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53.友人の好み

 小さな少女は総司が手を差し出してみると、一度お辞儀をした後にそこに着地した。ちょこん、と座り込むと無邪気に微笑みながら手の持ち主を見上げている。

 それを周りの客は怪訝そうに見詰める。総司は自身の掌の上に乗っているのが羽根を生やした小人、つまり妖精だと認識出来ているのだが、彼らには淡い青色の小さな光の粒にしか見えなかった。ざわつく周囲にリリスは苦笑する。


「ここにいる人達は魔力があまり高くないから見えないみたいねえ、この可愛い妖精ちゃんが」

「保護研究課でもよく見ます。小さくて可愛いなって思います」


 表情を一切変えずに淡々とした静かな声での褒め言葉などそこまで嬉しいものではないだろう。それでも妖精は総司の言葉に一層表情を明るくさせ、また頭を下げた。リリスの可愛い発言は無視して。

 妖精には厳密には性別という概念は存在していないが、どちらかと言えば女性的な姿、心を持っている。褒められるなら女性よりも男性の方がいいようである。


「でも、どうしてこの子こんな所にいるんでしょうか?」

「この妖精ちゃんの足よく見て」


 総司にリリスが妖精の細い脚に巻かれた包帯を見るように促す。言語を理解しているようで、妖精も見せ付けるように脚を上げてみせた。白いワンピースのような服の裾から柔らかそうな太ももが現れる。所謂見えそうで見えないラインという状態だ。


「森で暮らしていたみたいなんだけど、凶暴な魔物に追いかけられている内に怪我をしちゃったの。それをこの店の店主のおじいさんが助けてくれたのよ」

「そうだったんですか……良かったですね、優しい人に拾われて」


 妖精は幸せそうに笑った。その笑顔がここでの暮らしがどんなものなのかを教えてくれる。つられるようにリリスも穏やかに微笑む。


「さあ、そろそろソウジちゃんのお目当ての品を見に行きましょうか」

「はい。……君も行きますか?」


 総司に尋ねられ、掌の上の妖精は頷くと羽根を動かして宙に浮かんだ。このまま浮遊しながら移動するのかと思いきや、総司の肩の上に着地してそこに座る。随分とこの黒髪の人間を気に入ったらしい。総司も特に払い除ける事もせず、それどころか「よろしくお願いします」と歓迎している。


(可愛い組み合わせねえ)


 可愛い妖精に可愛い年下の少年。いいものが見れたとリリスはただでさえ良かった機嫌を更に上昇させた。


「リリスさん? どうかしました?」


 いつまでも動かないリリスに総司が首を傾げながら尋ねる。総司の真似をするように妖精も同じ動作をする。

 その光景にうっとりした表情を浮かべる美女に、妖精が見えないので事情はよく分からないが男性客はごくりと生唾を飲み込む。事情はよく分からないが、彼女が見ているものが見たいと色んな意味で女性客は望んだ。

この異様な状況を知ってか知らずか、「どうしたんでしょうかね皆さん」と総司が独り言を呟くような声色で妖精に聞いた。人間の複雑な感情など理解出来ない少女は分からない事を伝えるために首を横に振った。


 そして、廊下を出てから向かったのは『棍棒・ハンマー』の部屋。果たして総司の友人である斎藤君を満足させるバットはここにあるのか。緊張の一瞬。なのだが、斎藤君の命運を握っている少年は緊張などする様子もなく、扉を数回ノックしてから開けた。

 室内にはやはり総司達より先に訪れた客が数名いた。『弓矢』の部屋とは異なり、こちらには屈強な男達がほとんどだった。中には天井に頭がつきそうな長身の大男までいる。

 彼らは自分達より一回りも二回りも小さい総司を見るなり、部屋を間違えたのだろうと鼻を鳴らす。その後にリリスの美貌に鼻の下を伸ばして身なりを整え始めたが。


「ふふ……強靭な肉体とは裏腹に心は隙だらけ……そういう人も悪くないかしら。違う日に出会ってたら相手にしてあげたかも」

「さて、と」


 嗤うサキュバスの横で総司が鞄から黒い四角い物体を取り出す。それは携帯電話だった。今ウトガルドで大人気のスマートフォンではなく、画面とボタンが分かれている携帯電話。つまりガラケーである。


「それってソウジちゃんの世界での通信装置なの?」

「はい。これはもう古いタイプなんですけどね。最近流行っているものは文字を打っている最中に画面を叩き割りそうで怖くて」


 そう言いながら凄まじいスピードで数字の書かれたボタンを押し始める総司。ボタンを一つ押す度に物体から鳴るピ、ピ、ピという謎の音。何か新しい魔術かとガチムチの男達の視線が集中する。電話をかけているだけである。

 ざわつく周囲など気にせず、総司は携帯を耳に当てた。数回のコール音の後、無事友人と繋がったのか

口を開いた。


「あ、斎藤君今大丈夫ですか? ちょっとバイト帰りに職場の友達に紹介してもらったお店に来てみました。もしかしたら君の好きそうな物があると思いますよ」







「おかえりだ、ソウジ君。欲しいものは見付かっただ?」


 数十分後、受付の部屋に戻ってきた友人にブロッドは尋ねた。この間、彼は老人の話し相手をずっと続けていた。内容は主にリリスとののろけ話。他の男to

いちゃついてるかもしれないのによく喋れるなあと感嘆していた。いや、喋っていないとやっていられないのだろうが。

 若き時、美しいサキュバスと過ごした夜の話も出たが、どこか虚しく聞こえてもうブロッドは興奮しなくなっていた。俗に言う賢者タイムである。


「無事見付かりました。斎藤君が好むバットが」


 そう答えた総司にブロッドは安堵すると同時に違和感を覚えた。いつもと変わらない無表情なものの、何かがおかしい。具体的に何が、と言われると説明出来ないが、いつもの彼と何となく違うのだ。肩の上は何故かキラキラ光っているし、疲れているような空気が感じられる。

 疲れているような。


「……ソウジ君ちょっと疲れてるだ?」

「まあ、少しだけ」

「で、何を買うんでおじゃる?」

「これを」


 近寄ってきた老人に総司が見せたのは野球のバットの形状に非常に酷似した細い棍棒だった。木の色をしたごく普通の木製の棍棒にしか見えない。だが、老人は目にした瞬間、眉間に皺を寄せた。


「お主、どうしてこんなもんにしちゃったでおじゃるか」

「斎藤君が欲しいと言ったので。僕は斎藤君の希望を捻じ曲げる権限を持っていないんです」


 店側だけではなく、購入者にまでこの言われようである。ブロッドは恐る恐る棍棒を観察してみた。

 やはり何の変哲もない武器にしか見えない。何がそんなに二人を困惑させているのかと疑問に思った時だった。

 表面に突然人間の顔が浮かび上がった。吊り目がちな女性の顔である。


「え」


 突然の展開に固まったブロッドを女性はぎょろり、と目玉を動かして見ると、ゆっくりと口を開いた。


「コロシテヤル……」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 本日一番のブロッドの絶叫である。異常なまでのスピードで暖炉のある所まで避難すると、頭を壁側に向けて蹲った。頭隠して尻隠さず状態。


「何で!? そんな怖いのにしただ……」

「そうでおじゃるよ。こいつは恋人に手酷く裏切られて自殺した女の情念が込められた棍棒でおじゃる。こんなワシも正直商品としてどうかなって思うもんを買おうだなんて大丈夫でおじゃるか」

「ヤンデレ、人面バット、お喋りと多機能なんですけど、この人放送禁止用語も躊躇いなく使うので流石に斎藤君には渡せないなあと思ったら」

「思ったら?」

「『興奮する。毎日罵られたい』って熱の込もった真剣な声で言われました。元々そういう気がある人だとは知っていましたけど、守備範囲が予想以上に広かったんでしょうね。返す言葉が中々見付かりませんでした」


 老人も大丈夫かと聞くような商品でも一応需要があったらしい。「アナタモコロシテイッショニシヌ」と喚く棍棒を持った総司に老人はこれ以上の説得はしない事にした。この先、絶対売れないだろうなと思っていた品を買ってくれるというとち狂った客が現れたのである。このチャンスを逃す手はない。


「そんじゃ、金くれでおじゃる。お主もわしを逆に驚かせた猛者として割引にしといてやるでおじゃる」

「ありがとうございます。ああ、あとこの子もお返しします」


 総司の肩の上でのんびりしていた妖精が老人へ向かって飛んで行く。その小さな両手は淡い水色の小さな石をしっかりと掴んでいた。


「何でおじゃるか、それ」

「金平糖って言う砂糖菓子です。ウルドの役所にいる妖精さん達はこれが大好きなんで、試しに与えてみました」

「なるほど、喜んでいるようでおじゃるな。ありがとうでおじゃる」


 そう言いながら老人が懐から出したのは、ブレードの部分に細長く蔦の模様が描かれた淡い緑色の鍵だった。それを総司に握らせる。


「これは妖精霊が棲む『パラケルスス』という町へ繋がる鍵でおじゃる。本来あそこにはワシやお主らんとこの所長クラスの魔術師しか行く事を許されていない場所でおじゃるが、お主のような人間ならまあいいでおじゃろう。こいつの面倒を見てくれたお礼でおじゃる」


 老人の頭部に乗った妖精が嬉しそうに頷く。ブロッドの目では突然老人の頭が発光を始めたようにしか見えないのだが、穏やかな雰囲気が流れている時に話に割り込むのも悪いと判断して見守る事にした。


「ソウジちゃん、これありがとね。温かかったわあ」

「いえ、もういいんですか?」


 借りていた上着を脱ぎ始めていたリリスは、総司の問いに「だって」と言葉を紡ぎながら、少年の唇を指で軽く押す。そう厚くはない唇の感触を味わった指で今度は弧を描くように自分の唇をなぞった。


「ソウジちゃんのカラダの方がもっと温かそうなんだもの。ねえ、これから私の家に来ない? 一晩中私を温めてくれないかしら」

「すみません、僕はそろそろ家に帰らないといけないので」

「そんな即答しなくたっていいじゃないの。冗談よ、冗談」

「そうでおじゃる。少年はそろそろお家に帰るでおじゃる。リリス嬢の事はワシに……いたっ!? 何をするでおじゃるか!?」


 老人の頬を勢い良く引っ張ったのは眉を吊り上げ、頬を膨らませた妖精だった。








 男を狂い惑わせる甘ったるいフェロモンが漂い、その空間の中で淫らに笑む美しいサキュバス達。彼女達の甘く濃厚な接待により、男性客は悦に浸りながら次々と酒を頼んでいく。

 高額なボトルばかりなのだが、今の彼らにとっては財布の重量よりも美女との幸せな時間が優先事項だった。正気に戻り絶望するのは店を出てフェロモンの効果が抜けた頃である。

 そんなサキュバスの従業員が男性客の財布の中身と心をかっさらいまくる酒場。リリスはその席の一つでグラスに注がれた甘い酒を嚥下する。隣に座っているのは浅葱色の髪のサキュバス。ブロッドと総司を誘惑していたこの店の従業員だった。


「へえ、あのオーガ君と黒髪君ってリリスと一緒に働いてる子だったんだ」

「可愛かったでしょ、どっちも」

「オーガ君の方は見た目とは正反対にウブで可愛かったけどね。黒髪君は顔は可愛かったけど、一番客には向いてないタイプかな。フェロモンの効き目なかったし」


 もう少しでオーガの方を店に連れ込めたのに、と浅葱色のサキュバスは溜め息をついた。しかし、リリスの知り合いならやめておいて正解だったかもしれない。流石に友人が可愛がっている男を客にするのは気が引ける。


「うーん、でもリベンジしようかな。全く相手にされないのはサキュバスとして悔しいし」

「ダーメ」


 複雑な心境の従業員の頬をつつきながら、リリスは自身の唇を舐めた。


「ライバルは少ない方がいいもの」


もっと色んな武器を書こうと思いましたが、グダグダになりそうだったので狂気の買い物編はこれでしまい。

次はもらった鍵で遊びに行く話か、魔女の家事事情の話書きます。

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