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82.爆撃

 さて、その頃。所長はいつも通り最低限の仕事をした後はリリスと隠し部屋で、あんなことやこんなことをしていた。

 すると、誰かが所長室に入ってきた気配がした。気になって水晶玉で隣の部屋の様子を見てみれば、あの憎たらしいほどに涼しい表情をした黒髪の少年。と銀髪の美女がいるではないか。長耳と触角からして美女の方はハイエルフだろう。

 ハイエルフは男女共に美しい容姿をしていると言われている。あのティターニア姫も愛らしい外見をしていたが、こちらも中々のものである。


「うひょー!」


 直接その姿を見たいと所長は鼻息を荒くしたが、ここで一つ問題が生じた。

 美女に会いに行くには、この部屋から出なくてはならない。しかし、ここから出るところを見られたら何を詮索されるか分からない。この大きなベッドと様々な道具や薬ばかりが取り揃えられている部屋の存在を、職員ならともかく外部の客に知られてはならない。社会的抹殺ルートだ。


「あらぁ、ソウジちゃんと……お隣のハイエルフさんはアーデルハイトと言ったかしら?」


 悩む所長の後ろから全裸のリリスが水晶玉を覗き込む。


「知っておるのか、リリスちゃん」

「知ってるわよ。フレイヤの大臣だもの。……でも、どうしてこんな所にいるのかしらねえ」

「ぐぬぬ……一旦部屋から出て行ってくれないかのう。そうすりゃここからワシも出られるのに」


 だが、そんな所長の願いも虚しく、アーデルハイトは室内を歩き回って何かを観察している。総司が「いないみたいですね」と言うのに対し、「しばし待て」と退室を止める。

 アーデルハイトはついに隠し部屋への扉が隠されている本棚の前に立った。ふわり、と棚に並べられていた本が次々と引き抜かれ、宙を舞ったかと思えば床に綺麗に積み上げられていった。


「ふむ」


 次の瞬間、本棚は奥に隠れた扉ごと爆発した。アーデルハイトの魔法によるものだと所長が理解した時には、隠されていた部屋には大穴が開いており、白い煙の向こうに銀髪のハイエルフが笑みを浮かべて立っていた。


「随分とお盛んなようで」

「こ、これはっ、アーデルハイト様っ」


 パニックになりながら所長は必死に考えた。全裸の自分とリリスを見られているのだ。言い逃れは出来ないだろう。ならば、彼女からびしびしと伝わってくる不愉快オーラをどう和らげるかだ。

 所長は年老いてからはろくに回転させて来なかった頭を必死に動かした。フル回転である。

 しかし、所長の傍らで枕に頬を擦り付けながら、腰だけを高く上げて猫のように背伸びをしているリリスはどこまでも空気を読む気がないようだった。部屋の入口が木端微塵にされるという非常事態にも関わらず、来訪者ににこやかに笑った。


「アーデルハイト様こんにちは。相変わらず大胆なんだからぁ」

「そちには言われたくないな。あのソウジという少年には姪の迎えに行かせている。あやつがこんな穢れた光景を目にせぬ内にとっとと着替えぬか」

「姪!? どういうことじゃ!?」


 事態を全く飲み込めずにいる所長に、アーデルハイトは何故か気を良くしたようで不愉快オーラを消し去った。


「いい反応をしてくれる。普段の所長殿の仕事ぶりを見たくて、敢えてそちには妾たちが訪れることは内密にするようにと職員たちには言いつけていたが……まさかここまで上手くいくとは」


 くすくすと笑うハイエルフに返す言葉もない。少し前までなら、いくら他国の大臣の言い付だとしても役所の権力者である所長に告口をしてくれる優秀な職員は多数いた。

 しかし、今は違う。そもそも、その職員らが優秀で居続けた理由は、所長に従ってさえいれば女性職員への軽いセクハラも免罪になるという酷いものだった。所長そのものに忠誠を誓う者はいなかったのだ。

 そんな理由で所長に媚を売っていた者たちも、近頃はエロから少しずつ足を洗おうとしていた。女性の尻や胸を撫でようとすることもなくなってきている。立派な一人の男として長すぎた思春期からの脱出を図っているのだ。あの子がタイプだとか、彼女の胸の大きさはどうこうという猥談は、まあ、大目に見てもらいたい。

 所長派からの離反者。彼らを動かしたのは所長が最も恐れ、忌むべき存在である総司だ。

 総司は初めて役所にやって来た時に所長の結界を強引に破壊した上に、所長が放った魔法まで無効化にしている。その現場に居合わせたヘリオドールやアイオライト、リリスに話を聞いた喪男たちは焦った。とんでもないのがうちに来た、と。将来、所長の座を奪い兼ねないとも。

 総司は今のところ、所長の椅子を奪い取ろうと野心は起こしてはいないものの、色々とやらかしてはいる。彼を異世界から連れて来た張本人であるヘリオドールからは弟のように可愛がられ、儚げな美少女のエルフであるフィリアを一目惚れさせた。クエスト課のマスコット幼女であるアイオライトを恋する乙女に変えてしまい、更にリリスまでもが一目置く存在になってしまった。

 役所にいる美少女、美女の矢印が全て総司に向けられるという事態。この現状を放置するわけにいかないと、一時期は総司を何か理由を付けて解雇しようという動きも出た。

 だが、その頃には少年の存在感はあまりにも大きなものとなっていた。総司を解雇すれば、多くの課から批判が飛んでくるのは明らかだった。彼を認めているのは何も異性だけでない。保護研究課の課長であるジークフリートに、今や住民課の真の課長とも言われるオボロ、鑑定課の次期課長のブロッド。彼らも食って掛かるのは確実だ。


「しかし、あのソウジという少年の瞳は魂が抜けたような顔のくせに相当な実力者じゃ。姪の護衛役に引き抜きたいものよ」


 何より、総司にはティターニア姫を守り、彼女からの信頼を勝ち得たという偉大な功績を持つ。ノルンは今、フレイヤと少しずつではあるものの、良好な関係を築きつつある。今、総司を解雇すれば城の人間から冷たい目で見られることは明らかだった。


「ぐぬぬ……ソウジが羨ましい……! 目玉を持ち帰りたいと言われるなんて羨ましい限りじゃ!」


 かなり物騒な内容だったのだが、美女が関わっていれば何もかもが美味しい話となる。そんな残念な思考回路の持ち主である所長に、アーデルハイトは冷めた眼差しを送る。


「冗談を分からぬか。幸せな頭じゃ」

「私も所長の側に居られて幸せよぉ」

「黙っておれ、色魔の女」


 総司という恐るべき脅威を前に成す術もなかった所長。後ろ盾がなくなるかもしれないと危機感を抱いた喪男たちは離れていき、いつの間にか真人間になりつつあった。いや、戻りつつあるというべきか。

 彼らも元々は国のために力を尽くしたいという使命感に燃えていた者の集まりだったのだ。それが甘い汁を啜り続けて肥え太っただけであって、シェイプアップしただけの話だった。

 唯一の味方であるリリスの胸に顔を埋めて嘘泣きをしている所長に、アーデルハイトは哀れむように溜め息をついた。


「そちも昔は有能な魔術師であったと聞いておるが……のう、そちはソウジを羨ましいと申したな」

「そうじゃ! 可愛い女の子や綺麗な子にちやほやされおって……」

「妾には見た目の良い女に好かれるソウジ、ではなく自由奔放に生きておるソウジに羨望の念を抱いておるように見えるがの」


 その言葉に所長はびくん、と跳び跳ねた。そんなはずがない。総司の性格そのものになんて興味などこれっぽっちもない。あるのは総司の天然女たらしである部分だけだ。

 そう反論したいのに、何故か言葉が出てこない。急に静かになった所長をリリスは困ったような笑みを浮かべながら撫でていた。

 すると、所長室のドアが二回ノックされた。総司が入っていいかを聞いている。ティターニアも連れて来たようで、彼女の声も聞こえてくる。

 あの可憐な妖精姫が扉の向こうに。瞬時に所長はリリスから離れて扉へ駆け寄ろうとするも、アーデルハイトが作り出した球体状の結果に閉じ込められてしまう。


「まずは服を着ろ……服を。早くせねば、ふぐりを捻り潰すぞ」


 美人は怒らせるとものすごく怖い。しかし、少し興奮もする。全裸の状態で所長はそう思った。

密林で予約が始まりましたので、ちょこっとだけweb版と書籍版の相違点のようなものを割烹で紹介しています。

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