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73.架け橋

「こちらはフィリアさんです。僕と同じ所で働いているエルフさんです」

「そうか……」


 総司による少女の紹介が終わる。レイラは何やら考え込んだ表情でフィリアを見た。


「………………」


 澄んだ翡翠色の瞳と月光を受けて仄かに光る金色の髪。レイラを見詰めるその表情はどこか不安げで、儚げで守りたいと思わせる愛らしさがあった。

 そんな少女が総司の身近にいる。レイラは雷に打たれたようなショックに襲われた。


(な、なんと……)


 ふるふると小刻みに震えてしまう体。泣く子も黙る、というより泣く子がいたら必死に慰めて何とか黙らせる魔王の心を支配していたのは焦りだった。


(なんと可憐な少女だ……!)


 魔王として強く生きていくと決意したレイラに持っていないもの全てを、このフィリアという少女は持っている。そんな少女と総司が並んで立てば、まさに姫君と王子。少年のことは簡単に諦めるつもりは毛頭ないものの、思わぬ伏兵にレイラはひたすら動揺した。


 だが、しかし。この邂逅でショックを受けているのは魔王だけではない。

 フィリアも言葉を失ったままレイラをずっと見詰めていた。


(す、すごい……)


 何かを叫びそうになる口を両手で押さえる。衝撃だ。これはあまりにも衝撃的過ぎる。


(なんて綺麗な人なんだろう……!)


 腰まで伸ばされた鮮やかな紅蓮色の髪と、石榴石のような深紅の瞳。細いながらもスタイル抜群の身体が纏う漆黒のドレスは、妖艶さと気高さを併せ持っていた。

 美しい女性、と聞かれると最初に思い付くのはリリスだが、彼女と違って凛とした雰囲気がある。総司と並べばまさに女王と騎士。

 総司に好意を持っている女性は多いのは知っているが、まさかこんな人まで。フィリアは奈落の底に落ちていくような勢いで落ち込んだ。


 正反対のように見えて根本的には同じことで、ぐるぐる考え続ける二人。当人たちの悩みなど知らないのか、知っていて解決する気はゼロなのか、総司が鍵から伸びた金色の糸を観察しながら口を開く。


「大丈夫です。フィリアさんもレイラさんもどっちもいい人です」

「は、はい! かっこよくてとっても綺麗な人です!」

「そ、そうだな。愛らしくてとても可憐な少女だ」


 同時多発褒め言葉。フィリアとレイラはハッとして互いを見た。


(このフィリアという娘……私をライバルとして認めているということか!?)

(このレイラさんって人……私もソウジさんが好きなことに気付いてる!?)


 驚きのシンクロ度。信じられないという表情で互いを見る。総司の機嫌を損ねるわけにはいかないと、どちらも褒め言葉を言っただけなのだが、それは皮肉にも彼女たちに新たな疑念をもたらすものでしかならなかった。

 いや、とことん突き詰めていけば間違っていないのだろうが。

 明らかに挙動不審な様子の二人に総司は不思議そうに瞬きを数回繰り返した。


「あの……もしかして二人は以前どこかで会ったことがあるんですか?」

「いえ、そんなことありません!」

「いや、そんなことはないぞ!」


 ほぼ同時に飛び出した否定の言葉に、レイラとフィリアはまた顔を見合わせた。

 そんな二人の手を総司が突然、両手にそれぞれ握り締めた。想い人の手から伝わってくる体温にフィリアはぼっと頬を紅く染め、レイラは柘榴色の瞳をカッと見開いた。

 これは一体どういうことだろう。総司の意図が読めず固まっていた二人だったが、レイラはある可能性を思い付いて息を詰まらせた。


(これは……まさか……)


 総司はきっとフィリアが自分を好いていると知っている。つまり、今、総司にとってこの状況は彼にとって非常に都合のよいシチュエーションだ。

 戦慄しているレイラの表情を見てフィリアも同じ考えに行き着く。


(これってもしかして……!)


 右手にレイラ、左手にフィリア。その真ん中には総司。まさに両手に花。いや、女性陣にとっては真ん中にいるのも十分華というよりも、メインポジションである。

 そんな光景を想像してレイラもフィリアも動揺が隠せない。出会ってからまだ一時間も経っていない女子を両脇にセットして、この世界を満喫するとでもいうのか。

 この少年がするとは思えない遊び慣れた男のやり方。レイラは総司が見せた雄の部分にときめきが隠せなかったし、フィリアは弄ばれているような気持ちになって不思議とそれが心地よく感じていた。普通の男と女二人がこんなことになったなら、「てめえふざけんな」と、男が女二人に袋叩きにされているだろう。

 だが、ここにいるのは総司を盲目なレベルで愛している魔王と、異質な状況に酔って思考が麻痺しているエルフだ。総司の見せた意外性に二人は胸を撃ち抜かれていた。


「きっと仲良くなれると思います」


 そう言って、総司は掴んだ二人の手を握手させた。緊張のあまり汗ばんでいた掌のじめじめした感触に、レイラとフィリアはハッと我に返った。総司は握手の体勢のまま固まっている二人を見守っている。

 そういうことか。うん、知ってた。ちゃんと知ってたよ。

 総司の真の意図に気付いたレイラとフィリアの頬が羞恥でじわじわと赤くなっていく。真の、とは言っているが、単に手を総司に掴まれた瞬間、思考回路をフル回転させて勘違いしていただけである。


「…………………」

「…………………」


 互いに同じことを考えていたと気付いて、レイラが吹き出し、フィリアも笑い出す。二人の間に流れていた張り詰めた空気は緩み始めていた。


「そういえばレイラさんはどうしてここに?」

「ああ、私は友から鍵をもらってな。せっかくなので来てみた。お前たちは……」

「エリクシル様に会いに来たんです」


 苦笑しながらフィリアが答えた。すると、レイラは目を丸くした。


「この世界の長に? どうしてまた……」

「私がどうして魔法を使えないのかを教えてもらうためです」


 訝しげな表情を見せるレイラに、フィリアは事情を説明することにした。総司の言う通り、この女性が優しい性格の持ち主だということは間違いなさそうだったからだ。

 だから、話が進むにつれてレイラの表情が、心なしか明るくなっていくのが分かってフィリアは落ち込んだ。落ちこぼれと思われた。総司には相応しくない女だと思われたと。

 だが、説明を全て終えると、レイラはフィリアの両手を握り締めてきた。少し涙ぐんでいたフィリアが呆然としていると、レイラは「私も同じだ」と言った。


「私も浄化魔法が上手く使えない。使おうとすると、必ず竜巻や自然災害が発生してしまうんだ」

「自然災害……」


 それはすごい。想像してフィリアは身震いを起こした。浄化魔法って何でしたっけ。

 対照的にレイラは自分と似た悩みを抱えるフィリアと出会えた喜びに舞い上がり、同時にフィリアを羨ましいとさえ思っていた。


「お前はすごいじゃないか、フィリア。癒しの魔法など、私は全く使いこなせないというのに……もっと自分に自信を持て!」

「……ありがとうございます!」


 レイラは魔力を周囲に放出しないように抑えているようだが、それでもエルフであるフィリアには彼女の中には絶大な魔力が潜んでいることが何となく分かった。素性は明かしていないが、きっと凄腕の魔術師なのだろう。

 そんな人物から認められた。フィリアの心は温かくなっていった。

 可憐に微笑むエルフの少女にレイラは僅かに視界を滲ませた。魔族、しかも魔王であることを知らずに、自分の言葉に喜ぶフィリアの姿に罪悪感が沸き上がる。魔族以外からこんな笑顔を向けられるのは、ひょっとしたら幼い頃に自分たちを救ってくれた勇者以来かもしれなかった。

 この出会い。大切にしなければならない。


「ソウジ、お前は私とフィリアの心の架け橋になってくれたのだな……」

「…………………」

「ソウジ?」

「あれは何でしょうか」


 総司はやや離れた場所にある湖をじっと見詰めていた。

 正確には湖ではなく、その水面に浮かんでいる『それ』を。

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