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70.魔王の魔法

お久しぶりなキャラのご登場となります。

 二十年前の戦争の際、魔王が自らの陣地としていた場所がある。

 それが“ラグナロク”と呼ばれる大陸であり、あらゆる種族からは忌避の地とされていた。

 元々、緑溢れる美しい土地であったが、戦争は全てを奪っていった。この場所であまりにも多くの命が燃え尽き、草花は全て焼き尽くされた。魔王に忠誠を誓っていた魔族によって大陸のあらゆる場所に瘴気も撒き散らされた。それは魔族以外には強力な毒で、大地をも汚す忌まわしき魔法でもあった。

 魔王が倒されたあとも、その爪痕は今でも残されたままだ。強い瘴気はラグナロクのあらゆる地帯に残されたままで、焼かれ穢された大地は一切の植物が育たなくなった。

 自らの生まれ故郷を愛する者。他種族からの迫害を恐れる者。様々な理由からラグナロクに留まった魔族も生物だ。食べる物がなければ生きていけない。

 彼らは屋内や地下に畑や田を作り、そこで魔法で作物を成長させていた。瘴気に触れてしまわないように、家畜も結界の中で育てる。そんな生活を送り続けていた。

 壁のように分厚い雲に覆われた空から目映い光が地上に降り注ぐことはない。戦争後に産まれた子供たちは、あの暖かな太陽の光の存在すら知らずに生きてきた。

 そして、これからもこの不浄なる大地と運命を共にしていく。そのはずだった。


「我が右手よ、水から穢れを。我が左手よ、土から穢れを吸い取れ」


 フードで顔を隠した魔術師の男が詠唱を終えた後、周りにいた魔族は感嘆の声を上げた。

 泥を始めとする不純物が混ざり、濁っていた川は澄んだ透明な水が流れるようになり、灰まみれとなり焦げ臭かった土からは悪臭が消えただけではなく、草花まで生え始めた。


「おお……何と美しい光景じゃ」


 体を震わせていたのは、この村の村長である山羊の角を生やした魔族の老人だ。戦争が起こる前のあの風景が蘇ろうとしている。

 他の魔術師たちも同じように水に、土に、浄化の魔法を施し、穢れを吸い取っていく。

 辺り一帯に立ち込めていた瘴気の濃度も薄くなっていった。魔族にとって瘴気など恐れるものではないのだが、それが含まれていない空気は心地よい気持ちにさせてくれた。


「わしらはお主たちに何と礼を言えばよいのか……」

「礼など必要ありません。これは私たちの成し遂げたかったことなのですから」


 涙ぐみながら感謝の意を伝える村長に、気恥ずかしそうに微笑んだのは、川と土を同時に浄化していた魔術師だった。額には第三の眼が付いており、全身は青白い鱗に覆われていた。魔族の男だった。

 彼だけではない。腕が四本ある男や、巨大なさそりの尻尾を生やした女。魔術師は全員、本来は浄化の魔法を不得意とするはずだった魔族だった。

 彼らは戦後のラグナロクの惨状に絶望し、同族を見捨てて外の世界に旅立った者たちだった。魔王が根城にしていた大陸の出身。それだけで嫌悪を示す人間もいる。それを隠して生きようとしていた彼らの耳に、同族の間で流れていたある噂が入った。


 魔王と名乗る魔族の女が恒久的平和を目指そうとしている。

 その女はかつての魔王に匹敵する力を持ちながら、人間との争いを望まず、それどころか共存の道を歩もうとしているようだった。未だに人間を下等な種族と見なしている魔族たちにとっては、忌々しい話でしかなかった。しかし、彼女に大きな希望を持つ者もいた。

 憎み、憎まれ、そしてまた憎むという終わりの見えない負の連鎖。もしかしたら、その淀んだ流れを断ち切ることが出来るかもしれない。

 災厄と魔を撒き散らす王ではなく、魔族を統べて加護しようとする王の力になりたい。そんな魔族が少しずつ現れ始めた。


 中には迫害を覚悟の上で、エルフの国であるフレイヤやフレイに魔術を学びに向かった者もいた。先代の魔王を崇拝する同族を滅ぼすためではない。美しかったラグナロクの大地を蘇らすため、浄化の魔法を会得するためだった。

 フレイヤは他国、他種族との関わりを一切絶っている国であり、魔族が足を踏み入れようものなら、即座に討たれるという物騒な噂もあった。しかし、実際は難色を示す者もいたが、フレイヤに住むエルフの魔術師は彼らを受け入れた。その温かな歓迎に魔族たちは戸惑った。今この国は徐々にではあるものの、外の者たちと共存しようという動きになりつつあるということだった。

 何でも、ティターニア姫がある国に訪問し、その身を狙われそうになった時、一人の人間によって救われたらしい。更に、その国で出会ったオーガとは恋仲にもなったそうだ。

 この出来事がきっかけで、今までどこか陰のあるティターニア姫は明るく活発的な姿を国民に見せるようになり、国民の意識を大きく変えることとなった。魔族たちの故郷を取り戻したいという強く純粋な思いは、エルフたちの心に響き、彼らに多くの魔法を授けた。


 そして、その魔法を使用し、ラグナロクの浄化に取り組んでいるのが、この三つ眼の魔術師たちだった。


「ですが、私たちもただこの村を浄化するために来たのではありません」

「どういうことじゃ?」

「浄化魔法は一時的にしか効果がありません。一週間も経てば、効き目が薄れて再び穢れが宿ってしまいます。それでは意味がないので、この村の中で魔力が強い人にも魔法を覚えてもらいます。そうして継続して魔法をかけ続けていれば、大地に妖精霊が戻ってくれば浄化も彼らが行うようになります」

「なるほどのう……しかし、そのような魔法をわしらに使えるのか不安じゃ」

「安心しろ。魔力があれば誰にでも使うことが出来る」


 その凛とした女性の声は村人の背後から聞こえた。

 そして、振り向いた直後、誰もが驚愕した。何故なら、このラグナロクの中心地に聳え立つ城、通称『魔王城』の主がここにいたのだから。


「ま、魔王様……!」


 燃えるような紅く長い髪と、ガーネットのような深紅の瞳。華奢な体に黒いドレスを纏わせたその美女。彼女こそが新たなる魔王、レイラであった。


「魔王様、どうしてこの地に……」


 魔術師たちをこの村に向かわせたのはレイラだ。感謝と敬意を込め、皆が魔王に膝をついて頭を下げようとする。それをレイラは制止した。


「よせ。私はお前たちにそのようなことをさせるために来たわけではない」

「どういうことでしょうか?」

「今日は彼らを手伝うためにやって来た」


 レイラはそう言って、魔術師たちを見た。が、三つ眼の魔族には聞かされていなかったのか、困惑した表情を浮かべた。


「レ、レイラ様。手伝うとは……」

「お前たちに教わった魔法で、この地を癒そうというのだ」

「え!?」

「何だ、その反応は」


 素っ頓狂な声を上げた三つ眼に、レイラはむっとした表情を浮かべた。


「私がいては邪魔だというのか」

「そのようなことはありません。ですが、これは私たちの役目。レイラ様のお手を煩わせるわけには」

「心配するな。私が好きなことをやることだ。何も気にすることはない」


 そう言ってレイラは両手を大きく広げた。瞬間、彼女から放出される魔力に村人だけではなく、魔術師たちも息を呑んだ。あの先代魔王に勝るとも劣らない強さを持つというレイラ。

 彼女が披露する魔法に皆が期待をした。


「我が右手よ、水から穢れを。我が左手よ、土から穢れを吸い取れ」


 詠唱した直後、川を流れる水の量が増えた。今にも氾濫を起こしそうな状況である。

 地面からもどんどん木が生え始める。どこまでも伸びていく。淀んだ雲を突きぬける勢いで伸びる。

 どこまで成長するんだ、どこまでも成長していくさ。


「魔王様すげえ!」

「レイラ様すごーい!」


 呆然とする大人たちの気まずい空気を打ち砕くような子供たちの無垢なはしゃぎ声。自分が引き起こした自然災害に、固まるレイラにとってそれは褒め言葉なのか否か。


「レイラ様おやめください! 村一つ滅ぼすつもりですか!!」


 どこからか全力疾走して来たメイド姿の女性が、手から生んだ幾つもの光球を川や木々に向かって投げつける。すると、川は一瞬にして静けさを取り戻し、異常な成長を遂げていた木もちょうどいいサイズまで縮んでいった。

 その場で息切れを起こしているメイドに、我を取り戻したレイラは急いで駆け寄った。


「大丈夫かヘル! 体調が良くなったからと言って無理をし過ぎるのは禁物だ」

「レ……レイラ様のフォローをするのも……私の仕事の一つ、ですから……!」

「ヘル……」


 直属の部下の言葉にレイラは感動した。そんな主にヘルは呼吸をある程度整えてから、言い放った。


「とりあえずレイラ様は、もう二度と浄化魔法を人里では使わないでください。あなたがやるとただの攻撃魔法になりますから! ね!!」

「分かった……」


 鬼気迫る表情で言われては魔王は口答えすること出来ず、項垂れた。

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