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61.黒の魔術師

今回は番外編で少し昔の話。

シリアスかつ残酷な表現が多いです。

本編には大きく関わらないので、暗いふいんきが苦手という方はすっ飛ばしても大丈夫です。


 花は枯れ、水は渇き、命は散る。多くの尊きものが一瞬にして奪い去られる光景は美しくもあり、残酷でもあった。長い年月を経て生まれたそれらは消えてしまったら、二度と同一のものとして蘇る事はない。


 この世界アスガルドを治めるのは魔族こそが相応しい。その歪んだ思想を掲げ、多くの魔族や魔物を集めて人間達へと戦いを挑んだ『魔王』と呼ばれる魔族の頂点。忌まわしき悪鬼。

 魔王の命を受けて魔族は一斉に人間へと牙を剥き始めた。


 家も畑も焼かれ、荒廃してしまった大地を埋め尽くす膨大な夥しい数の墓石。大切な人間を理不尽な形で奪い去られ、泣きじゃくる人々。彼らは襲撃にあったこの村で生き残った数少ない村人だった。

 恐怖と怒りと悲しみが込もった涙が土にぽたり、と流れ落ちる。『奴』が去った後、命だけは助かった者達は殺された村人の死体を『掻き集めた』。原型を留めながら死んでいった運のいい者はほとんどおらず、直視出来ない程弄ばれた者ばかりだった。頭部だけが残され、他は全て喰われてしまった村人もいた。


「何なんだよ、あいつ……」


 墓石を静かに見下ろしていた一人の男が呟く。右腕は喰い千切られ、左目は潰されていた。それでも生きているのだから幸せな方なのかもしれない。男の妻は重症で動けずにいた夫の目の前で凌辱され、いたぶられながら殺されていった。涙を流し絶叫しながら死んだ妻の亡骸を他の村人に手伝ってもらい、土に埋めている時からずっと考えていた。彼女の後を追って自らも命を絶とうかと。

 だが、まだ死ぬわけにはいかない。村を壊滅させ、妻を殺したあの『魔族』を捜し出すまではどんな事をしてでも生き続ける。

 死ぬのは復讐を遂げた時だ。


「おうおう、まだ結構生き残ってる奴らがいたんだなぁ」


 その声に男は目を大きく見開いた。忘れもしない。村人達の断末魔を掻き消すように笑い続けた悪魔の声だ。


「全部殺したかどうか気になって戻って来てみりゃあ……こんなもんちまちま作りやがって!」


 背中から蝙蝠こうもりの翼を生やした金髪の魔族が墓石を蹴り飛ばす。その光景に生き残った村人は声も出せずにその場に座り込んでしまった。逃げようにも足に力が入らず、これから待ち受ける苦痛と恐怖を想像して涙を流す事しか出来ない。

 その中で、男だけが足を震わせながら何とか立ち上がり、側にあったくわを握り締めた。魔族は男を見ると狂ったように腹を抱えて笑った。


「馬鹿じゃねぇの!? そんなへっぴり腰で魔族様を殺せるわけねぇだろ!」

「黙れ……! よくも村を……アリシアを……!」

「ああ? てめぇもしかして俺がそばかす女で遊んでる時にずっと喚いてた奴か? ったく、てめぇの女が他の奴に寝取られたからって嫉妬してんなよ」


 魔族は目に涙を浮かぶ程笑い、男を煽るように喋り続ける。男の脳裏にぼろぼろになった妻の姿が蘇る。鍬を握る左手が怒りで小刻みに震える。


「でも、あの女も最後は気持ちよさそうにしてただろ? てめぇのブツじゃ物足りなかったって証拠……」

「う……うああああああああああっ!!」


 これ以上妻を侮辱する穢らわしい言葉など聞きたくなかった。男は悪鬼へと駆け出して行った。右腕は無く、ふらつきながらも鬼のような形相で迫る人間に魔族は笑った。

 気合いだけは十分の男だ。簡単に殺すのは勿体ない。戦意が完全に削がれ命乞いをするまで痛め付けた後に殺そうと舌なめずりした時だった。


 男と魔族の間を割って入るように一人の少年が現れた。黒いローブと少し癖のある黒髪が生暖かい風に靡く。幼さを残した菫色の瞳が死を覚悟した男をじい、と見詰める。そこには戦意も侮辱の色も見られない。ただ、不思議そうに自分へと迫り来る人間を静かに見詰めていた。


「おかしい」


 少年はそう言うとパチンッと指を鳴らした。その瞬間、男の体は半透明な黒い球体に閉じ込められた。男が鍬で破壊しようとしても、傷一つ付かない。少年は無我夢中で球体から脱出しようとする男の周りをくるくる回った後、首を傾げた。


「おかしいと思わないか」

「ひっ……な、何がだ!?」

「何で人間がたくさん死んでお前も怪我している?」


 少年は表情一つ変える事無く、男に尋ねた。男が恐怖と困惑で声を出せずに口を魚のようにパクパクと開閉させていると、自分の獲物を取られた金髪の魔族が愛想笑いを浮かべながら少年へと駆け寄った。口調も素の荒々しく下品なものから目上の者に対する丁寧なそれに変わった。


「ロキ様! この私の活躍を見るために来てくださったのですね!」


 魔族の口から飛び出したその名前に球体に閉じ込められた男だけではなく、見守る事しか出来ずにいた他の村人も顔色をさっと変えた。

 ロキ。魔王の直属の配下であり最強最悪の魔術師と呼ばれる魔族だ。この村を襲った金髪の魔族とは比べものにならない恐ろしい存在。せっかく生き残ったというのに、ここであの少年に殺されてしまうのかと誰もが生を諦めた。


「活躍? それじゃあここの村を『制圧』したのはお前?」

「ええ! しかし、まだ何匹か殺し損ねてしまいました。今すぐそいつらも片付けますからロキ様はご安心してお戻りくださ」


 魔族の言葉は最後まで続かなかった。少年が指を鳴らすと同時に右腕が千切れ飛んだのである。血を吹き出しながら宙を舞う腕と、突然の事に絶叫する魔族。少年は地面に落下した腕をひょいと拾い上げると呆然としていた男にそれを差し出した。


「腕、あげる」

「お、お前何言って……」

「だってあいつのせいでお前達は酷い目に遭った。だから僕が代わりに謝らないと」


 ごめんなさいって、謝らないと。そう語る少年に誰もが目を見開く。彼は一体何を言っているのだろうか。思考が全く読み取れない菫色の瞳に見詰められ、男の中の恐怖が倍増する。ここで逆らえば殺されてしまうかもしれない。

 だが、ロキは溜め息をつくと掴んでいた腕をいとも簡単に握り潰した。ぐちゃ、ぼきっと歪な音を立てて奇妙な方向に折れ曲がる。


「ごめん。やっぱり人間が魔族の腕なんて貰ってもどうにもならない」

「ロ、ロキ様……どうして俺、の事を……!」

「だってお前、僕の命令無視した」


 額に脂汗を浮かべる魔族にロキは冷たい視線を向けた。怒鳴る事なく静かに怒りを露にしながら魔族の腕を放り投げる。腕は地面に叩き付けられる前に、漆黒の炎に焼かれて灰も残さずに消滅した。

 魔族はゆっくりと近付いてくるロキに引き攣った悲鳴を発しつつ、後退りをした。この無様な姿は何だと心の中でもう一人の自分が吠える。これでは人間と同じではないかと。


「僕はお前にこの村の人間を服従させろと言った」

「は、はい! ですが、人間共は魔族に隷属する事を拒否しました。だから俺は頭の悪い人間共を痛め付けて……ひぎっ!」


 魔族の左目が粘着質な音を上げて潰れた。


「殺すのは僕達の障害になりそうな人間だけにしろとも言った。大した力も持っていない人間を好き勝手殺して犯すような弱い者いじめなんてしろなんて言ってない」

「弱い者いじめなんてそんな、べ、別にこんな奴ら生かしても殺してもロキ様には関係は……う、うぐぅっ!?」


 次は魔族の右足が吹き飛んだ。


「関係ある。戦争は実力が同じくらいの相手と戦うのが楽しい。今、試しにお前の真似をしているけど何が楽しいのか全然理解出来ない」

「ぐっ……なめやがってえぇぇぇえ!!」


 腕も足も片方ずつ失っていたが、まだ翼はある。魔族は痛みを耐えながらロキから逃げるように飛び去った。弱い者と見なされた怒りよりも死にたくないという思いの方が強かった。

 ロキは追おうとはしなかった。哀れな姿で人間達に背中を向ける部下をぼんやりと見詰めるだけだった。

 そして、魔族は空から舞い降りた漆黒の雷を受け消えていったのだった。


 男を閉じ込めていた球体はいつの間にか消えていた。自由の身になった男は鍬を左手で構え、ロキを睨み付けた。恐怖によって消えかけていた闘志がまた沸き上がる。

 人間を助けてくれたのか、単に部下が気に入らず制裁を下しただけなのか。そんなのどちらでもいい。魔王の配下だと言うなら殺すだけだ。たとえ、彼のおかげで脅威が消え去ったとしても。


「あ……あああああああっ!」

「やめろ! そいつに人間が敵うわけが……」


 男を止める声が入るが、既に遅い。男がロキに向かって鍬を降り下ろす。

 ゴッ、と嫌な音が聞こえた後、地面に赤い雫が零れ落ちた。男は大きく目を見開き、男を止められなかった村人達は息を呑んだ。


「あいつと大違い。負けるって分かってるくせに突っ込んできた」


 避けようとすらせず鍬の一撃を頭部に受けたロキは、そこから流れ出した血に触れながら呟いた。表情は相変わらず変わらないものの、声には僅かではあるが喜びが混じっている。


「強いくせにいくじなしの魔族と弱いくせに諦めの悪い人間……」


 ロキは指に付着した自らの血を舐めた。


「戦争は楽しい方がいい」

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