表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/167

56.魔法とは

 この日もヘリオドールは役所を休んでいた。今日ばかりは休日出勤は無理だと語っていた魔女の悲壮感溢れる表情を思い出しながら、ジークフリートは仕事をしていた。

 結局、この日で全てにケリをつける――要するに大掃除をするらしいが、そう上手く行くだろうか。あのジャングルは一日、二日でどうにかなるものではない。嫌な予感ばかりが頭を駆け巡り、仕事が中々手に付かない。自分で自分の家ぐらい何とかしろと突き放したものの、ジークフリートにしてみれば孫娘のような年頃の女性には大変な作業である。

 手伝いに行ってやろうかとも考えたが、前回死にかけているので嫌だった。亡くなったはずの曾祖母に再会したと思ったら、保護研究課の職員が囲むベッドで目を覚ました。彼らは全員泣いていた。もうあんな意味の分からない経験はしたくないのだ。

 だが、しかし。ジークフリートは悩みに悩み、一つの名案に辿り着いた。


「というわけで頼んだぞ、ソウジ」

「……はい」


 役所の入口でヘリオドールの自宅の鍵を渡された総司は、どうして自分が呼ばれたのか分からないようでじっとジークフリートを見ている。その無垢な眼差しに先日少年に殺されかけた男は息を詰まらせた。総司だって顔には出さないが、本当は嫌に違いない。だが、こんな事を頼めるのは彼にしかいないのだ。


「頼む、ソウジ。お前にしか出来ない仕事なんだ。今日のお前の仕事はそれでいいから、な?」

「僕は構いませんけど……ヘリオドールさんはいいんですかね。前に僕が行った時すごい動揺してましたよ」

「いいんだよ、もう見られてるから。何かあったらすぐに役所に戻ってきていいからな」


 その『何か』は起きて欲しくはないのだが。


「じゃあ、死ぬなよ」

「はい」

「身の危険を感じたらすぐに撤退しろ」

「はい」

「ヘリオドールが妙な真似をしようとしたら全力で止めろ」

「はい」


 一言言っておこう。総司は戦場に行くのではなく、先輩である女性の自宅に向かうだけである。なのにこの緊迫感。

 二人の様子を見に来た保護研究課の職員にも緊張が走る。フィリアに至っては「ソウジさんどうかご無事で……」と祈っていた。

 ニールは総司に同行しようとして職員達に取り押さえられた。課長のようになりたいのかと。あの日、顔面が潰れたトマトのようになって帰ってきたジークフリートは彼らに大きなトラウマを刻み付けた。ヘリオドールの家に行ったらあんな有り様になると皆震え上がった。

 あんな場所に踏み込めるのはもう総司しかいない。そんなただならぬ期待と重圧感を背負い、少年が街へと消えていく。









「こんばんは、ヘリオドールさん。調子はどうでしょう?」

「何で来たの!?」


 そして、我が家に姿を見せた部下にヘリオドールは叫んだ。こんな惨状をまた彼には見せたくなかったのに、とその場に座り込む魔女を尻目に総司は室内を見回す。

 アウトドア満載だった部屋からは植物のほとんどが消えていた。壁が、天井が、床が完全に見える状態になっている。しかし、木が生えていた場所なのか、所々床に穴が開いているのが目立つ。無くなれば無くなればで痛々しい風景が広がっていた。


「……広くなりましたねぇ」

「が、頑張ったのよ、私!」


 部下に褒められて喜ぶヘリオドール。ここにジークフリートがいれば「喜ぶのはまだ早い」とツッコミが飛ぶ事だろう。


「でも、あの穴はどうするんですか? ヘリオドールさんのお母さんが落ちたら大変ですよ」

「お母さんだけじゃなくて私の心配もしなさいよ。それに大丈夫。ちゃんと魔法で再生して元通りにするから」

「困った時の魔法頼み」

「うるさい!」


 痛い所を突かれたヘリオドールの頬は赤い。この部屋に寄生していた植物も全て外に運び出して火炎魔法で焼いたとは、この少年には言えなかった。言えなかったが、きっと彼は感付いているだろう。その証拠にそれについては全く触れようとはしない。

 魔女は魔法を使うから魔女なのだ。魔法を常用的に使って何が悪いと完全に開き直ってヘリオドールは杖を構える。


「み、見てなさい! 魔法っていうのはいつでも使いたくなる程便利なものだって教えてあげるわ!」

「はあ」

「今からこの床を再生してみせるから、じっと見てなさい!」

「……分かりました」


 揶揄もせずに黙って木の根によって大破している木製の床を凝視する総司。自分で見ておけと言ったのにも関わらず、ヘリオドールは若干緊張した。そんなどこか真剣な目をされてしまうと、何が何でも成功しなければならないという使命感に駆られてしまうではないか。

 実はヘリオドールは治癒魔法など『なおす』系統の魔法は苦手だった。得意魔法は専ら攻撃。母親は治癒魔法を含んだ様々な魔法を使用出来るのに、ヘリオドールにはその才能は受け継がれなかった。その代わり、ユグドラシル城の宮廷魔術師に、という声がかかる程に攻撃魔法には特化していたが。


「行くわよ。……朽ちた生命よ。死の淵から舞い戻りあるべき姿へとなれ。木のドリュアスの祈りの元に――『翠緑の帰還』!!」


 ベキッ。再生魔法だと言うのに破壊音が室内に響いた。しかも床は壊れたままである。本来ならあの木の板が面積を広げていって元通りだと言うのに。

 バキッ。また音がした。ヘリオドールは室内を見回して、気付いてしまった。総司の立っている場所の真横の床から木が突き出ている事に。

 あん? と首を傾げる間もなく、また一本の木が床を突き破って出てきた。更に一本。今度の木にはピンク色の花が咲いている。あら可愛いわね、などと抜かしている場合ではない。現在、想定していなかった異常事態が起きているのだ。


「え……何……どういう事……」

「ヘリオドールさんが今唱えた魔法って何なんですか?」

「き……木の再生、成長を促進する魔法よ。床を直そうと思って」

「床の下に切り取った木の根っこがまだ残ってたんじゃないですか? そっちに魔法がかかってしまったとか……」


 狼狽える術者をよそにこの状況で冷静さを失わない総司が推理する。


「そ、そんなわけないじゃない。魔法をかける対象を間違えるだなんてそんな……」


 ズガァァァン。ヘリオドールの背後から出てきた木が伸びすぎて天井を突き破った音だった。頭上から降ってくる葉っぱやら天井の破片に魔女の笑みが引き攣る。


「出ましょう。危ないです」

「ちょ……総司君!?」


 総司は素早くヘリオドールに駆け寄ると、横にして抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこである。普段のヘリオドールであれば羞恥で離せと喚いているだろう。


「ぎゃああああああ! 総司君早く出て! 死ぬ! 死んじゃうから!!」


 今は次から次へと床を破壊して現れる木々に意識が持って行かれていた。どこから突き上げて来るかも分からないトラップに、仕掛けた本人はすっかりパニックに陥っていた。叫びながら総司の首に腕を回してしがみついている。

 そこに色気や恋愛のときめきは一切存在していなかった。それどころじゃないのだ。


「はい、出ました」

「ああああああああ!」


 ヘリオドールが正気に戻ったのは総司が神回避を繰り返しまくって無傷のまま外に出た時だった。少年の顔がキスが出来そうなくらい近くにある事を知り、「降ろしてー!」と叫ぶ。総司で無ければ恩知らずなその発言に文句が出ている。

 周辺の住民がざわつきながら家から出てくる。どう見てもいちゃついているとしか思えない二人を見るためではない。大量の樹木によって屋根が突き破られていく家を見るためだ。

 ある者は平和な街の異変に悲鳴を上げ、ある者は口をポカンと開けたまま魔女の家を見詰めている。酔っ払いの酔いも一瞬で冷まさせる威力を誇る悪夢と言っても過言ではないこの現象。

 家から物音がしなくなったのは数分後。周囲のざわつきはクライマックスに達していた。


「ヘリオドールちゃんあんたん家……どうなってんだい!?」

「ちょっと魔法を失敗しちゃって……」

「魔法っていうのは恐ろしいねえ……」

「なんかすみません」


 震え上がる近隣住民に総司が謝罪する。上司の不祥事に部下が頭を下げるという最悪のパターン。ヘリオドールも頭を深々と下げて家に入った。ぶっちゃけ何も手を付けずにいた朝の方がよっぽどマシな有り様となっていた。あちこちから突き出した巨木は軽々と床を、天井を、屋根を破壊して天高く伸びていた。

 頭上を見上げてみれば鬱蒼と生い茂る木の葉で覆われていた。夜が明ければ優しい木漏れ日が室内に降り注ぐだろう。


「おかしいわね……そんなに魔力を込めてないのにどうしてこんな事に……」

「…………………」

「総司君お願い! 黙っているくらいなら私を罵って!!」

「僕、サディストの気はないので……」


 でも、自然に溢れていいと思いますよ。そう付け加えた少年の言葉に気休めの効果はゼロだった。このクズ! と罵倒された方がまだいい。自責の念に駆られる程やらかしてしまった時に気を遣うのは、かえって心に深い傷を与えてしまう。


「でも、方法がないわけじゃないのよ」

「と言いますと?」

「今度こそ魔法の凄さを見せてあげるわ」


 ヘリオドールは静かに杖の先端を総司に向けた。そう、まだ手段は残っているのだ。魔法で起こした失敗は魔法でフォローする。


「何をするんですか」

「まずはこの木を全部消してしまえばいいのよ」

「え……」

「そこ、声を小さくしないの! こういう時に使える魔法があるんだから!」


 失われた部下からの信用を取り戻すために、ヘリオドールは杖に魔力を込め始める。


「暗鬱なる黒き風よ。雄々しき生命を冥府へと導きたまえ。新たなる魂の誕生の時のために……『滅びの翠緑』」


 ヘリオドールが詠唱すると黒い煙のようなものに纏わり付かれた木が次々と縮んでいく。この魔法は先程の『翠緑の帰還』と対になっており、植物の成長を打ち消す効果がある。これで元通りだ。家は半壊したものの、木さえなくなれば何とかなる。

 よし、とガッツポーズを見せるヘリオドールの横で総司が鞄から本のようなものを取り出した。


「総司君、何それ」

「エルフの人達が作った植物の図鑑です。フィリアさんが貸してくれました。見た事がある木があると思いまして……あ、ありました」


 総司のページを捲る手が止まった。


「エクスプロイドの木って言う非常に希少価値のある不思議な木です。斧やノコギリで切り倒すには何も問題はないみたいですが、攻撃魔法を受けるとその魔法のエネルギーを吸収して自分のものとし、爆発してしまうって書いてあります」

「え……そんな木どこにあるの?」

「ヘリオドールさんの目の前に」


 ヘリオドールの眼前に聳え立っていた、黒と赤の縞模様の果実を実らせた木に黒い煙が吸い込まれていく。図鑑をぱたん、と閉じて鞄にしまった総司がまたヘリオドールを抱き上げた。





 住民が不安そうに見守る中、魔女の家が突如爆発、炎上したのは絶叫する家主を抱えた少年が外に出た直後の事だった。


「私の家があああああああっ!!」


総司「阻止出来ませんでした」

ジーク「お前止める気なかっただろ!」



いくつか意見をいただきまして、近い内に登場人物まとめのページを作ろうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ