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77.崇高なる友情

「ええと……」


 熊への恐怖心もなくなったのはいいのだが、フィリアには新たなる悩みが浮上していた。それは「どうやって帰ればいいのだろう」というシンプルな悩みだった。

 熊は何もせず、ずっとフィリアを見詰めるばかりだ。言葉はちゃんと通じるのだろうか。そこが分からないと、ここから出して欲しいとも言えない。

 それにどうして熊が自分をさらったのかも分からないままだ。知りたいなと思っても、やはり会話が出来ないとなるとどうにもならないのである。今頃、総司とレイラはどうしているだろうか。総司ともっとこの世界を楽しみたかったし、レイラとももっと話をしてみたかった。

 落ち込んで溜め息をつくと熊がびくりと反応したが、フィリアは気付かずに膝を抱えていた。


「フィリアさん、いますか?」


 その時、暗闇の向こうから聞き覚えのある声がした。同時に黒髪の少年が姿を現す。その手には黄金色に光る石が握られており、そこから伸びる光は熊の体に繋がっていたが、やがて消えていった。


「ソウジさん!」

「迎えに来ました。帰りましょう」

「で、でも……」


 フィリアはちらり、と熊を見た。だが、熊は総司に襲い掛かろうとしなかった。再びフィリアを担いでどこかに行こうともしない。まるで、彼が来るのを待っていたかのようにすら見える。

 フィリアがゆっくりと総司の元に向かっても、引き止めることもなかった。これではどうしてあの時自分をさらったのかますます分からなくなる。


「ねえ、やっぱりあなた私のこと知ってるの?」

「……………………」

「私あなたのこと全然覚えていないの。もし、そうだったらごめんなさい……」


 熊はフィリアから視線を逸らすと、首を横に振った。そして、早く帰れとでもいうようにしっしっと追い払う仕草をした。人間じみた動作にフィリアは困惑していたが、何も答えてくれないと知り、詮索するのをやめることにした。


「ソウジさん、ありがとうございます。レイラさんのところに戻りましょう……」

「はい、フィリアさんのためにたくさんお土産ももらいましたよ」

「本当ですか!?」


 フィリアのはしゃぎ声が洞窟内に響き渡る。その声に二人の後ろ姿をぼんやり眺めていた熊が閉ざされていた口を開いた。


『フィリア……』


 フィリアは翡翠色の双眸を大きく見開いて後ろを振り返った。だが、そこにはもう熊の姿はなかった。

 あの黄色い熊のことを思い浮かべたまま、そこに立ち尽くすフィリアに総司が声をかける。


「フィリアさん、どうかしましたか?」

「いえ、今私を呼ぶ声が聞こえた気がしたんですけど……気のせいだったみたいです」

「さっきの熊さんじゃありませんか? あの熊さんは元はエルフだったみたいですから」

「え……?」


 首を傾げるフィリアに、総司はエリクシアが言っていたこと全てを話した。それを聞いたフィリアは泣きそうな表情で笑みを浮かべた。瞳は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだった。


「もしかしてお父さんかもしれません……私のお父さん、昔病気で死んじゃったから」

「そうですか。じゃあ、フィリアさんに会いたかっただけなのかもしれませんね」


 総司の声はどこか柔らかい。フィリアは泣くのを必死に耐えながら総司の隣を歩き続けた。



 パラケルススにやって来る時に使用した扉の前に行くと、レイラとエリクシアがそこにはいた。兎を見付けて笑顔になったフィリアだったが、総司に「あの兎こそがエリクシアですよ」と言われて驚愕した。


「えええええええ……そうなんですか!?」

『お主が一番いい反応をしてくれたな』

「エ、エリクシア様! 私、エリクシア様に聞きたいことがあって……」


 どうして自分は上手く魔法が使えないのか。それを知るためにこの世界にきたのだ。慌てふためくフィリアに、エリクシアは宥めるように言った。


『安心しろ。お主の悩みはもう解決しているはずだ。お主にはお主をちゃんと守ってくれそうな者がいると安心したようだからな』


 エリクシアは総司へと視線を向けて言ったが、総司とフィリアは言葉の意味が理解出来ず首を傾げるしかなかった。

 エリクシア曰くこの世界に他の世界の住人がいるには時間が限られている。その時間をもうじき迎えようとしているので、早くアスガルドに帰らなければならないのだ。


「帰らないとどうなるんですか?」

『精霊になる』

「楽しそうですねえ」

「愉しくありませんよ、ソウジさん!」


 問題発言をしてフィリアにツッコまれていた総司だったが、その直後総司は珍しく驚いた表情を見せた。レイラに突然抱き締められたのだ。

 フィリアも様々な感情が押し寄せて一瞬パニックになっていたが、彼女の顔を見て冷静に戻った。

 何故か、レイラは今にも泣きそうな顔をしていた。


「レイラさん、どうし……ひゃっ!?」


 レイラは総司から離れると、次にフィリアも抱き締めた。


「私はお前たちと違う扉から帰らなければならない。次はいつ会えるか分からないからな……」


 掠れた声に案じるようにレイラの髪を総司がぼんぼん、と優しく撫でた。すると、レイラは安堵したように微笑んで見せた。

 レイラはその感触に瞼を閉じて、ここに来るまでの間でエリクシアから告げられた言葉を思い出した。


――私はお主を苦悩させたくて、こんな話をしたわけではない。強大な力は弱者を守ることも出来るが、弱者を刈り取る危うさも持っている。あの水晶玉に映ったお主はひょっとしたら未来のお主になるかもしれない。いいか、力に溺れるな。道を誤るなよ。あの人間の少年とエルフの少女を悲しませたくなければな……






「河童さーん? 生きてますかあ?」


 沖田川の底に沈んだ河童に呼びかけるが、反応が全くない。そんなにこの胡瓜まずかったのだろうかと、銀髪の青年は頬を膨らませて甘い食材たちによって凌辱された胡瓜を齧った。


「うーん、ナッツもまぶせばよかったですかねえ」

「やめろ! 絶滅危惧種の河童に何をしてくれてんだ!!」


 青年を止める声。青年が瑠璃色の瞳を見開いて振り向けば、背後には黒いスーツを着た黒髪の男が苦虫を潰したような表情で立っていた。青年は朗らかに笑って食べかけの胡瓜を差し出した。


「食べます?」

「いるかそんなもん!! 血糖値が上がりそうな食い物勧めんじゃねえ!!」

「君はいつも怒ってばかりですねえ。そんなんだからいつまでも息子さんと奥さんに頭が上がらないんですよ」

「何で食い物拒否しただけで家庭事情に口出しされなきゃなんねえんだよ、何様だよテメエ」

「神様ですけど?」


 青年が即答すると、男は菫色の双眼で青年をきつく睨み付けた。常人であれば震えあがるほどの威圧感を漂わせていたが、相手はこれっぽっちも臆する様子を見せなかった。むしろ、楽しそうですらある。


「おい、マフユだったか? テメエに聞きたいことがあって来たんだ。今日こそはちゃんと答えてもらうぞ」

「何ですか? 近所の藤村さんの旦那さんの毛髪はあと何年で全て無くなるかですか?」

「誰だ藤村さん!?」


 そんな人この辺に住んでいただろうか。考え込む男を無視して、青年は立ち上がると、その場から立ち去ろうとする。少し面倒臭そうに溜め息をついて。


「どうせ、君はまた『どうしてあの時僕を助けてくださったんですか!? 教えてくださいマフユ様!』って聞きたいんでしょう? 二十年前からだらだらと……そんなんだから息子さんの実験台にされ」

「あいつのことは関係ねえだろ! おれもそれについてはちょっと気にしてんだぞ!!」


 あ、そこは否定しないんだ、と青年は男に同情心を抱いた。切なげに眉を寄せて胡瓜をまた一口。蜂蜜と生クリームとチョコチップの甘みがたまらない。

 ふと、男を見ればどこか困ったような表情を浮かべていた。本当に知りたいのだろう。

 仕方ないなあ。青年は苦笑した。


「教えてくれ……二十年前にどうしてアンタは俺を助けたんだ。本当だったらあそこで死ぬはずだった俺を、魔族の俺をこの世界に連れて来て……」

「君も僕が三界神だって知ってるってことは、自分が本来の時間の中では魔王との戦いで勇者ちゃんを守るために死んだって分かってるでしょ? ……僕はその後、レーヴァテインが引き起こした終末を回避するために、こっちの世界の人間を利用した。君を助けたのは、その人間に君を死なせるなと頼まれたからですよ」


 それさえ無ければ、いくら魔王撃破に貢献したとは言え、助けるつもりなど毛頭なかった。レーヴァテインの魂をどうにか出来れば、元々死ぬ運命だった者の命を救う必要はないと考えていた。というよりもアスガルドの人間の運命を操作しようものなら、ウトガルドにどんな影響が来るかも分からなかった。

 しかも、助けたら助けたでどうして助けたと執拗に聞いてくるし、家庭を持つようにもなって正直煩わしい。それにこの男は大きな勘違いをしている。


「僕はその人間のおかしな願いを叶えるために君を助けた。ウトガルド人がアスガルド人を助けるのを手助けした。そういう形でならウトガルドも崩壊せずに済んだようですし」

「……その人間は誰だ。見ず知らずの俺を死なせたくないだなんてメリットのない願いを言うくらいなら、他にもっと一攫千金とか女に好かれるとかそんなことをテメエに頼むんじゃねえの?」

「それは僕も思いましたけど、君を助けろってうるさくて。まあ、そんな願いを聞いてその人間がもっと大好きになって言う通りにしてしまった僕も僕ですけどね」


 青年――マフユは目を丸くして固まっている男――ロキににっこりと笑いかけて、残った胡瓜を全て口に入れた。


「僕と『君』との崇高なる友情に祝福を」


 直前にそう呟いて。

 やがて、マフユの体は白い霧へと変わり、それが晴れる頃には黒いコートの青年は消えてしまっていた。


今章は終わります


ここからは次章の予告


総司「替え玉を用意しましょう」


ヘリオ「そいつなんかより絶対絶対私の方が可愛いに決まってんじゃないのよ!!」


オボロ「この国ヤバいんじゃないの!?」


???「やっぱりお父様は世界一かっこいいですわ!」


ブロッド「ヒャッハァァァァァァァァ!! 行くぜソウジ! こいつら全員皆殺しにしてやろうぜ!!」




お楽しみに。

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