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6.問題の多い職場です

「ヘリオドールさん大丈夫ですか?」

「んー?」

「顔色が悪いです」

「………………」


 総司に指摘されてヘリオドールは肯定も否定も出来なかった。先程のジークフリートとの会話でのショックからまだ立ち上がれずにいたのだ。

 ノルン国から全ての妖精と精霊がいなくなってしまえば、全域は不毛の大地と化してしまう。農作物だけでなく、日常で使用する水も濁り汚れたものとなるだろう。


「総司君は気にする事はないわよ。私達がいる中心部にはさほど影響は出ないから……」

「ヘリオドールさんはそう言ってますけど、君はどう思いますか? あ、やっぱり大変なんですね」

「ん?」


 すぐにヘリオドールは隣を歩く総司を見た。が、彼は何もない空間に話し掛けているようだった。


(え、誰と話してたのこの子……心の中にいるお友達?)


 ウトガルドの漫画にも心の中にもう一人の人格が住んでいる作品がたくさん存在している。向こうの中学生はそれをよく真似しているらしい。

 総司は高校に進学しても、周りから見たら大変痛ましい時期をまだ脱出出来ないようだ。こういうのはあまり触れてはいけないと聞いている。ヘリオドールは新人アルバイターに職場案内を続ける事にした。


「さて、ここまで住民課、財政課、鑑定課を回ってきたきたけど感想は?」

「なんかエキセントリックだと思いました」

「うん、それは前から私も思ってた」


 職場見学で使う表現ではなかったが、本当にそんな感じなのだ。


 ウルドの住民のデータを保管しているはずの住民課が現在、実際に把握しているのは中心部の住民のみで大部分の地域についてはあやふやなのだ。一昨年末の大掃除で大量の住民簿を誤って焼却してしまったのが原因だ。慌てて新たに住民簿を作成したのだが、中心部だけの人間で限界だった。出生届、身内による死亡届の窓口でもあり、多忙の日々の住民課が地方に出向いて住民のデータを取り直す事は不可能に近かった。


 財政課、鑑定課はとにかく一般市民に職員が怒られる光景が日常だ。


財政課はギルド(組合)からこの切迫した財政難をどうにかして解決しろと怒鳴られる。鑑定課は主に冒険者がダンジョンから持ち帰ったアイテムの価値を調べるのが主な仕事なのだが、もっと高く見積もれと怒鳴られる。

 これが嫌で辞めてしまったメンタルの弱い職員もいる。


「ぶっちゃけ問題だらけなのよこの役所は……」

「そうみたいですね」

「前の所長も心労で倒れちゃってそのままぽっくり逝っちゃったの。で、あのクソジジィが入ってきたんだけど」

「そういえば所長は今日休みなんですか? お礼の品を持ってきたんですけど」

「まあ、そんな所」


 総司は自分が即日採用になったのを所長のおかげだと思っている節がある。本日、総司の職場見学があると聞いた所長が「ワ、ワシお仕事で城に行くから」と逃走した事は言うなと、ヘリオドールに指示したのはアイオライトだった。

 面白くなるから、だそうだ。クエスト受付課の課長でもあり変人と呼ばれている彼女らしい理由である。


「さあ、次に行きたい所はある?」

「だったらジークフリートさんの課を」

「ふーん、フィリアちゃんに会いたいってわけ?」

「いえ、ちょっと頼まれ事をしてまして」


 総司は自分の肩を見下ろした。そこに何かが乗っているかのように。まあ、怖い。ヘリオドールは背中に冷たいものを感じて身震いした。


「……………?」


 実際に一瞬だけに冷たい風が吹いた気がした。




 妖精・精霊保護研究課は重苦しい空気に包まれていた。ジークフリートを含む全ての職員が大量の書物を読み漁っている。森から彼らが消えた理由を調べているのだろう。

 これは見学どころではない。引き換えそうとするヘリオドールを無視して、総司は部屋の中にずんずん足を踏み入れていった。


「こら! あんた空気を読みなさいよ!」

「ええと、あったあった」


 総司は誰もいない机の上にぽつんと置いてある栓がされたフラスコを手に取った。それからまた見えない誰かに話し掛ける。ジークフリートとフィリアが驚いた顔をして総司を見た。


「あ、いますね。この中にいる人を出してあげればいいんですか?」

「ちょっと総司君! 新しい職場でそんな醜態を晒したら……」

「ソウジさん見えるんですか!?」


 ヘリオドールの慌てた声を遮ったのはフィリアだった。


「見えるって何が?」

「フラスコの中に森にいたノームを一匹だけ拾って入れているんだ。魔力が微弱なタイプだから俺やエルフのフィリアにしか見えないはずなんだが……」

「この羽を生やした人に教えてもらったんです。この中に入ってる人が出してくれって叫んでいるって」

「すごい……風の精霊シルフまで見えて……え? 教えてもらった?」


 自分で言ってフィリアはピシリと固まった。フィリアだけではない。その場にいた総司以外の全員の動きが止まった。


「……どうしたんですか皆さん」

「どうしたもこうしたも……」

「何であんた精霊の言葉分かるのよ!?」


 全員を代表してヘリオドールが叫んだ。

「ヘリオドールさんもジークフリートさんもフィリアさんも分からないんですか?」

「分からないわよ! 分からないから保護研究課なんて部署があって、必死に調べてんのよ!!」


 ヘリオドールの両手が総司の胸ぐらを掴んだ。


「落ち着けヘリオドール! 新人の胸ぐらを掴むな!」

「落ち着いてられるかああああああ!! 多くの魔術師の夢である妖精や精霊との会話をこの新人はあっさり果たしたのよ!?」


 新たに発見された少年の能力にヘリオドールは困惑していた。自分はまさかダイヤモンドどころかオリハルコンの原石を拾ってしまったのではないだろうか。


「ソ、ソウジさん……ノームの言葉も分かるんですか?」

「はい。みんなを助けて欲しいと言っています」

「助けて欲しい?」


 ヘリオドールを羽交い締めにしたジークフリートは首を傾げた。


「森にいる妖精や精霊が恐ろしいモンスターに捕まっているそうです。今救出出来るならまだ森を生き返らせる事は出来ると……」

「それは本当に言ってんのかぁ? 俺らが森に行った時、モンスターの気配なんてなかったぜ」


 異を唱えたのは男の職員だった。この課の男性は上司の影響か、比較的まともな性格をしているが、彼はやや短気な性格をしていた。ジークフリートからの拘束を逃れたヘリオドールは、総司を庇うように前に出た。


「あんた総司君がデタラメ言ってるって思ってるの?」

「当たり前じゃねーか。どんな高名な魔術師でも精霊との会話なんて不可能だったんだ。それをこんなガキが出来るなんて俺は思えねぇ」

「……総司君は何考えてるか分からないし怖いところもあるけど、嘘は付かない子よ」

「落ち着け二人共」


 パンパンとジークフリートが手を叩く。男性職員が悔しそうに上司の名前を呼んだ。


「ジークフリートさん! こいつの事を信じて森に行く気ですか? 俺達はこいつに付いていくつもりはありませんよ」

「ジーク! あんたはこいつと総司君どっちの味方なの!?」

「俺は後輩の味方だ。いつも俺を支えてくれている奴も今日から勤める事になった奴も信じる事にする」

「答えになってないわよ、この……ハゲ頭!!」

「俺の毛髪はまだ現役だ馬鹿野郎!!」


 ジークフリートによる頭部への平手打ちでヘリオドールの尖り帽子が吹っ飛ぶ。それを拾って持ち主に被せたのは渦中の人物である総司だ。ハラハラとした様子で、ヘリオドールと男性職員の口論を見守っていたフィリアを見習えと言いたくなる程どうでも良さそうだった。


「……とにかく俺は二人の意見を採用する。新人の言葉を信用して森にわざわざ行くのは嫌だというのも分かるが、弱い魔力の精霊が見えている新人の言葉を俺は信じてみたい」



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