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79.窓に

「で、それが君が借りてきた本?」


 昼休み、役所の裏庭で日向ぼっこしていたオボロは、隣で黙々と本を読み続ける総司を見た。正規の値段で買った場合の本の価格はとんでもない金額のようだが、傍目から見てもとてもそんな重要なものには感じられない。

 ウトガルドでは一冊の本にそこまで金をかけるものなのだろうか。それなりに読書家でもあるオボロも本に対する情熱は分からなくもない。しかし、そんな破格の値の書物を翻訳の仕事を承った程度で無料で貸出しするものなのか。

 ヘリオドール曰く「読んだら『チェケラッチョ』と連呼する怪生物になる」らしいが、逆にどんな内容か気になる。横から本の中身を覗き込んでからオボロは溜め息をついた。ウトガルドの世界の言語で書かれていては読めない。

 渋い表情をするオボロに、総司はポケットから金色の鍵のようなものを取り出した。それをオボロに手渡す。


「何これ」

「僕がいつもこちらの世界に来る時に持っている物です。これを持っていると、ウトガルドの言語をアスガルドの言語に、アスガルドの言語をウトガルドの言語に自動変換してくれるそうですよ。ヘリオドールさんに初めて会った時にもらいました」

「へえ。じゃあ、これを僕が持てばウトガルドの本が読めるってわけね……」


 早速、鍵を受け取ったオボロはページが開かれた本に目を通した。


「おおうっ」


 オボロが奇声を上げて鍵を総司に返した。


「オボロ君、何だか顔色が……」

「燃やせ! そんな冒涜的な書物は燃やしてしまえ! それはこの時の中で在ってはならないものだ!!」


 虚ろな表情で叫びながら、オボロが蒼い炎を出現させて総司へと放つ。総司はそれを軽々と避けると、オボロの背後に素早く移動した。

 オボロが総司の気配に気付いて狂ったように叫ぶ。


「やめろ! その本に書かれた呪文を読むな! 世界が滅びてもいいのか!?」

「いつものオボロ君に戻ってください」

「ああ! 窓に! マギャッ!?」


 総司は躊躇い一つ見せず、近くに偶然落ちていた大きめの石で二階の窓を指差すオボロの後頭部を殴り付けた。ガンッ、とヤバそうな音が柔らかな陽光が燦々と降り注ぐ裏庭に響き渡る。

 オボロは会心の一撃を受けて倒れ一分程ピクリとも動かなかったが、やがて涙目で起き上がった。


「だ、誰だ、あのつるっぱげのオッサン!? 花畑の中心でこっちに向かって手振ってたんだけど!!」

「つるっぱげ……もしかして先週亡くなられた大島さんのおじいさんでは……?」

「何で僕の臨死体験の中に君の知り合いが登場すんの!?」


 何はともあれ正気を取り戻したオボロはふう、と安堵の溜め息をつく。すると、二人の名前を呼びながらこちらに金髪の少女が駆け寄ってくるのが見えた。フィリアだった。


「どうしたの、お嬢さん」

「私、魔法が使えるようになったんです! それを見てもらいたくて」

「オボロ君もきっと喜んでくれると思いますよ」

「へ、へえ……」


 そういえば、あの後どうなったか聞いてなかったな、とオボロは思い出した。別に見たいと思わないし、喜びもしないだろうが、暇だし付き合ってやるか。暇だから付き合うだけだ。暇だから、と何度もオボロが頭の中で唱えていると、フィリアが両手を前に差し出した。


「四大精霊サラマンダーよ。我に力を貸したまえ。ほのおは燃え、焔は焦がし、焔は憤怒する。混沌を焼き祓い、悪しき魂を清浄なる大地から排せよ――」


 直後、前方にあった巨木が爆発した。何が起こったのか一瞬分からなかったオボロだったが、すぐにフィリアの魔法によるものだと気付く。その本人は恥ずかしそうに頬を染めていた。


「す、すみません! 間違って火の玉を出す魔法を使うつもりだったのに爆発の魔法にしちゃいました!!」

「無能系ポンコツから暴走系ポンコツになっただけで何も成長してないじゃないか!」


 むしろ、強大な力を手にしたことで質が悪くなった。この爆発力は相当なものである。エルフらしい強い魔力と、それをまだ完全には使いこなせない持ち主のせいで大変危険な魔法になっている。

 火の玉を撃ってくると思ったら体内から爆発させられた。防ぎようのない反則に近いやり方だ。これを『間違って』引き起こしているのだ。恐ろしい以外の何物でもない。


「フィリアさんかっこいいですよ」


 そんなフィリアの誤った方向の成長を手放しで喜んでいるのは、彼女のために色々協力した総司だ。想い人からの褒め言葉に、少女の頬は先ほどとは違った理由で朱色に染まった。


「ソウジさん……私この力を皆を守るために使いたいんです。だから練習頑張ります!」

「フィリアさんならきっと大丈夫です。応援してますね」

「はい。……いつかソウジさんを守れるようになってみせます!」


 わりと凄い宣言である。仕事があるからと立ち去っていくフィリア。残された爆撃された木の残骸をオボロは死んだような目で見詰めていた。


「あの子……あんな性格だっけ」

「フィリアさんはああいう頑張り屋さんな性格です」

「君は今まで彼女の何を見てきたの?」


 オボロは知らない。フィリアがパラケルススで出会ったとある女性の交流が少女を大きく変えたことを。

 守られるだけの自分はもう嫌だ。そんな燻っていた思いは、自分とは比べ物にならないような底知れぬ魔力を持った赤髪の女の邂逅をきっかけに燃え上がった。

 総司と並んで立つためには、自分一人でも立ち上がれる強い力と強い心が必要だと気付かされたのだ。

 ヘリオドールやレイラは優しくて尊敬出来る人物。だが、総司を目の前で取られるのを黙って見て、恋心を粉々に壊してしまうのは嫌だ。最終的に総司が彼女たちのどちらかを、或いは違う誰かを選んだとしても、そこに行き着くまでは一人の女として戦いたい。フィリアはそう決意したのだ。

 その決意の表れが黒焦げの木である。何となくフィリアの総司に対する今までにない強い想いを感じ取ったオボロは身震いを起こした。


(何だ、あの子。ライバルに魔法をお見舞いしてやるってことか? 武力で決着を付けようってか?)


 女子力など一切関係ない武力での争い。リリスは楽しんで参加しそうだし、ヘリオドールやアイオライトもぶつぶつ言い訳をしつつ加わりそうなものである。

 魔力だけでなく物理攻撃も無駄に強い魔女に、元勇者の聖剣、サキュバスのハーフ。更に潜在能力が高いエルフ。この四人がまともにぶつかり合ったら役所無くなるかも、と他人事のように考えていたオボロに、総司が口を開く。


「でも、フィリアさん以前よりすごくいい表情をしてます」

「そんな暢気なこと言っちゃって……ヘリオドールみたいになったらどうすんの。後悔したって遅いんだよ?」


 案じるような、諭すような言い方。ヘリオドールが聞いたら断罪されるだろう。鬼がいないからこその暴挙。薄ら笑いを浮かべながらオボロは更に続けた。


「ひょっとしたら君って騒がしい女の子がやっぱりタイプとか? 意外だねえ、おっとりしてて儚げなお姫様みたいな子がタイプだと思っ……」

「お父様ー!」


 その可憐な呼び声は上から聞こえた。見れば、役所の最上階の窓から何者かが手を振っている。


 柔らかそうな月色の髪と、アクアマリンを思わせる淡い蒼の双眸。そして、頭部からぴょこんと生えた二本の触角。


 その美しいハイエルフの少女が誰なのかを気付いた総司は「あっ」と声を上げて、オボロは驚愕で言葉を失った。

 そんな二人の反応を嬉しそうに見下ろしていた少女は、窓から身を乗り出して手を大きく振った。


「お父様ー! 久しぶりですわー!」

「こちらこそお久しぶりです、ティターニア様」

「ふふっ、ティターニア様、ではなくて以前のように“ティア”と呼んでくださーい!」

「では、ティアさん。お元気そうで何よりです」

「はーい!」


 楽しそうに会話をする二人に対してオボロは、この有り得ない状況をどう整理していいか分からず狼狽えていた。

 フレイヤ国の王女ティターニア。彼女が以前来訪した時の誘拐騒動で総司に絶大な信頼を寄せているのは知っている。総司とずっと文通を続けていたことも。

 問題はどうしてそんな大物がウルドにいるかだ。ティターニアがまた来訪するなんて聞いていない。


「ティターニア姫、どうして貴女が……」

「今そっちに行きますわねー!」


 オボロが疑問を口にするよりも早く、ティターニアが窓から飛び降りた。白いドレスと金の髪が宙を華麗に舞う。

 ズドン。鈍い音と共に地面に着地したティターニアの周囲に土埃が発生する。着地の際の衝撃など物ともせず、ティターニアは総司に駆け寄った。


「お父様見てくださいました? 私とても強くなりましたわー!」

「そうですね。着地した瞬間のティアさんの表情、歴戦を勝ち抜いてきた武将みたいでした」


 そういや、このお姫様っておっとりなんてしてないし儚げでもなかったし、それどころか何か悪化している。ティターニアのはしゃぎ声を聞きながらオボロは腰を抜かしそうになっていた。

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