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84.落ちる

 ウルド中心部にある“妖精の涙”はゴブリンとドワーフ、そして獰猛な種族とされるオーガが営む宝石店である。それ故に少し前までは人気が全くなく、女店主が一時は閉店を考えたほどの不況ぶりだった。

 それが変わったのは、ティターニアが初めてウルドに訪れた時だ。それを記念して開かれた祭の最中、妖精の涙は宝石店巡りをしていたフレイの国のエルフの目に止まり、それがきっかけで爆発的に人気が上がった。更にボロかった外装は謎の兜の男によって美しく仕上げられた。

 それから数ヶ月。店は売上の大幅な増加とより、更に立派な造りになっていた。立派というか、明らかに面積が増えていた。

 客が多くなったことと、宝石細工師の従業員が増えたことで店を改築したのである。改築には約一月かかるとされていたが、ノルンとフレイの大工が総力を結集したおかげで半月で完成となった。

 ちなみに入口の扉だけは、顔見知りの家具職人たちが作った物をそのまま使っている。


「ここがそちの将来の伴侶が営む店か」

「そうですわ。あっ、ライネルー!」


 透明な硝子で作られたショーケースの中には、きらびやかな宝石細工が美しい輝きを放っている。アーデルハイトが思わず見取れていると、ティターニアは恋人の下へ一直線で向かっていった。

 妖精の涙で最も腕のいい細工師であるライネルは、いきなり抱き着いてきたティターニアにその厳つい顔を綻ばせた。なんか妙に重くないかと疑問に思いながら。

 そして、総司の存在に気付くと、ハッとした表情を浮かべたあとに急に狼狽え始めた。


「どうしましたの、ライネル?」

「い、いや、俺はこの人のことを何て呼べばいいんだ?」

「私はお父様と呼んでいますわ」

「君はそうだけど……」


 総司はライネルより年下で、ティターニアを自分と再会させてくれた恩人とは言え、父親と呼ぶ間柄ではない。どうするべきかと本気で悩むライネルを見た総司が口を開く。


「ライネルさん、普通に名前で呼んでください」

「あ、ありがとう……」

「ほう、そちが姪の伴侶か。妾はアーデルハイト。こやつの叔母じゃ」

「えっ、はっ、はい!?」


 銀髪のハイエルフがティターニアの親族と分かり、ライネルは背筋をぴんと伸ばした。自分をティターニアの恋人として相応しい人物であるか見定めにきたのでは。そんな予感に、久方ぶりのティターニアとの邂逅で浮かれていたライネルの心は一気に強張っていく。

 アーデルハイトもライネルの様子に呆れたように笑みを浮かべ、「そう緊張するでない」と宥めるように声をかける。

 ライネルは数回フレイヤを訪れている。実はアーデルハイトは陰から彼をずっと見張っていたので、その人柄やティターニアに相応しい人格の持ち主であると分かっていた。本人は未だにオーガである自身がハイエルフ、しかも一国の姫君のティターニアとは釣り合わないのではと悩んでいるが、そんなこと些細な問題だとアーデルハイトは思っている。

 これでもアーデルハイトは二人のことを応援しているのだ。大臣ではなく、一人の叔母として。少し前までは国を守る大臣としてティターニアの想いに気付いていながらも、国のためとして彼女の心を踏みにじるように望まぬ婚約者を押し付けてしまっていた。

 だが、全てを諦めて国のために身を捧げようとしていたティターニアは、自らで自らの道を切り開く心を手に入れた。今のアーデルハイトに出来ることは姪の幸せの手助けだ。それが彼女にしてやれる唯一の贖罪なのだから。


「ライネル、今日はブロッド様に会いに来ましたの。こちらにいらっしゃいますか?」

「あいつなら、あそこにいるよ。ほら」


 ライネルの視線の先にあったのは、女性の人だかり。そこに紛れるようにしていたのは一人のオーガの青年だった。彼は女性客と共にショーケースに入った商品をじっと見詰めていた。


「何を見ているんですか?」

「あっ、ソウジくんだ! こんにちはだ!」


 話しかけてきた総司にオーガの青年――ブロッドは無邪気な笑みを見せる。

 ブロッドが眺めていたショーケースには、何とも不思議な商品がいくつも展示されていた。

 それは一見、花束のようにも見えるが、全て蕾のままで咲いているものは一輪もない。更によく観察してみると、茎や葉、蕾は宝石で出来ていた。

 ウトガルドではまずお目にかかれない珍品。じっと眺めている総司に、ブロッドが得意気に説明を始める。


「これは『愛の薔薇』という宝石だ! 愛情を養分にして育つ不思議な宝石で、好きな人に自分がどのくらい愛されているかが分かるだ」

「それはすごいですね」

「渡した相手に愛してもらえていれば、蕾が開いて真っ赤なルビーの薔薇が咲くだ。愛が深ければ深いほど花びらが大きく開くだ」

「逆のパターンはどうなるんです?」

「粉々に砕けるだ……」


 まさに天国と地獄である。しかも、愛の薔薇は一輪から販売されているが、値が張る品物だ。これで砕けてしまったら無駄金にもなるし、恋人の想いを知ってしまい残酷なことだらけだ。

 故に二人の愛が試される宝石として、通称『試練の薔薇』と呼ばれている。


「一輪だけ欲しいですねえ……」

「えっ、ソウジ君誰かにあげるだ!?」

「母に」

「えっ!?」


 この薔薇が作用するのは恋愛感情に対してのみである。それを分かっているのだろうか。分かっていながら欲しがるとすれば、ますます反応に困る。

 すると、とんでもない誤解をされていると気付いた総司が、付け加えるように言った。


「そして、母から父に渡すように仕向けます。概要を何も話さずに」

「ソウジ君勇気があるだ……オラはそんなこと怖くて出来ねえだよ……下手すっと家庭崩壊の危機だ……」

「いえ、むしろネタばらしをしたあとの父の反応が楽しみで楽しみで」


 中々恐ろしいことを言う息子である。ブロッドは苦笑しつつ、緑の花束を穏やかな眼差しで見詰める。

 この薔薇の宝石は『愛』を養分として育ち、花を咲かせる。自分もいつか、その美しい姿を見ることが出来るだろうか。


「オラもこれを渡せる人に巡り会えるといいだ……」

「ブロッド君ならきっと会えますよ。だって君は誰かに告白する時に村人Aを近くに配置したりしませんよね?」

「むらび……えっ?」

「すみません、僕の友人のことです。……今の話は忘れてください」


 ブロッドが一瞬だけ総司の心の闇に触れた瞬間だった。


「ところでソウジ君、オラに何か用だ?」

「君に用件があるのは僕だけじゃありません」

「ブロッド様ー!」


 店内に響く麗らかな少女の声。見れば、前に出会った時よりも更に明るく笑うようになったハイエルフの姫君が元気良く手を振っている。

 久しぶりの再会にブロッドも最初は驚いたものの、すぐに同じように笑顔を浮かべる。


「久しぶりだ! ティターニア姫さ……」


 だが、そこでブロッドは硬直してしまった。その視線はティターニアでも親友のライネルでもなく、初めて見る銀髪のハイエルフに注がれていた。

 ブロッドの全身が赤く染まっていく。やがて何かに耐え切れなくなったように総司の後ろに隠れてしまった。

 しかし、オーガであるブロッドに比べたら一回り小さい総司の背後に避難しても、その姿は丸見えである。今にも発火する勢いで照れている様子のブロッドに、ティターニアは困惑した。


「ど、どうしましたの、ブロッド様?」

「ティ、ティターニア姫様、そちらにいる綺麗な人は誰だ……?」

「私の叔母のアーデルハイト様ですわ」

「そちがブロッドというオーガか」


 総司の肩にしがみついているブロッドへアーデルハイトが歩み寄る。途端、ブロッドはますます赤くなった。

 ティターニアは首を傾げるばかりだが、ライネルには親友が何故ここまで狼狽しているのかが分かっていた。そして、肩を掴まれている総司が心配になった。オーガは本気を出せば岩石をいとも簡単に砕くほどの力を発揮する。


「うちの姪が世話になったの。あやつから話は聞いておる」

「そっ、こっ、こけこっこっ!」

「ブロッド君、落ち着いてください」


 緊張のあまり、ますます力を強めていくブロッドの手を容易く引き剥がしながら、総司が宥めの言葉をかけた。

 オーガの馬鹿力をあんな簡単に……。ガタガタ震えるライネルを余所に、アーデルハイトは吹き出すように笑った。


「面白いオーガじゃ。もしや、ティターニア。こやつが三人目か」

「そうですわ!」


 ハイエルフ二人の会話に少し冷静さを取り戻したブロッドが目を丸くする。


「さ、三人目?」

「ブロッド君お祭は好きですか?」

「え……楽しいことは好きだ……」


 頷いたブロッドに、総司がエリクシア祭の説明を始める。うんうん、と聞いていたブロッドだったが、レースに参加するくだりになると妙に焦った様子で制止の声をかけた。


「ちょちょちょ、待つだソウジ君! オラがティターニア姫様と同じチームって……そんな大役務まらないだよ!」

「大丈夫ですよ。それなりに一般人も参加するようなお祭ですし」

「ソウジ様の言う通りですわ! それに優勝すると、賞金がたくさんもらえるのですわ!!」

「ティアさん。エリクシア様の加護、エリクシア様の加護」


 エリクシアの加護よりも賞金の方が餌として上質と判断したのか、ティターニアが金の話を持ち出す。

 流石、将来は国を引っ張っていく人物である。何事も綺麗事だけでは解決出来ないとしっかり分かっている証拠だ。

 そして、賞金の金額はブロッドを動揺させるだけの破壊力があった。


「そんなにもらえるだ!?」

「三等分にする予定ですけどね」

「うーん……で、でも……」


 総司とティターニア。自分はこの二人と同じチームに入るに相応しい男だろうか。本音を言えば、また三人で祭を楽しみたい。

 でも……と悩むブロッド。そんな彼にアーデルハイトが優しく声をかける。


「無理に引き受ける必要はない。姪が我が儘を言って悪かっ……」

「や、やりますだ!」

「む?」


 本心で言ったつもりのアーデルハイトの言葉は、逆にブロッドを吹っ切れさせたようだった。彼らの横で総司とティターニアがハイタッチを決め、ライネルは不安げな眼差しで親友を見詰めていた。

ブロッド崩壊のカウントダウン始まりました。(^o^)ノシ

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