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67.エルフの悩み

 エルフは森に棲み、自然を愛する種族で、小さな体に強い魔力を秘めた妖精に近い体質を持っている。魔力だけなら、潜在的にはアスガルド最強の種族とも称される魔族にも匹敵する。

 そのため、多くの者が魔術師となって自分たちの棲みかである森を守ったり、冒険者となって旅に出る。フィリアの祖母、母、姉もエルフの間では有名な魔術師であり、フィリアも同じ道を歩むことを期待されていた。


「でも、私魔法が使えないんです……」


 花壇に水を撒きながらフィリアは、落ち込んだ表情で悩みを吐露した。魔法を使わないエルフ、ではなく魔法が使えないエルフ。保護研究課の職員たちは気にすることはないと言ってくれるが、フィリアにとっては切実な悩みだった。

 例えば、先日のように森に蔓延る魔物を殲滅する時も、いつもフィリアは皆が無事に帰ってくるのを祈ることしか出来ない。治癒魔法だけは多少使えるので、職員が負傷した時は癒してやれる。しかし、共に戦うことは出来ないのだ。

 家族や知り合いのエルフたちはフィリアを責めようとはせず、「そういうエルフもたまにはいる」と言っていた。妖精霊が見えるのならそれで構わない、とも。フィリアはそれらの声に励まされつつも、このままではいけないといつも思っていた。

 それを痛感したのは、役所で働き始めた頃。そう、暗黒竜・ニーズヘッグと出会った時だった。あの時、フィリアは怯えてばかりで、ヘリオドールとジークフリートが自分たちを必死になって守ろうとしてくれるのを見ていることしかなかった。結局、総司が思わぬ形で何とかして、ニーズヘッグからニールも取り戻せたからよかったものの、彼がいなかったらと思うと今でも体が震える。同時に自らの無力さに悔しさを覚えた。

 その後、密かに魔法の特訓を続けていたが、やはり駄目だった。魔力そのものはあると母親に言われているのに、肝心な魔法が使えないのでは話にならない。

 先程も水を大気中から生み出してじょうろに溜めようとしたが、片手に掬えるほどしか出せなかった。


「私、エルフ失格です……」

「魔法が使えるか使えないかで、エルフ失格とか決まるわけじゃないと思いますけど……」


 花壇に生えた雑草を毟りながら総司が独り言のように言う。いつもは少年の些細な言葉に救われているフィリアも、今回ばかりは笑顔が戻らない。ずっと溜め込み続けていた悩みなのだ。そう簡単には解消出来なかった。

 総司は異世界の人間であって、こんなことを相談されても困るだろう。そのことに今更気付いてフィリアはもっと落ち込んだ。フィリアの近くにいたシルフたちも総司の元へ避難する。じめじめと湿気を帯びたオーラが羽根に悪影響を及ぼす可能性があったからである。


「……私もヘリオドールさんみたいにかっこよく魔法が使えたらいいのに」

「魔法なんて使えなくても生きていけるし、魔法で大変なことになったりもしますよ。自宅の中が森になったり、自宅が爆発したりとか」

「ふふっ、面白いこと言いますねソウジさん」

「僕は事実を述べたまでです」


 自分の上司が思い切り巻き込まれた“とある事件”の全貌を知らずにいたフィリアは吹き出した。確かに魔法でそんなことになってしまったら大変だ。

 しかし、総司の上司である美しい魔女のように魔法を自在に使いこなしたいという気持ちはやはり変わらない。どうしたら彼女のようになれるだろうか。総司の少し黒いジョークで元気を取り戻したフィリアは脳裏にヘリオドールの姿を浮かべた。


「……聞いてみるのがいいかもしれませんね」

「え?」

「ヘリオドールさんに直接聞いてみればいいんです。魔法にも詳しいみたいだし、何か分かるかもしれませんよ」


 そう言いながら総司は、偶然掘り起こしたマンドラゴラを絶叫を上げる前にボキイィッとへし折った。シルフが一斉にフィリアの元へ避難する。

 総司の一瞬の凶行に気付かず、フィリアはハッとしていた。


「そ、そうですよね……! ヘリオドールさんなら上手に魔法が使えるコツが分かるかもしれませんよね!」


 どうして今までそんなことにも気付かなかったのだろう。自分一人で何とかしなければと躍起になってばかりで、尊敬する人物からアドバイスをもらうことなど思い付きもしなかった。

 もしかしたら、何かが掴めるかもしれない。まだ何も解決していないのに、自信がみなぎってきた。フィリアはいつもの花が咲いたような笑みを総司へ向けた。


「ありがとうございます、ソウジさん! 私、あとでヘリオドールさんに聞いてみようと思います!」

「分かりました。それじゃあ、早く花壇の手入れを終わらせて行きましょう」


 マンドラゴラの死骸をさりげなく雑草の下に隠しながら、総司は言った。


「一緒に行かせてください。僕もフィリアさんが魔法を使えるようになるところが見たいです」

「……はい!」


 毟った雑草も全て総司が処分したため、フィリアは最後までマンドラゴラの存在を知らずにいた。






「うーん……」


 休憩所に足を運んだ総司が首を傾げた。


「さっきまでここでヘリオドールさんが紙飛行機を飛ばしていたんですが……」


 そこには誰もいなかった。あのおびただしい量の紙飛行機も全て無くなっていた。

 壁に刺さったものは引っこ抜けないのか、そのまま放置されていたが。


「もう仕事に戻ったのかもしれませんね。すみません、付き合わせてしまいました……」

「それはないと思います。ヘリオドールさんの休憩時間はまだ終わっていません。あの人は余程のことがない限り、休憩を早く切り上げて仕事をすることはありませんよ」

「それじゃあ……どこに行ったんでしょうか?」

「そうですね……」


 総司は壁から紙飛行機を引き抜きながら、手に顎を添えた。

 数秒後、少年の目が僅かに見開いた。


「住民課に行ってみましょう」

「住民課にですか?」

「今、ヘリオドールさんが行くところといったら、多分あそこです」

「……ヘリオドールさんのことよく知ってるんですね」


 ここで何が起こっていたかも知らずに、フィリアは寂しそうに微笑んだ。恐らく数十分前の魔女の行動と少年の話を聞いていれば、彼女のその後の足取りは推理出来るはずだ。さあ、君も今日から名探偵。

 こうして二人は住民課に行くことになった。

 ところが、総司はその最中に突然立ち止まった。


「ソウジさん……?」

「フィリアさん」


 総司は振り返ると、後ろをついてきていたフィリアの耳にそっと触れた。フィリアの顔が発熱したように赤くなった。


「ソ、ソ、ソウジさん!?」

「ちょっと動かないでもらえますか?」

「……?」


 片方の耳の中に何かが詰め込まれる。それによって音が遮断され、何も聞こえなくなる。

 もう片方にも白い耳栓を入れようとする総司に、フィリアは赤みの引いた顔で尋ねた。


「これ、何ですか?」

「あとで取ってあげますから、絶対に自分で取らないでください。約束してください」

「は、はい!」


 約束という子供っぽい言葉にフィリアは背筋を伸ばした。それから外す時もまた耳に触れられるかもしれないと思うと、緊張やら期待やらで顔がまた熱くなった。



「フィリアさんはここで待ってください」


 何も聞こえないフィリアを連れて住民課の近くまできた総司は、待っているようにとジェスチャーをして、一人で住民課に入っていった。言葉は聞こえなくても、何となく「ここを動かないで」というのは理解出来たフィリアは、大人しくそこで待っていた。

 耳栓のせい、いや『おかげ』で今のフィリアには、どんな音も声も届かない。慣れない環境に不安を覚え始めた頃、総司が住民課から出てきた。一人だった。


「!」


 ようやく戻ってきてくれた、という安心感は一瞬にして恐怖に塗り替えられた。


「!!」


 総司の足元をよく見ていただきたい。おわかりいただけるだろうか。総司の足首を掴もうとしているのか、何者かの手が必死そうに伸ばされていた。さすがの総司も足元のそれには気付いていないらしい。見向きもせずにフィリアの元へ向かう。

 手も力尽きたようにぐったりとし、そのまま住民課の中にずるずると引き戻されていく。

 顔面蒼白となって凍り付いていると、総司が住民課とは反対方向を指差しながら「行きましょう」と口パクで促したので、フィリアは頷くことしか出来なかった。


「はい、もういいですよ」


 フィリアの耳栓が外されたのは休憩所に辿り着いてからのことだった。「すみませんでした」と謝る総司の声も普通に聞こえる。フィリアは安堵の溜め息をついた。


「ヘリオドールさんはいなかったんですか?」

「いましたけど、取り込み中だったようなので話を聞くのは無理そうでした」

「……住民課、どんな感じだったんですか?」

「いつもと変わりなく、皆さんお仕事をしていました」


 総司がそう言うのなら納得するしかない。気になりつつもフィリアは納得した。


「もう少ししたら、また住民課に行ってきてみます。もしかしたらヘリオドールさんも落ち着いている頃かもしれませんし」

「ヘリオドールさんに何か起こってるんですか!? 大丈夫なんですか!?」

「おこってはいるようですけど、大丈夫です」


 ハラハラするフィリアに、総司は肝心な部分は話そうとはしなかった。


「……あ、そういえばリリスさんにも話聞いてみようと思います。リリスさんもたくさん魔法が使えるみたいなので」

「リリスさんなら、今日はずっと所長室にいるらしいので行かない方が」

「そうですね……お仕事の邪魔になってしまいますし」

「あと、この役所の中でたくさん魔法が使える魔術師……」

「呼んだ?」


 その声と共に、天井の板が一枚落ちた。総司とフィリアが同時に上を見上げると、天井の穴から狐耳の黒髪の青年がにゅっと上半身だけ逆さの状態で出てきた。

 フィリアが悲鳴を上げるより先に、総司が紙飛行機を青年の顔面に向かって力いっぱい投げ付けた。


「ヒッ」


 ギリギリのところで避けられた紙飛行機は、そのまま後ろの壁に衝突して機体の半分ほどが埋まった。

 その様を見た狐の青年――オボロは身震いを起こした。


「な……何!? 何!?」

「すみません、曲者だと思ってつい……」

「君は曲者だったら即仕留めるような過激な男なの!?」

「だって、オボロ君住民課で……」

「あれはうちの課長を僕の姿に変身させた偽物だよ。まだ死にたくないと思って生贄に残してきたのに、今ここでもっと恐ろしい目に遭うとは思わなかった……」


 二人のやり取りをビクビクしながら聞いていたフィリアは、オボロを見て「あっ」と声を上げた。


「オボロさんもすごい魔術師でしたよね!?」

「そうです、オボロ君もヘリオドールさんに負けないくらいすごい魔術師です」

「だから『呼んだ?』って聞いたじゃない……ってや、やめろぉ! そんなキラキラした目で僕を見るな!!」


 二人の期待の眼差しがオボロにはとても眩しかった。

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