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64.宿屋と三人とポマード



 突然現れた藍色の髪の少女にロキは僅かに目を見開いた。消えた剣と現れた少女。これらの事象を結びつけるキーワードが一つある。

 つるぎ族。強力な魔剣、霊刀に魂と肉体が宿り、ヒトへと変じた種族だ。恐らく彼女はその一人だろう。劔族は核となる剣の中に閉じ籠ることも出来る。そうして、このアイカと呼んだ鎧の少女の側についていたのだろう。


「しかも、お前! よりにもよってこんな……こんなやる気無さそうな顔した奴を……!」

「落ち着いてアイちゃん。親切さんいい人だよ」


 ここでやる気などあったら困るだろうに、ロキを『やる気の無さそうな顔をした男』と評価した少女はがっくりと項垂れた。一方、アイカは朗らかな笑みを浮かべたまま、相変わらずロキを親切さん呼ばわりしてくる。

 傍目から見てやる気があろうが無かろうがどうでもいい。とにかくアイカの言う通り少し落ち着いてはくれないだろうか。ロキは怒りを撒き散らす少女へ向かって口を開く。


「そこの劔族」

「……あんだよ」

「僕はアイカとやらに手を出すつもりは毛頭ない」


 沈黙。藍色の少女はぽかんと口を開けて固まり、アイカは「ほら! やっぱりいい人だよ!」と嬉しそうにしている。手を出さないという事は異性として全く興味がないと言われているようなものなのだが、アイカはそう言った事をあまり深く考えないのだろう。

 それでよく旅を続けて来られたな、と感心するロキの胸ぐらを藍色の少女が掴んできた。ロキの身長が低めなため、何とか手が届く距離だった。

 しかし、プルプル体を震わせながらつま先立ちし、胸ぐらを何とか掴む姿は『お兄ちゃん抱っこ!』とせがむ健気な妹にしか見えない。そんな微笑ましい体勢とは裏腹に少女は凄まじい形相をしていた。

 殺すぞてめぇ。そんな台詞がとても似合う顔をしている。山賊も尻尾を巻いて逃げ出す程の迫力に満ち溢れている。


「テメェ……アイカを女として見れねぇって言いたいのかよ……」

「言ってない」

「毛頭ないっつー事はそういう可能性が全くねぇって事だろうが!!」


 ロキはこうなった経緯を振り返った。この少女が激怒していた理由は、アイカが深く考えずに初対面の男と泊まった事である。彼女としては恐らくは男性経験もないだろうアイカの体が心配で仕方ないのだろう。

 だったらロキが襲う気などこれっぽっちもないと言えば、そこで話は終わりになるのだ。これ以上拗れる要素などないはずなのである。

 なのに、ここで少女がいちゃもんを付けてきたので拗れてしまった。ロキはこの修羅場を何とかするために面倒臭そうに口を開いた。


「……少しはある」

「あ?」

「少しは可能性がある」

「なんだとテメェ!!」


 火に大量の油が注がれた。火山が大噴火を起こし、なす術もなく逃げ惑うしか非力な民に残された道はなかった。そう現実逃避しなければやってられない。そんな呆然とするロキの味方についたのはアイカだった。少女に向かって頬を膨らませる。


「アイちゃんこの人のどこが怪しいの!? 私に一緒に宿屋泊まろうって言ってくれたんだよ!?」

「……お前もう少しまともな言い方は思い付かなかった?」


 事情を知らぬ者が聞けば怪しさ以外何も残らない内容だった。当然少女の怒りは鎮火するはずもなく、ますます燃え上がっていった。


「怪しめよ! 普通少しは怪しむだろうが!? 野郎が宿に女連れ込むなんて下心ありすぎじゃねぇか!!」

「でも、親切さんはそういう事するような人じゃないよ!」

「男はみんな狼なんだよ! 何でそういうのに気付かねぇんだよ!」

「……お前がそうやって過保護になっているから、その女が汚いものを見る機会がなくて疎くなっているだけじゃないか」

「ぐっ……」


 溜め息混じりに言えば、少女がようやく静かになった。静寂を取り戻した室内で最初に動いたのはアイカだった。ロキに向かって頭を下げた。


「ごめんなさい。アイちゃん……アイオライトちゃんは私のお姉ちゃんみたいな人で、私をいつも心配してくれてるんです」

「まあ、それは聞いてて分かった」

「……悪かった。お前の事酷く言ったりして」


 こちらも冷静さを取り戻したようで、アイオライトはロキに向き直ると素直に謝った。アイカのお姉さん発言には特に触れなかった。劔族は外見よりも遥かに長い時を生きる者がほとんどだ。アイオライトも『お姉さん』なんて年齢ではないだろう。

 それにアイオライトを落ち着かせるために諭すような事は言ったものの、アイカの性格も大変問題であった。


「その会ったばかりの者をすぐに信用する悪癖は生まれつきだと思う」

「そ、そうですか……?」

「こいつの言う通りだぜアイカ。ったく、野宿もやべぇけど、こいつと同じ部屋で寝るって流れになった事の方がビビった……」

「アイちゃんまで……」


 二人からの指摘にアイカは眉を下げながら「気を付けます」と言ったが、きっとまたこういう事があるだろうなとロキは思った。ロキが人間の敵である魔王の配下と知っても恐れずに、笑顔を向けるかもしれない。

 そうであったら、いい。一瞬でもそんな不可思議な考えを起こした自分にロキは眉間に皺を寄せる。どうしてアイカにここまで関わり、執着しかけているのか全く分からない。先程までいた酒場の空気に酔ったのだろうか。


(……劔族を連れた鎧の人間)


 まさかこの少女が勇者ではないのか。そんな推測が頭を掠め、ロキは首を横に振った。こんな少女が魔王の敵のはずがないだろう。そもそも勇者がこの町に来るのは明日だ。

 もし、アイカが勇者だとしたら、困る。非常に困る。こんなのとは力が抜けてとても戦う気が起きない。


(でも……予想以上にこの町に到着しちまったな)


 少年が苦い表情を浮かべている隣でアイオライトはそんな事を考えていた。この近隣にはあの魔術師ロキがいる。今まで戦ってきた魔族とは比べ物にならない相手だ。

 ここが『勇者』としての最初の正念場となるだろう。自らの核が破壊されたとしても、アイカだけは必ず守ろう。アイオライトはそう決意し、瞼を閉じた。


「親切さんもアイちゃんもそんな難しい顔しないで! 宿屋の人がご飯用意してくれたみたいだから行きましょう!」


 アイカだけがこの先に待ち構えているだろう常闇の未来を明るく照らすように笑っていた。









「あっ、おーい総司くーん!」


 会社が終わり、いつもと同じ帰り道を歩いていると、上司の息子を見かけたので須賀は声を掛けてみた。すると、学校帰りらしいその少年はすぐに父親の部下だと分かったようで、「こんにちは須賀さん」と頭を下げてきた。これで「?」な顔をされると不審者=通報フラグが立ってしまうので、須賀は少し安心した。

 あのゴジラのBGMがよく似合う上司の息子とは思えない穏やかで大人しい少年だ。そんな少年は手に何かを持っていた。


「総司君それ何?」

「ポマードです」


 須賀は丸い容器に入ったポマードと総司を交互に見た。この少年には整髪剤は特に必要なさそうなのだが。むしろガッチリ固めずふわふわさせていた方が異性からの受けは良さそうだ。


「貰ったんです。いつもべっこう飴を貰ってるからそのお礼だって」

「べっこう飴……?」

「『色々辛い事があったけど、何とか立ち直れそうな気がする。これは過去との決別の証。それを持っていて欲しい』と言われたんです。僕ポマードの匂いあまり好きじゃないんですけど……」


 淡々としていながらどこか不思議そうに語る総司に、須賀は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。おいおいマジかよ。そんな気持ちでいっぱいだ。


「そ、その人っていつもマスクを付けてる女の人? そんでもって『私綺麗?』って聞いてきて、綺麗って答えたらマスク外してくるすごい怖い人!?」

「……どうして知ってるんですか? もしかしてお知り合いでした?」

「知り合いじゃないけど知ってるよ……」


 むしろ日本全国大体の人が知ってるよ。須賀にはそう続ける勇気など無かった。ガタガタと体を震わせる須賀の背中を総司が擦る。


「須賀さん具合悪いんですか? 顔色が……」

「俺の事は気にしないで……それより総司君はそのマスクの下を見た事あんの?」

「何回もありますよ」

「ど……どうだった?」

「綺麗な女性ですよ。大きな口が魅力的でした」


 どこが魅力的なのかは聞きたくなかった。須賀は息を呑んでポマードを見た。いるはずがない。ただのべっこう飴好きでポマードに纏わる苦い過去を持つ女性かもしれない。だが、しかし。

 ポマードポマードポマード。須賀は心の中でポマードの単語をローテーションさせまくった。ポマードローテーションだ。


「彼女はこれから別の街に行くそうです。とてもいい人だったので寂しいです」

「……君、誰でもいい人って思う性格はすごくいいと思うけど少し直した方がいいよ。命に関わる問題が起きそう……」

「父さんからもよく言われます。母さんに似てるなって」


 遺伝とは恐ろしいものである。須賀は自分の体を何かから守るように抱き締めながら思った。


総司「川にはよく友人ときゅうりを持って遊びに行きます」

須賀「ヤメテ!」




ロキはこの後、アイオライトの影響で段々口が悪くなる。

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