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43.鞘

 魔族の王、魔王が率いる魔族の大群が世界中に現れて人間を虐殺している。


 人類側も必死に抵抗していたものの、魔族はますます勢力を広げ続けていった。いずれは数で押されて人類は敗北する。そうなれば、魔族が世界を牛耳る悪夢の時代が始まる。人類は終わりのない隷属を強いられ、多くの人間が死に絶える事になるだろう。

 全てが終わる前に、こちらから終わらせなければならない。そのために魔王に対抗出来る力を人類側は手に入れる必要があった。

 『力』はすぐに手に入れられた。劔族の女だ。魔族を大勢殺した剣士が残した剣から生まれた劔族。彼女の菫青剣は上位魔族にすら勝る強大な魔力を誇る、正に聖剣と讃えるに相応しい魔族殺しの武器だった。

 問題は彼女自身でも菫青剣の力を最大限に発揮出来ない事だった。あまりにも強い力を彼女一人ではコントロールしきれなかったのだ。有能な剣士が使いこなそうとしても無駄だった。剣の魔力に命を喰い尽くされてしまうのだった。


 菫青剣に耐えうる肉体を持つ者が必要だった。そして、それはこのアスガルドとは異なる世界、ウトガルドの人間が適しているとされた。全く魔力を持たないあちらの世界の人間なら菫青剣の魔力に影響される事がないとされていたためだ。


 もう人類に形振り構っている暇はなかった。このままでは魔王に世界は奪われてしまう。魔王を倒すために手段を選ぶ余裕など残されていなかった。


 そして、呼び出された。ウトガルドの人間がこの混沌の世界に。

 転送魔法陣の上で呆然としている人物に、アイオライトは信じられないと首を横に振る。


『……おい、待てよ。な、なんでこんなのがいるんだよ』

『それは聖剣を使いこなす勇者に相応しい人間だからです。この魔法陣はあなたの魔力によって作られたもの。菫青剣が選んだ勇者だ』


 まだ少女と呼べるあどけない顔立ちの娘。魔法陣に魔力を送り続けていた魔術師の言う通りだ。彼女は菫青剣の、聖剣の持ち主に相応しい勇者として引き寄せられた。

 足に力が入らず、アイオライトはその場に座り込んだ。こんな、年若い少女が剣を握って、死ぬかもしれない戦いに身を投じる事になってしまったのだ。関係のない世界や人々のために。自分が力を使いこなせなかったせいで。


『えっと……?』


 自責の念に駆られるアイオライトに少女が歩み寄る。自らの置かれた状況など全く理解していない様子で、頭を撫でてくる英雄に担ぎ上げられるであろう少女にアイオライトは青くなった唇をゆっくりと動かす。


『ごめん……アタシのせいで……』

『どうしたの? どこか痛い? あと、ここどこかな? 早く学校に行かなきゃいけないんだけど……』


 少女の朗らかな声が胸に突き刺さる。今は何も知らないから優しい声をしているが、きっと真実を知ればアイオライトを糾弾し、罵るだろう。その事を想像すると恐ろしかった。






 ほんの少しだけ昔の記憶を脳裏に蘇らせながらアイオライトは瞼を開いた。あの石の内部はぽっかりとした空洞になっており、常に冷たい空気が流れている。訪れるのは二十年ぶり、聖剣として村から連れ出される直前以来だ。いつ来ても変わらない、静謐な空間。

 のはずだった。


 祠の中央に鎮座していた二本の剣。かつてミーミル村を治めていた二人の村長が寿命を迎え、肉体が朽ちた後に遺した核。その一本が一人の男の手に強く握り締められていた。血色の禍々しい刀身にどれだけの同胞が囚われているのだろう。


 アイオライトの気配に気付いたのか、男が振り向く。狂気で濁り切った眼でアイオライトを捉えると、唇を三日月のように大きく吊り上げた。

 それに対して少女も笑う。


「アイオライト……まさか自分から俺に会いに来てくれるなんて……分かるか!? 俺だベンケイだ!」

「……覚えてるぜ。お前アタシにいつも引っ付いてた奴だよな」

「あ、ああ……そうだ。ずっとあんたに付いて回ってた。俺よりもずっと小さくて弱そうなくせに、どんな劔族よりも強くて……あの勇者の聖剣にも選ばれた」

「選ばれたんじゃなくて選んだんだけどな……」


 興奮気味に語り掛けて来るベンケイの前方には、まだ封印の解かれていないもう一本の剣がある。だが、剣を守る結界は随分と綻んでいるようだった。村中の劔族を吸収した虎徹の力によるものだろう。虎徹の方は結界解除にかなりの時間を要したようだが、今度はそう時間はかからなそうに見える。

 その前に辿り着いて良かったとアイオライトは安堵する。祠の前に蟲人がいると聞いた時は厄介な事をしてくれたと思ったが、あの少年が持ってきた水のおかげで手間が省けた。それに操られているだけの昆虫族をこれ以上傷付ける事も避けられた。

 そして、何よりまだベンケイが祠の中にいる。幸運は続くものだと鼻を鳴らす。瞬間、菫青剣を握る右腕がパキンッと音を立てた。表面に走る幾つもの亀裂。ベンケイが血走った眼を大きく見開く。


「アイオライト……それは何だ。剣の刃が折れてるぞ。どうしてそんなにボロボロなんだよぉ……!?」

「魔王との戦いとなりゃかなりキツいもんでさ。アタシも大分頑張ったんだよ。そしたら剣がぽっきりいく程力消費しちゃって……ま、核が半分になっても何とか生きてられたけど、そろそろ限界だったんだ。力だって二十年前の半分も残ってない」

「そ、うか……もうお前はあの頃の、俺が憧れてたお前じゃないのか……」


 ベンケイが項垂れる。この男の事をアイオライトはよく覚えている。傀儡剣という精神をある程度操作出来る、直接の戦闘には向かない剣の持ち主。いつもアイオライトを始めとした強い能力を持った劔族が羨ましいと語っていた男だ。

 他人を糧にする力。そういえば虎徹もそんな能力だ。虎徹を遺したかつての村の村長も自分の能力を忌み嫌っていたと聞く。


「……でも、大丈夫だアイオライト」

「……あん?」

「最初は虎徹で強くなってあんたと戦って勝ちたいって思ってたんだ。だけど、今はそれだけじゃない。あんたの力が欲しいんだよ。あんたを取り込めば俺は最強の劔族になれるんだ。俺が最強になればあんたもまた聖剣って呼ばれる程強くなれる」


 ピシピシと全身にヒビが入っていくアイオライトをベンケイが舐め回すように見る。正気を失っているような双眸。虎徹が飲み込んだ剣の魔力によって精神が破壊されてしまったのかもしれない。

 ああなってしまえば、もうどうにもならない。アイオライトは深く息を吐いた。全身を引き裂かれるような痛みに足がふらつく。フェイが入って来られないように強い結界を張った事がかなりの負担となったのだろう。菫青剣にも亀裂が走る。

 二十年何とか過ごして来れたが、ここで潮時だ。痛みで思うように動かない手を何とか伸ばし、壁に掌を押し付ける。

 壁が白く発光する。ベンケイの足元から這い出た数本の光のつるがベンケイの体を拘束する。


「こ、これは……!?」

「お前は知らなかったよな。この祠はただ剣を守るだけの場所じゃない。『鞘』なんだよ。とんでもない罪を犯した劔族を永遠に眠らせるための儀式の間でもある」

「ぐっ……!?」


 この事は本当に知らなかったようだ。ベンケイが驚愕で顔を歪める。

 二本の剣がここにいるのは祠に守られるためでもあり、村から出た罪人の最期を村長として見届けるためだ。そして、儀式の際の詠唱を唯一知る村長の覚悟を褒め称えるため。


「祠全体にアタシの魔力を全部注ぎ込んで『鞘』としての機能を発動させれば、お前は強制的に剣に戻って魂を消滅させられる……」

「い……嫌だっ! せっかく力を手に入れたのにこんな所で……!」

「たくさんの村人を奪ったお前をこのまま野放しにはしておけないんだ。それに……術を発動した奴も魔力を全て祠に吸い尽くされて死ぬ。一緒に死んでやるから許してくれよ」


 ベンケイが焦った表情で腕を動かそうとするが、弦が絡み付いて自由を奪われてしまう。その姿にアイオライトは自嘲する。こんな所でこんな男のために死ぬとは思っていなかったが、心は不思議と落ち着いていた。


(出来ればもう一度だけあの子に会いたかったな……)


 アイオライトのせいで無理矢理戦場に呼び出された少女は最後までアイオライトを責めようとはしなかった。「とりあえず頑張ろう」などと能天気な事を言って、こんな世界を救おうとしていた。そして、救った。


「我が魂、我が思い、我が鞘。封じたまえ、闇と死の香りを纏う愚者を。終息の地にて咎を抱きし者を……」


 その時だった。掌サイズ程の大きさの球体がアイオライトの背後付近の壁を突き破って飛び込んで来た。それはアイオライトの真横を上手い具合に通過し、弦から逃れようとしていたベンケイの顔面へと激突した。


「!?」


 悲鳴すら上げる事が出来ず、鼻と口から出血しながら後ろへと倒れゆくベンケイ。彼の前歯が二、三本血の尾を引きながら宙を舞う。

 祠から光が消えていく。それどころか球体によって開けられた穴を中心に亀裂がどんどん広がっていき、やがては壁が崩れ落ちた。

 有り得ない光景だった。ここはいにしえの劔族が高い魔力と技術を用いて作り上げた場所で、たとえ破壊されたとしてもその部分が自己修復するように出来ていた。なのに再生しない。


「ちょ……はあ……?」


 呆けた声を漏らしたアイオライトの体から力が抜ける。肉体的疲労のせいもあったが、精神的な要因の方が大きかった。

 どうやって結界を破り、祠を破壊したのだろう。というより祠を壊したの一体誰だ。そんな考えがぐるぐる頭に駆け巡るが、一人の人物が浮かぶと思考はまとまった。


「あの、すみません」


 瓦礫と化した壁の残骸を乗り越えながら、その人物がノコノコと祠に侵入してくる。狂気を孕んだ執着心と悲愴な死の覚悟によって淀んでいた空気など知らんと言わんばかりに。

 ただ、謝ったのは雰囲気を木っ端微塵に破壊した事への申し訳なさからではない。恐らくは祠を破壊した事によるものだろう。外壁に少し傷を付けたとかそういう次元ではなく、壁を綺麗さっぱり吹き飛ばしたのだから仕方ない。


「この壁の修理費、いくらくらいですか?」


 何とか立ち上がろうとしていたアイオライトは、銀色の太い棒を担いで現れた総司の質問に再び力が抜けるのを感じた。

ヘリオ「はい、終わり! シリアスな雰囲気今回で終わり!

総司「劔族編あと二、三話くらいで終わる予定です」

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