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87.アクシデント発生

 殺人、誘拐、人身売買などあらゆる非道行為を行っていた犯罪組織『漆黒の魔手』。彼らはリーダーであるバイドンが捕らえられたことによって散り散りとなり、多くのメンバーは各地で捕獲されて壊滅状態にあるはずだった。

 それが近頃になって再び勢力を蓄えているという情報が入った。その主力はバイドンの側近たち。

 彼らの現段階での最大の目的は、ユグドラシル城に幽閉されているバイドンの奪還だった。

 漆黒の魔手は数多くの犯罪に関わっており、それを全て解明するまではバイドンが処刑されることはない。それが残された部下たちを奮起させることに繋がってしまったのだ。

 フレイヤの兵たちの話によると、数日前から漆黒の魔手らしき者たちが城下町を彷徨いているという情報もある。恐らく彼らはこのエリクシア祭の日に何かをするつもりなのだ。

 一番可能性があるのは、漆黒の魔手とは苦い因果を持つティターニアに危害を加えること。彼女の誘拐を失敗したためにバイドンも捕まってしまったのだ。今度こそ攫うことに成功すれば、バイドンを釈放させるための道具として使えるし、過去からの脱却のきっかけにもなるだろう。

 だが、漆黒の魔手の企みは実際に起こらなくては判明しない。ティターニアではなく、この国そのものに多大な被害を加えるということも有り得るのだ。

 オボロはアーデルハイトへ呆れた視線を送りながら言った。


「エリクシア祭、今からでも中止に出来ないの? 何かあったあとじゃ遅いからね」

「……安心するがよい。町や城には兵や魔術師を総動員させて警備につかせておる。このフレイヤは小悪党ごときに屈服するような脆弱な国ではない」

「じゃあ、何で僕やヘリオドールまで呼んだ? お宅たちだけで十分なら、その必要はなかったはずだよ」

「万が一……万が一、姪をあの少年が守りきれなかった時のための保険じゃ」


 その、どこか苦々しい表情で答えたアーデルハイトの言葉に、オボロはうっすらと笑みを浮かべた。


「ふーん、そっか。だからレースに参加させるのを許したってことね。それならソウジがずっと側にいても不自然ではないし。で、姫様は漆黒の魔手のことは全然知らないんだね」

「ティターニアはこの日を楽しみにきてきた。こんなくだらぬことで気分を損ねさせたくはないからの」

「そのくだらないことで僕の友人たちが危険に遭うっていうのは分かってる?」

「ニーズヘッグを倒したウルド役所の職員とは……あのソウジという少年のことであろう? 妾もそのような者が簡単にやられるとは思っておらぬ」


 アーデルハイトがさらりと言い放ったそれに、オボロの顔から笑みが完全に消える。


「姫様はいい子だね。彼女の喜ぶことはしてやりたいって僕も思う。でも、そのせいで僕の友人たちが傷付くなら話は別だ。姫様だってそんなこと望むはずはないよ」

「そうじゃな。望んでおるのは姪ではなく、妾の方……何があろうともティターニアには笑顔で何も知らずに過ごしてもらいたい」


 アーデルハイトが振り向いてオボロに笑みを見せる。泣くのを堪えて無理矢理作ったかのようなその顔に、オボロはぐっと息を詰まらせた。

 そんな顔をされてしまっては、これ以上は批難しにくくなってしまう。アーデルハイトの気持ちが理解出来ないわけでもないのだ。


「……本当に万が一、何かあった時は僕やヘリオドールがいるから姫様のことは安心していいんじゃないかな」

「そうか。頼もしいの」

「だから、そっちはそっちで漆黒の魔手の対応を頼むよ」


 そろそろレースの準備が始まる。ここに来た用件も終えたので、総司たちの様子も見に行きたい。

 元来た道を戻るべく踵を返したオボロはそこで動きを止めた。


「あなたも精々気を付けてくださいね。僕はぶっちゃけあなたがどうなっても知ったこっちゃないけど、うちの鑑定課の職員に悲しみそうな男がいるんで」

「……その忠告、有り難く受け取っておこうかの」


 今度こそ立ち去っていくオボロの背中を見送るアーデルハイトの脳裏に浮かんだのは、ティターニアがチームメイトとして選んだあのオーガだった。彼から好意を寄せられていることは気付いていた。

 あれもこんな女に惚れるとは悪い趣味を持っている、とアーデルハイトは自嘲する。ティターニアの望みを叶えようとしているのは、彼女のためであり、自分のためでもある。単に姪を長年縛り付けていた罪悪感から逃れたいだけなのだ。




 エリクシア祭のレースに参加する者たちは、フレイヤの城下町の一角に集められる。総司たちがついた頃には既に大勢の参加者が集まっていた。

 その多くは自国のエルフだったが、人間や獣人の姿もちらほら見かける。中には魔族までもいる。


「色んな人がいますね」

「ドキドキするだ……」

「平常心ですわブロッド様。お父様、魔導書を」


 召喚獣はレースが始まる前に呼び出しておかなければならない。ティターニアに催促されて、総司は鞄の中から黒い書物を取り出した。


「じゃ、今回も最初はブロッド君からお願いします」

「わ、分かっただ」


 周りを見れば、先に召喚された魔物の姿があった。巨大な鋏を持った赤黒いサソリの魔物や、鋭い牙と爪を持つ狼の魔物。

 それに比べて自分の召喚獣は子犬。戦力になどならないだろう。落ち込みながらブロッドは本に掌を当てた。


「……!?」


 その瞬間、頭の中で謎の声が響き渡った。

――力が欲しいか、と。


 一方、総司はあることに気付いて鞄からもう一冊本を取り出していた。今、ブロッドが手にしているような黒くて分厚い書物だった。


「ブロッド君に違う本を渡してしまいました。こちらが本当の魔導書です」

「それじゃあ、今ブロッド様が持っている本は何ですの?」

「ネクロノミコンっていう僕が借りていた本なんですけど……」


 総司とティターニアはブロッドへ視線を向けた。


「クックックッ……何だぁ~? この連中は。雑魚ばっかりじゃねぇか」


 明らかに様子がおかしい。見下すような視線で他のチームを観察し、鼻で笑っている。

 ブロッドはこんな人を嘗めたような表情をするオーガではなかったはずだ。困惑するティターニアを尻目に、ブロッドは総司の肩を叩いてニヤリと笑った。


「行こうぜ、ソウジ! こいつら全員皆殺しだ!!」

「僕たちがするのはレースであってバトルロワイヤルではありませんよ、ブロッド君」

「細かいことは気にすんじゃねえよ! 俺とテメェが本気を出せばここにいる奴ら全員瞬殺だぜぇ! ヒャッハァァァァァァ!!」

「ブロッド様から離れろォ悪霊が!!」


 高笑いを浮かべるブロッドに、ティターニアのドロップキックが炸裂する。見事鳩尾に命中し、ブロッドは「ぐおっ」と唸ったあとにその場に倒れた。倒れてしまった。

 ティターニアが我に返ってブロッドを揺り起こそうとする。


「ブロッド様! ブロッド様!?」

「起きませんね」

「どうしましょう……レースが始まってしまいますわ」


 落ち込むティターニアに、総司は少し考え込んだあとに口を開いた。


「替え玉を用意しましょう」

「いい考えですわ!」

「何堂々と不正行為に手を染めようとしてんの!?」


 不穏な会話をする二人にツッコミを入れたのは、レースの運営陣のエルフだった。自分の国の姫だとしても、犯罪を見逃してはならない。


「ティターニア姫、このオーガはどうして倒れているんですか? 仲間割れしているかのようにも見えましたが、そういったことでメンバーを欠いたのならレースには出場出来な……」

「事故ですわ」


 真顔でティターニアが言った。


「でも、今ティターニア姫思いっきり蹴りを入れて……」

「紛れもなく、立派な事故です」


 総司もきっぱりと言い放つ。何だかとてつもなく腑に落ちないが、相手は王族である。これ以上責められはしない。

 しかし、不正はやっぱり駄目だ。


「何らかの事情があり、チームの一人が出られないようでしたら二人一組、魔物三体での出場が可能となります。だから替え玉だけは本当に止めてください」

「魔物三体……でも、ブロッド様がこれでは召喚出来ませんわ」

「その場合は特例で他のチームメイトの二回目の召喚が認められます」

「そういうことでしたら……お父様!」


 ティターニアはフレイヤの魔導書を総司に押し付けた。総司なら素晴らしい召喚獣を呼び出せると信じて。

 それに応えるように総司は頷くと、魔導書に掌を置いて瞼を閉じた。

 青白い魔法陣。

 ……ティターニアが全幅の信頼を寄せる人物の召喚獣が姿を現す。









「チェケラッチョ!!」


 魔法陣から出てきたのは、褐色の肌を持ち、何故か上半身裸で筋肉モリモリの謎の男だった。しかも、下は密着性のある下着しか履いていない。形がよく分かる。

 なのに、黄色い帽子とサングラスを装着している。違うところを隠せと言いたくなるファッションセンス。ふざけてんじゃねえ。

 とんだ変態野郎が召喚されてしまった。ざわつく人々。

 こればかりは頭の中で整理がついていないのか、総司も「わお」と小声で呟いたきり固まっている。

 そんな中、ティターニアは口元を押さえ、わなわなと震えていた。


「人型の召喚獣は魔導書に登録されていなかったはず……まさかエリクシア様が私たちの危機に姿を変えて……!?」

「オゥ! イエース!!」

「んなわけねーだろ!!」


 パラケルススで水晶玉を使って祭を見物していたエリクシアは、ティターニアの酷い発言に項垂れるしかなかった。

書籍版のラフ公開が解禁となりました。

詳しくは活動報告にて。

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