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71.浄化魔法


 三つ眼の魔術師たちがラグナロクにやって来た初日のことである。故郷のために舞い戻った彼らを城に招待したあと、レイラはある頼みを口にした。

 それは浄化魔法を教えて欲しい、というものだった。この荒れ果てた大地に癒しを。彼らが他国で手に入れた魔法で、自分も浄化活動に参加したかったのだ。

 王が民に頭を下げるなど、と魔術師たちは驚いたが、喜びもした。やはり、レイラを信じてよかったのだとも思った。

 そして、レイラにエルフの国で学んだ魔法を教えた。


「恩に着るぞ、お前たち。では、早速使わせてもらおう!」


 その場にいた全員のテンションが上がっていた。魔法の発動方法を詳しく教わったレイラは善は急げとばかりに、城から飛び出した。魔術師やレイラに仕える魔族たちも全員主を追い掛けていく。


「いくぞ……」


 レイラは穢れた大地の上に立つと両腕を広げ、自身の魔力を放ち始めた。その魔力の強さに魔術師や部下たちは畏怖し、その場にへたり込みそうになった。

 これが魔王。恐らく彼女と戦うことになれば、絶対に勝てないだろうと皆が確信した。


「大地よ、風よ……その穢れを我に引き渡せ!」


 土だけではなく、空気中に漂う瘴気をも瞬時に消し去る高度な魔法だ。それを最初から使うなんてやはり凄い人物だ。魔術師や部下は期待で胸を膨らませた。

 その結果、まず手始めに数人が足元から突然生えてきた巨木に吹っ飛ばされて、宙へ投げ飛ばされた。


「あ゛っ!?」


 仲間を救出しようとした魔族たちは、大きな地面の揺れに、体のバランスを崩した。


「あ゛あ゛っ!?」


 彼らの視線の先では、火山が噴火を起こしていた。遠くでは、竜巻がいくつも発生してこっちに向かってこようとしていた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!?」


 木々の成長も終わりを迎えようとしない。未曾有の大災害である。自然の猛威になす術なく、魔族は皆恐怖で震えた。

 だが、彼らに救いの手は無事差し伸べられた。城のある方向からメイドを乗せた馬が走ってきたのだ。


「レイラ様、これは一体どういうことですか!?」


 メイドの名はヘル。死の国ニヴルヘイムの管理者であり、レイラの忠実な部下でもあった。

 ヘルは自分の周囲に光球を大量に生み出すと、それらを一斉に四方に分散させた。


「鎮まりなさい!!」


 ヘルが放ったのは、魔法の威力を減少させる魔法であった。光球を受けて木は成長を止め、火山は静けさを取り戻し、竜巻は消えた。

 それだけではない。周囲に流れていた瘴気は一掃され、地面からは草が生えて色とりどりの花が次々と咲き誇る。

 瞬く間に辺り一面が清らかな風の吹く草原と化した。


「すごい……私たちではこれほどまでの浄化は不可能だ……!」


 魔術師は皆、瞳を輝かせた。だが、当の本人は不安そうに彼らに疑問を投げかけた。


「しかし、浄化魔法とはこれほど危険なものなのか? 私はまさか竜巻が発生するとは思わなかったぞ」


 それはこっちの台詞だ、とは全員が思ったことだが、誰も言わなかった。浄化の効果はかなり大きなものだが、そこに行き着くまでの過程があまりにも乱暴過ぎる。結果良ければ全て良しという言葉では、とても片付けられない現実があった。

 近くにいた魔術師に「こういう魔法なの?」と恐る恐る聞くレイラの部下もいた。当然、魔術師の答えはノーである。自分たちがやっても、こんなアグレッシブな惨状は起こらない。


「レイラ様は魔力が他の魔族に比べてあまりにも強いですからね。しかも、本来魔族は治癒や浄化魔法と相性が悪いのです。起こるべくして起こった結果でしょう」


 困惑する彼らに説明したのは、愛馬から降りたヘルだった。今回のMVPと言っても過言ではない。彼女がいなければ、今頃は大変なことになっていた。

 ヘルも自分がいて良かったと安堵していた。少し前までの病弱な体だったら、こうして馬に跨がって駆けつけることも出来なかっただろう。

 一方、危うく大災害を引き起こすところだったレイラは顔色を悪くし、魔族たちに謝り始めた。


「申し訳ない! こんな大それたことをしてしまって何と詫びればよいのか……」

「お、お気になさらず。私たちも何度も失敗した魔法です。レイラ様もすぐに自在に扱えるようになりますよ!」

「今のはただの偶然かもしれません! もう一度使って……」

「駄目です!」


 懸命に主を慰めようとする魔族たちに、ヘルがハッとして止めた。


「レイラ様にこの魔法を使わせてはいけません。特に居住地域付近では」

「しかし、ヘル様。レイラ様は浄化そのものには成功していますが……」

「それは私が威力を多少コントロールして魔法から攻撃性を奪ったからです。うちの魔王にこの魔法を好き勝手使わせていたら、ラグナロク沈みます」


 大陸沈没。もう誰もヘルに反論する者はいなかった。

 しかし、レイラは諦めようとはしなかった。


「ならば、安全に使えるように練習を重ねよう! 私は諦めないぞ!」

「レイラ様……」


 主の名を呟くメイドの表情は疑心に満ちていた。自他共にレイラの一番の理解者であると認めているヘルはこの時、既に予想していた。ろくなことにならないぞ、と。


 そして、本当にろくなことにならなかった。村で魔王が披露した浄化魔法にはしゃいでいるのは子供だけで、大人は冷や汗を掻いていた。三つ眼の魔術師たちも、あれからレイラが特訓していると聞いていたので、大丈夫だろうと判断したことをほんの少し後悔していた。

 威力を下げられたおかげで本来の効果を発揮し始めた魔法により、かなりの広範囲で緑が芽吹き、瘴気も消し飛んだ。もう村人たちはどう反応していいか分からずにいたし、魔法を使った本人は巨木の傍らで、膝を抱えて丸くなっていた。ヘルはその横にしゃがみ、魔王の嘆きを聞いていた。


「ヘル……私は魔王失格だ……守るべき民を危険な目に遭わせようとしてしまった……」

「レイラ様、あまりご自身を責めないでください」

「私も……彼らのように自らの手で大地を綺麗にしたかった。ただ、それだけだったというのに。なのに、私は……」

「レイラ様、あなたにはあなたのやるべきことがあります。再び人間との戦争を望む魔族を抑止することや、力の弱い魔族の保護など。ラグナロクの浄化は民に任せましょう」


 ヘルの言葉は要約すると「もう余計なことはすんなよ」となる。それを何重にもオブラートで包み、レイラを慰めるような内容になったのである。

 長年の付き合いのおかげで、レイラもヘルが何を一番伝えないのか察して、浄化魔法を泣く泣く手放すことにした。これ以上、民に恐怖を与えるわけにはいかない。


「中々上手くいかないものだな……これではソウジに会わす顔がない」

「いえ、ソウジ様があなたに失望することはありません」


 ヘルは以前、人間の国で出会った少年を思い出して首を横に振った。魔族の王として迷いを持っていたレイラを奮い立たせてくれた恩人。

 きっと彼はこの一生懸命で優しい魔王の頑張りを認めてくれるはずだ。都合のいい考えだとは思いつつも、ヘルはそう確信していた。あのソウジという少年は、他者の内面もしっかり見てくれる人物。……のはずである。


「そうだな……」


 ヘルの言葉を聞いたレイラの瞳に輝きが戻り始める。使命に、恋に燃える紅く鮮やかな瞳。


「ヘル! 私はもう少しだけ頑張るぞ! 必ず浄化魔法を使いこなしてみせるから待っててくれ!」

「余計なことをしないでください!!」


 ついにヘルの口から本音が飛び出した。


「あ、あのレイラ様、少しよろしいでしょうか?」


 恐る恐る二人に近付いてきたのは、元凶である浄化魔法を教えた魔術師たちだった。いや、彼らに罪はない。


「あ、ああ……すまない。次からはこんなことにならないようにする……」

「いえ、そうではありません。これを」


 苦笑する三つ眼の魔術師から手渡されたのは、淡い緑色の鍵。小さく細いそれから感じる聖なる魔力の波動に、レイラは石榴色の瞳を大きく見開く。


「これはまさか……パラケルススへの扉を開く鍵か?」

「はい、その通りでございます」

「これが……私も見るのは初めてだ。どうしてこれを?」

「私たちに魔法を教えてくださったエルフの魔術師が転送魔法で届けてくれました。平和を愛する魔族の女王に敬意を込め、この鍵を渡したいと」


 レイラはその話を聞きながら、鍵を穏やかな眼差しで見詰めていた。

 パラケルススに棲む妖精霊は、魔族が自らの棲みかに侵入されることを拒んでいた。森を愛する昆虫族であってもだ。先代魔王と勇者との戦いのあとは、魔族では鍵には触れることも見ることも出来ないようにした。パラケルススが荒らされることを恐れてのことだ。

 なのに、レイラは今こうして鍵を握っている。それはレイラが彼らに受け入れられているという何よりの証だった。


「ありがとう。鍵をくれたエルフにもそう伝えてくれ」

「はい!」

「では、善は急げというからな。早速使ってみるとしよう。ヘル、お前も一緒に行こう!」

「私は死の国の管理者です。妖精霊を怯えさせてしまいますので、今回はあなた一人で行ってきてください」


 控えめに笑って手を振るヘルに、レイラは残念だと肩を落とした。そして、何とかしてヘルの有能さや優しさを妖精霊に伝えたいとも思った。


「次は必ずお前もパラケルススに連れて行ってやる。約束だ!」

「はいはい。随分と楽しそうですね、レイラ様」


 民家の扉を借りようとしているレイラに、ヘルは親のような眼差しを向けた。


「これからもっと嬉しいことが起こるかもしれない。私の勘がそう告げているからかもしれないな」


 レイラは自らの胸に手を当てて、柔らかく微笑んだ。

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