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80.豹変

 ティターニアにはライネルという恋人がいる。今ウルドで一番人気の宝石店の職人だ。彼とは長い間疎遠の状態が続き、ティターニアにはどうでもよさそうな婚約者まで出来ていた。

 そんな千切れてしまった赤い糸を再び繋ぎ合わせたのが総司である。また、幼子に姿を変えていたティターニアを助け出したのも総司だ。ティターニアが総司に懐くのは無理もない話だった。


「お父様、私と役所の中を回りませんか?」

「いいですけど……どうしてティアさんってウルドに来たんですか?」

「まだ秘密ですわ」


 そう言いながらティターニアが総司の手を引く。オボロも総司に「ほら、オボロ君も」と誘われるものの、二人の親密な空気をぶち壊していいのかと悩む。他国の王族とのコネを持つことは、将来のために有益になること間違いなしなのだが。


「あっ、いた! ちょっとティターニア姫様!?」


 ティターニアが飛び降りた窓から今度はヘリオドールが降ってくる。こちらはちゃんと箒に乗っていた。

 安堵と困惑が混じったような表情を浮かべる魔女に、頬を膨らませたのはティターニアだ。


「ヘリオドール様が心配する必要はありませんわ。私だって強くなったのです」

「そういう問題じゃありません! 突然うちに一人でやって来たと思ったら、いなくなっちゃって……」

「だってお父様が知らない男性と……しかもかっこいいですし……」

「誤解を招くようなことを言うのはやめろぉぉぉぉぉ!!」

「ちっ、ヘリオドール様の怒りを別なところに向ける作戦が失敗してしまいましたわ……」


 確実にふてぶてしくなっている。舌打ちしながら呟くティターニアに、魔女と狐は動揺が隠せずにいた。

 だが、総司はどこまでも褒めて伸ばすタイプだった。


「ティアさん随分と策略が上手くなりましたね。女スパイみたいな表情でかっこいいですよ」

「褒めるな! これ以上他所の国の王族を薄汚れさせるな!!」

「お父様もポーカーフェイスが上手ですし、将来は二人で世界を股にかけるスパイになりましょう!!」

「姫様は何とんでもない野望を抱えてんのよ!?」

「……そうですよ、ティアさん。ちょっと待ってください」


 見兼ねた総司が制止の声を上げる。ティターニアも彼の言葉は素直に聞くはずだ。ヘリオドールとオボロはホッとした。


「ライネルさんが仲間外れで可哀想です。ライネルさんも仲間に入れてあげましょう」

「この計画立ててる時点で可哀想じゃない! 何一般人巻き込んでんのよ!?」

「そうですわね! 三人で頑張りましょう」


 総司はティターニアの手綱を持たせてはいけない人物だった。どっちもどうしようもないので、結局どうしようもない展開になる。いや、総司はティターニアのノリに合わせて面白がっているだけかもしれないが。

 異様な盛り上がりを見せる馬鹿(擬似)親子に、ヘリオドールは金色の瞳を吊り上げた。自分がこいつらの暴走を止めないで誰が止める。もうオボロは口出しする気もなくなったようで、口を固く閉ざしたままだ。


「とにかくティターニア姫様が、このウルドにいる間は私たちが護衛をさせてもらいます! あまり一人で動かれると困りますから!」

「はーい……」


 ヘリオドールの正論に、ティターニアも反発することなく頷く。その様子を見ていた総司が感心するように口を開いた。


「ヘリオドールさんってお母さんみたいですね」

「そう言われても全然嬉しくないわよ。せめてお姉さんって呼びなさいよ」

「ソウジ様がお父様で、ヘリオドール様がお母様……」


 両者を交互に見て呟くティターニアに、ヘリオドールは顔を赤くした。もしや、総司はこの展開に持っていくために敢えて母親に例えてきたのだろうか。

 両手でにやけそうになる顔を抑えるヘリオドール(オボロが「キモい」と呟くのも気付いていない)だったが、ティターニアは顔を歪めていった。そして、悲壮感たっぷりな表情で総司に抱き着くのだった。


「離婚ですわ! 今すぐ離婚してくださいお父様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 号泣である。火が点いたように泣き始めたティターニアの頭を総司がよしよしと撫でる。


「僕はまだ独身です」

「あっ、そうですわね」

「ちょっとぉぉぉぉぉ!? 私へのケアは一切無しかい!?」


 一番肝心なところに触れる気がない。総司からティターニアを無理矢理引き剥がしながらヘリオドールはツッコミを入れた。

 そんな彼女にティターニアは唇を尖らせる。


「別にヘリオドール様が嫌いってわけではありませんわ。あの時私をお父様たちとライネルのお店に行かせてくれた恩も忘れていません」

「だったら何よ。年だってそんなに総司君とは離れちゃいな……」


 そこでヘリオドールは言葉を止めた。十歳差とまではいかなくても、わりと離れていた。

 フリーズしてしまった魔女を見詰めながら、ティターニアは総司の手をぎゅっと掴んだ。その表情は拗ねた子供のようである。


「……ヘリオドール様の言う通りですわ。私一人で歩き回るのはあまりよくはありません」


 が、次の瞬間には明るい笑顔を浮かべていた。


「お父様たちと役所の中を回りますわ」


 こうしてティターニアの役所巡りが始まった。以前訪れた時は一部の職員しか、その美しい姿を目にすることはなかったが、本日は普段と同じように大勢の職員がいる。フレイヤの国の王女が何故か単身でウルドにやって来たという話はほとんどの課に広まり、役所の中はどこもかしこもざわついている状態だった。

 前方にはヘリオドール、後方にはオボロ、そして隣には総司。三人に守られるようにして廊下を歩くティターニアはご機嫌だった。

 ガシャン、ガシャン。


「…………………」


 ガシャン、ガシャン。


「…………………」


 ガシャン、ガシャン。


「…………………」


 ガシャン、ガシャン。


「やっぱり広いですわね。それに人もたくさんいて楽しそうですわ!」

「ティアさん、ちょっといいですか」

「なんですか、お父様?」

「さっきからティアさんから女の子のもとは思えない無機質かつ厳つい足音が聞こえてくるんですけど」


 よくぞ聞いてくれた。密かに気になってはいたが、聞けずにいたヘリオドールとオボロは内心で総司を讃えた。周りの職員は「あれは何だ」と疑問に思っていたことだった。


「あらやだ、聞こえていたのですね。恥ずかしいですわ」


 ティターニアは照れ臭そうに笑い、両手でドレスの裾を摘まんで太ももが見えるところまで持ち上げた。突然の行動に、遠巻きの男性職員が網膜に焼き付けようと目を見開き、ヘリオドールがティターニアを男たちの視線から守るために自分の体を盾にしようとする。

 そんな彼らなどに構わず、オボロが「ヒイッ」と悲鳴を上げる。美少女のサービスシーンを見た男の反応ではなかった。

 ティターニアの脚部は謎の銀色のブーツに覆われていた。その光沢のある見た目と少し動かしただけでガシャンと音が鳴ることから金属製であると分かる。ティターニアが窓から飛び降りた時は、何で彼女がここにいるんだと動揺していたために気付かなかったが。


「ふふふ、これは私のために作られたトレーニングブーツですわ!」

「トレーニングブーツと言うと、足を鍛えているということでしょうか?」

「そうですわ、お父様。これは片足の重量が五十キロあるのです」

「つまり、ティアさんは両足合わせて百キロの重しを着けて歩いているようなものなんですねえ」


 彼らののほほんとした会話を聞きながらヘリオドールたちは戦慄していた。

 おいおい、あれ履いたままフレイヤからノルンまで来たのかよ……。

 口に出さずとも、彼らは全員ティターニアから総司と同じ匂いを感じ取っていた。


「ティターニア姫様……ちょっといいですか?」

「はい?」

「そのドレスに付いてるのは……」

「ブーツだけでは物足りないと思いまして」


 オボロが更にとんでもないものを発見してしまった。

 それはティターニアのドレスの内側にぶら下がっている無数の鉄球だ。男のロマンが詰まっているはずの純白のドレスの下には想像を絶する狂気しか隠されていなかった。

 息をするのも辛い重苦しい沈黙が流れる中、ティターニアは「斬新な体の鍛え方ですね」とよく分からないコメントをしている総司に向かって足を上げた。

 シャキン。つま先の部分から無数の刺が現れた。


「どうですかお父様!?」

「ティアさんは本当にスパイにでもなるつもりですか?」

「スパイもかっこいいですが、私の夢はお父様のような強さを身に付けることですわ!」

「あんたのせいよ総司君! ハイエルフのお姫様が強さのみを求める孤高の戦士みたいになっちゃったじゃない! 姫様の一人称が『私』から『我』に変わったり、顔に大きな傷跡が出来る前に何とかしなさい!!」


 総司のせいではないと分かっていても、ヘリオドールは半泣きになりながら叫ぶしかなかった。

ガシャンガシャンという音は、地上を歩行するモビルスーツをイメージしていただければ。

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