が、一番重大なことに気付いたヘリオドールが慌てて叫ぶ。


「あんたたち、ブロッド君は!?」


 馬鹿二人のストッパー役の姿が見当たらない。

 総司とティターニアは質問に答えず、顔をヘリオドールから背けた。何も聞いてくれるなと言うように。


「いや、聞くわ!! あんたら優勝してブロッド君に告白させるって言ってたじゃない! その主役がいないってどういうこと!?」

「まあ……僕たちだけで優勝してもブロッド君も加護はもらえると思うんで」

「多分セーフですわ」


 超適当。二人の頭はアウトだ。


「ティターニア~~~~~~!!」


 客の中から大声でティターニアの名前を呼ぶハイエルフの女性がいた。立派な白いドレスを纏い、頭には宝石が散りばめられた王冠を乗せている。

 そして、どこかティターニアと似た顔立ち。

 女性に呼ばれたティターニアが嬉しそうに返事をする。


「はーい、お母様ー!!」


 女性の正体はこの国を統括する女王であり、ティターニアの母親でもあるフリッグだ。その周りを私服に身を包んだ精鋭護衛部隊が固めている。厳重な警備の中でフリッグは変わり果てた娘の姿に嘆くどころか、明るい声援を送っていた。


「頑張って優勝するのよー!!」

「分かってますわー!!」


 夫を亡くしてからは塞ぎ込むようになり、娘に対して異常なまでに過保護になっていた女王も近頃では昔のような溌剌とした性格に戻りつつあるらしい。

 血とは恐ろしいものではある。ヘリオドールとオボロは戦慄した。


「こ……この国大丈夫!?」

「王も活発な性格だったらしいけど……カエルの子はカエルって言うものね」


 ティターニアの元に運営陣のエルフがやって来る。彼は悪戯をした子供のような笑みを浮かべた。


「姫様だからと言って容赦はしませんよ。頑張ってくださいね」

「ええ。力の限り走らせていただきますわ」


 不敵な笑みを浮かべて言葉を返すティターニアに、運営陣のエルフも嬉しそうに頷く。

 祭とはみんなで平等に楽しむもの。王族であろうとえこひいきはしてはいけないし、市民だからといって遠慮する必要もないのだ。


「他のチームを蹴散らしてゴールを目指しますわよ、お父様」

「妨害はほどほどにって書いてあるので、ほどほどにしましょう」

「実際戦いが始まれば、規定なんて関係ありませんわ。信じられるのは仲間と己の拳だけですわ」

「……このレースが終わったら僕と一緒に帰りましょうね」


 ティターニアの問題発言を敢えて受け流して、総司は彼女の犬と化した本屋の店主に語りかけた。

 突然異世界に召喚された挙げ句、この理不尽過ぎる仕打ち。もはやキレてもいいレベルだが、アブドゥルは「オ~~~ウ」と奇声を上げながら笑っている。


「では、間もなくレースを開始します!」


 運営陣のエルフが叫ぶと、参加者たちの顔色がさっと変わった。和やかな雰囲気は一変し、一気に緊迫したものとなる。


 運営陣らの頭上に浮いている巨大な赤い風船。そこに運営陣が針を一斉に刺していく。

 パァン、と勢い良く弾けた風船。


「「「スタートです!!」」」


 その声に参加者たちは雄叫びを上げてスタート地点から走り出す。

 ティターニアもその一人で店主から降りて駆け出そうとする。が、総司に肩を叩かれて動きを止めた。


「ティアさん、髪にゴミがついてます」

「あら、お父様ありが……」

「ギャアァァァァァ!!」


 悲鳴は前方から聞こえた。先頭チームが突如、足元に現れた巨大な蟻地獄に飲み込まれていた。やがて悲鳴は聞こえなくなり、彼らは完全に土の中へ沈んでいった。

 間一髪のところで蟻地獄を回避した他のチームが顔を歪める。


「さ、最初から……こんなのありかよ……」

「おい、さっさと行く……あああああぁぁ……!!」


 彼らの前にも蟻地獄。開始三十秒で二つのチームが脱落した。

 だが、参加者たちに襲いかかるのは蟻地獄だけではない。何とか流砂の落とし穴ゾーンを抜けたとしても、本当の戦いはこれからだった。

 足元から突き上げて参加者たちを空高く吹き飛ばす巨大な針山。

 どこからともなく現れて参加者たちを巻き込む竜巻。


「すごい……罠だらけですわね」

「何という初見殺し」

「何か言いましたか、お父様」

「いえ、何も。それより、ちょっとこっちにきてください」


 総司がティターニアを手招きして呼び寄せる。たった今までティターニアがいた場所に鉄の檻が降り注いだ。


「ティアさん、安全第一で行きましょう」

「お父様がそう言うなら了解ですわ!」

「チェケラッチョ!!」


 アブドゥルはいつまで四つん這いのままなのだろうか。







 水晶玉の中に映るティターニアたちの姿を、アーデルハイトは静かに見詰めていた。漆黒の魔手の動向を見張るために城に残ったとは言え、レースはやはり気になった。

 危うい罠を掻い潜り、現れた魔物を拳や蹴りで返り討ちにするティターニア。娘の活躍を自分のことのように喜び、はしゃぐフリッグ。

 出来れば、自分も直接この目で見たかった。ふと芽生えた寂寥の思いに苦い笑みを浮かべていると、偵察に行かせた兵士たちが戻ってきた。


「ただいま戻りました、アーデルハイト様」

「どうじゃ。小悪党どもは見付けたか?」

「はい、それらしき者共を発見しました」

「……やはりか」


 忌々しい。アーデルハイトは目を細めた。

 しかし、何か起こる前に発見出来て良かったと安堵する。


「それで、奴らは今どこにおるのじゃ」

「ええ。奴らは……」


 兵士の一人が苦々しい表情を見せながら言葉を濁す。アーデルハイトは嫌な予感に駆られて、続きを促した。


「答えよ」

「奴らは……あなたの目の前にいます」


 兵士が愉しげに口角を吊り上げる。アーデルハイトが全てを悟った時には遅く、背後から二人の兵士――いや、兵士に変装した漆黒の魔手に拘束される。

 ならば、と魔法を発動させようとすれば、首に黒い首輪を填められてしまう。


「う、あ、あぁっ……!?」


 全身に襲いかかる脱力感。全身の力を無理矢理搾り取られ奪われていくような感覚に、アーデルハイトは目を見開く。

 それだけではない。魔法を使うための魔力ですら首輪に吸い取られていく。


「こ、これは……う、くぅ……!」

「いくら魔法の達人のハイエルフでも魔力がなければ、ただの女だ」

「うっ……」


 その場に倒れ込むアーデルハイトの銀髪を掴み上げ、偽りの兵士が醜悪に笑う。


「あんたにはボスのために協力してもらうぜ、大臣様」


最後のアーデルハイトは当初ではもっと喘いでいましたが、なんかクリムゾンみたいな雰囲気になってしまったので、こうなりました。

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