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68.検証


「魔法が使えない?」


 エルフの少女からの相談にオボロは眉をひそめた。フィリアがどれだけポンコツなのかを披露するため、三人は役所の裏庭に来ていた。ここでなら、万が一魔法を暴走させるようなことがあっても、被害は少なくて済む。

 エルフなのに、魔力はあるのに、魔法そのものがほとんど使えない。そんな内容にオボロは少し考える素振りを見せたあと、じっとフィリアを見詰めた。オボロも捻くれた性格はともかく、見た目は整っている方だ。真顔で見詰められたら、ドキッとする異性も多いことだろう。


「フィリアさん?」


 だが、フィリアは青ざめると慌てた様子で総司の後ろに隠れた。ドキッとではなく、ビクッという反応だった。


「ちょ、ちょっと、今怯える要素あった!? 僕何もしてないじゃん!」

「すみません……! 男の人にじっと何も言わずに見られると怖くなっちゃって」

「そんなのソウジはいつもだと思うけど……でもさ、やっぱり僕が見た限りでは特におかしいところはないんだよねえ」


 オボロは総司越しにフィリアを観察して唸り声を上げた。魔法が使えない。その一番の理由はただ単純に魔法を使うために必要不可欠な魔力がないことが挙げられる。

 しかし、少年の背後で落ち着こうと深呼吸を繰り返している少女には、ちゃんと魔力が存在している。更にエルフということもあって、人間よりも強い。

 すると、他に原因があると考えられる。例えば、他者の魔法や呪いによって使えなくなるパターンだ。


「フィリアお嬢さんはへーんな奴からよく分からない魔法を喰らったことはある?」

「あ、ありません」

「まあ、真っ正面から受けてたらさっさと気付いてるよね……ちょっと待ってて」


 オボロはフィリアの頭上に手を翳した。その掌が白く柔らかな光を灯す。


「災厄の鎖に繋がれし哀れな魂に救いの手を。弱き民を常闇へ招く不浄なるかげりに裁きの光を。純白の姫君が誘うは救済の聖灯。照らせ『姫百合』」


 オボロの掌から現れた白い光がフィリアを包み込む。何が起こっているのか分からず、混乱する少女の代わりに総司が術者に聞いた。


「フィリアさんが白く光ってますけど、何の魔法なんですか?」

「呪いとかそういう類いの魔法を解除する魔法。僕、傷を癒す魔法は使えないけど、こういうのは何とかいけるんだよね」

「治癒魔法って難しいんですか? フィリアさんも少ししか使えないそうですし」

「ん? 彼女、治癒魔法は使えるの?」


 フィリアはこくこくと頷いた。唯一まともに使える魔法である。これに関しては自信があると、少しフィリアは誇らしげであった。

 そんな反応を見たオボロは「ふーん」と目を細めた。その探るような眼差しにフィリアはまたびくり、と肩を跳ねた。白い光も消えた。


「……例えば、君に呪いがかかっていたとしても、今の魔法で解除出来たと思う。試しに魔法使ってみて」

「はい、ありがとうございます」


 フィリアは両手を前に伸ばすと、瞼を閉じた。集中。何度もそう念じてから口を開く。


「四大精霊サラマンダーよ。我に力を貸したまえ。ほのおは燃え、焔は焦がし、焔は憤怒する。混沌を焼き祓い、悪しき魂を清浄なる大地から排せよ――」


 フィリアの詠唱に、総司とオボロの視線が少女の手の先へと向けられる。もし、フィリアが知らないうちに呪いをかけられていたとしたら、これで使えるようになっているはずだ。

 どうだ。

 どうだ。


「……………………」


 駄目だった。

 フィリアが生み出したのは、またもや線香花火サイズの火の玉だった。翡翠色の瞳からぶわり、と涙が溢れ出す。期待していた分、落胆が大きいのだろう。


「お、お嬢さん、泣かないで……」

「だ、だ、だいじょぶ、です」


 そう言いつつ、フィリアの瞳から涙は止まらない。ちっとも大丈夫ではないし、オボロも異性に本気で泣かれた場合の対処法が思い付けずにいた。

 そして、総司が無言で自分を凝視していると分かってオボロはハッとした。総司が大事にしている少女を故意ではないといえ、泣かせてしまったこの状況。

 殺される――。

 呼吸をするのも忘れて、そう思った。


「すみません、ごめんなさい。フィリアお嬢さんを傷付けるつもりはなかったんです。だから、何も言わずにこっち見るのやめていただけますか……?」

「……僕、今思ったんですが、ちょっとおかしくないですか?」


 その場に座り込むオボロの前にしゃがみながら総司が疑問を投げかけた。


「フィリアさん、怪我を治す魔法は使えるらしいですけど、何でそれだけなんですかね?」

「……そういえば、僕もそれはちょっと気になったんだ。治癒魔法ってさ、結構難しい魔法なんだよ。だから君が劔族の祠で大怪我した時も、僕もヘリオドールも癒せなかった。それが使えるとなると……」


 オボロに視線を向けられて、フィリアはまた総司の背後へと隠れてしまった。恥ずかしがられるならともかく、純粋に怯えられるのは中々傷付くものがあった。


「わ、私どこかおかしいんでしょうか……?」

「おかしいと言うより……魔力を制御されるのかな。何となくそんな気がする」

「「制御?」」


 総司と、総司の後ろにいたフィリアが首を傾げた。その二人を数秒見詰めた後、オボロは総司だけ手招きして呼ぶと耳打ちした。

 オボロの話を聞いた総司はフィリアを見ながら口を開いた。


「……大丈夫なんですか?」

「確かめるにはこの方法が一番手っ取り早い」


 オボロの言葉に嫌な予感がしたフィリアは、二人から後退りしようとした。そんな少女を逃がすはずもなく、オボロはとんでもないことを言い放った。


「フィリアお嬢さん。今から僕は君に向かって火属性の魔法を撃つ」

「え!?」

「だから君は他の属性魔法を使って、それを防ぐんだよ。いいね?」

「ま、待ってください! あのっ」


 フィリアの制止など何の役にも立たなかった。オボロの掌からは蒼い光が出現し、彼が本気であることを示していた。

 フィリアは助けを求めるように総司を見るが、オボロの隣に立ったままだ。


「ほら行くよ! 罪の鎖に囚われし魂に浄化の炎を、全てを深き眠りへ導く氷の夜を照らす灯火を! 蒼き焔が誘うは裁きの煉獄! 解き放て『露草』!!」


 恐怖と困惑で固まっているフィリアを突き動かすように、わざと大きな声で詠唱したオボロから放たれる蒼い炎。フィリアは咄嗟に両手を前に突き出した。

 そして、無我夢中で自分も詠唱を始めた。


「よっ、四大精霊ウンディーネよ! 我に力を貸したまえ。水は揺らめき、水は泳ぎ、水はなみだする。混沌を清め祓い、悪しき魂を清浄なる大地から流し去れ!」


 その直後だった。フィリアの前方に水で出来た巨大な壁が現れた。二メートルほどある透明な防壁は少女に襲いかかろうとする『露草』の炎を受け止め、呆気なく消滅させた。

 同時に壁もゆっくり消えていく。何が起こったか分からずフィリアは呆然としていた。それはオボロも同じことで、ポカンと口を開けて固まっていた。

 総司だけが拍手をしていた。


「フィリアさんすごいじゃないですか。ちゃんと魔法使えますよ」

「わ、わた、私、魔法、使えたんですか!?」

「かっこよかったです」

「………………!」


 初めて治癒魔法以外の魔法が使えたし、総司からも褒められた。総司の言葉にフィリアは歓喜で震えた。


「ごめんね、フィリアお嬢さん。今のは実験だったんだよね。ちゃんとギリギリの所で消すつもりだったんだけど……」

「実験……ですか?」

「フィリアさんが自分の身に危険が迫っている時なら、魔法を使えるかもしれないってオボロ君が考えたんです」

「そういうこと。半分賭けだったけど、無事に使えて僕の魔法も簡単に消したってことは君はやっぱり魔法使えるんだよ」


 「おめでとう」と言って軽く拍手するオボロ。しかし、その表情はフィリアとは対照的に晴れ晴れとしたものではない。

 残る問題はフィリアが何故、一定の条件下でしか魔法が使えないかという点だ。火事場の馬鹿力と言えば済む話ではあるが、治癒魔法がその論を崩す。威力はかなり高かったものの、水属性の防壁など普通の魔術師にしてみれば治癒魔法よりずっと簡単な魔法だ。

 やはり、誰かがフィリアが限られた環境で、限られた魔法しか使えないようにしているとしか考えられない。防御が出来ても攻撃魔法が使えないようでは、一人前の魔術師とは言えなかった。

 本人は泣くほど悩んでいるのに酷い話だ。


「でも、フィリアさんが上手く魔法を使えないようにしている人は、フィリアさんを心配してくれているのかもしれませんね」


 総司の言葉にフィリアは目を丸くして、オボロは眉間に皺を寄せた。


「お嬢さんをこれだけ泣かせといて心配しているって矛盾してない?」

「だって、フィリアさんはヘリオドールさんや保護研究課の皆さんみたいに戦いたいって思ってるんですよね」

「は、はい」

「戦わせたくないから魔法を制御してるんじゃないですか?」

「…………………」


 なるほど。オボロは納得するように頷いた。魔法を奪っている者はフィリアを陥れることが目的だとおもっていたが、観点を引っくり返してみると、新たに見えてくるものがある。

 考えてみれば、フィリアに悪意を持っているなら全ての魔法を使わせないだろう。


「……まあ、それが誰かは分からないし、目的も分からないけどね」

「でも、ありがとうございます。私魔法がちゃんと使えるって分かっただけでも嬉しいです!」

「でも、一番の問題は解決してないじゃない。このぐらいの問題となると、所長クラスの魔術師に聞いた方がいいんだけど、あの変態爺さん何してくるか分かんないからなあ。あと、君は人間じゃなくてエルフだから、エルフ特有の何かがあるかもしれないし」


 ここまで来ると、何とか解決してやりたい。総司の(自称)大親友として、彼に懐いている少女の力になりたいのだが、この辺りが限界だった。

 オボロも思考を巡らせ、フィリアも一生懸命考えている。総司は何を考えているか分からないし、何も考えていないのかもしれない。

 フィリアが「あっ!」と名案を思い付いたのか、明るい表情を見せた。


「エルフのことなら、“エリクシア”様に聞きなさいって私が住んでた村では言い伝えられてました!」

「エリクシア様って誰ですか?」

「何千年も生きてるとされるエルフやハイエルフの長です。エルフの事なら何でも知ってるそうですよ」

「……フィリアお嬢さん、その人どこにいるの?」

「……妖精霊の町『パラケルスス』です」


 元気を無くしたフィリアに、オボロは言葉を失った。オボロも一説には妖精霊を生み出したともされるエリクシアの名は聞いたことがあった。

 しかし、そのエルフの長が棲んでいるとされているのは、妖精霊の町パラケルスス。魔術師の中でも高名な者しか行くことが出来ず、エリクシアの姿を見た者は誰もいないとされている。

 エリクシアに会いに行くなんて、フィリアの魔法の謎を解くより困難である。


「却下。エリクシアに会いに行くなんて無理だし、そもそも君、パラケルススに行くための『鍵』なんて持ってないでしょ」

「鍵って何ですかオボロ君?」

「鍵は鍵だよ。緑色っぽくて、蔦の模様が入った鍵。あれがないとパラケルススには入れないんだよ」

「こんなのですか?」


 総司が小さな巾着袋から取り出したのは、ブレードの部分に細長く蔦の模様が描かれた淡い緑色の鍵だった。


「わあ……綺麗な鍵ですね、ソウジさん!」

「そうそれ! それがあればパラケルススに行け……え? どうして君それ持って……」


 フィリアとオボロの時間が止まった。

少年とサキュバス編のラストでジジイからもらっていたアレです。

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