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異世界の役所でアルバイト始めました  作者: 硝子町 玻璃
少年、アルバイト先を見付ける
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4.即日採用です

「ヘリオドールが二人も志望者を連れてきた?」


 精霊・妖精保護研究課。その部署の一番奥の机で大量の書類に目を通していた銀髪の若い男は顔を上げた。目の前にはまだ十歳程の藍色の髪の少女がニヤニヤと笑みを浮かべている。


「本当だって。受付がびっくりしてアタシに連絡してきたんだぜ?」

「……その二人に妙な術をかけたんじゃないのか。そうでもしない限りここで働きたいだなんて言う馬鹿はいない。しかも、片方が女ってなら尚更だ」

「いやいやいやいやぁ? ジークフリートの思ってるような展開ではないよ」

「机に座ろうとするなアイオライト」


 机に乗り上げて腰を置こうとしたアイオライトの背中をジークフリートは思い切り叩いて溜め息をついた。どの課にも属しておらず、状況に応じて課に手伝いにいく所謂雑用係であるヘリオドールの空回りぶりは正直すごい。権力と性で生きてきた所長と、所長を尊敬している異性が大好きな男共の巣窟となったウルド支部。爛れた職場を何とかしたいと人一倍思っているようだが、方向性がおかしいのだ。

 この世界の男は信用出来ないと、違う世界で募集をしてみると言い出した時は流石にまずいと思ったが、時既に遅し。ヘリオドールは大量のチラシを持って向こうの世界に飛んで行った。


 そして、見事一人の少年を連れてきたらしいと聞いた瞬間、頭が痛くなった。


「文化も環境も全く違う世界の人間を働かせるなんて馬鹿じゃないのかあの魔女は」

「何言ってんだよ。二十年前に魔王を倒したあの『勇者』の故郷でもあるじゃないか」

「……それとこれとでは別だ」

「相変わらずお堅いね。流石は『防波堤』」

「お前が楽観的過ぎ……」

「あらぁ? ジークちゃんもアイリィちゃんも何のお話?」


 廊下から聞こえてきた異性を誘惑しそうな艶やかな声に、ジークフリートは露骨に嫌そうな顔をした。対照的にアイオライトはヒュウ、と口笛を吹く。

 部屋に入ってきたのは二人。一人は小柄な老人でニヤニヤと隣の豊満な胸を揉みしだいていた。もう一人は栗色の髪に頭部からヤギのような角を二本生やした巨乳の美女だ。老人に胸を揉まれて熱の込もった吐息を吐いている。


「ねぇ、所長ぉ? もっと優しくしてくれないと私我慢出来なくなっちゃう……」

「ひひひ。我慢なんてしなくていいんじゃよ。そん時はすぐにワシの部屋で楽しい事をするからのぅ~」

「さっさとここから出ていけ歩く性器どもが」


 忌々しそうにジークフリートが吐き捨てると老人、いやこの役所のトップである所長はピクリと眉を動かした後、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「何じゃジークフリート。ワシが羨ましいんじゃろ? そうじゃろ?」

「ああ、羨ましいよ。職員の事を考えないで女の尻や胸を追い掛けている耄碌ジジィの頭がな」

「ワシはここの所長じゃ。よって役所のものはワシのもの。職員もワシのもの。私物を好き勝手触って何が悪い? んん?」

「何だと……」

「あー、所長! そういやヘリオドールがここで働きたいって若者二人連れてきたって話知ってる?」


 同僚が席を立とうするのを制止するようにアイオライトが話題を切り替える。それにあっさり釣られた所長はムフフ、と怪しげな笑い声を上げた。


「知っとるわい。エルフの美少女ちゃんなんじゃろ? それも大人しそうな性格だとか。ええのぅええのぅ。男共に囲まれてあれこれ要求されて涙ぐみながら健気に応えようとするんじゃろ~?」

「あらぁ、所長ったら酷い。私よりその子の方がいいのかしら?」

「何を言っとる。ワシはリリスちゃんも大好きなじゃよぉ」

「……詰まらない茶番劇の最中に悪いけどな、ヘリオドールが連れてきた奴もう一人は男だって知ってるか?」

「それも知っとる。だから役所の至るところにそいつが入ってこれないように結界を張ってやったわい! 魔力を持たん向こうの世界の人間なら絶対解けないような強力なやつをのぉ!」


 得意気に笑う所長にジークフリートは目の前にあった書類を握り潰した。本当に自分の事しか考えていない上司だ。ヘリオドールのやっている事は確かに無謀かつ愚かだと思うが、彼女は彼女なりに頑張っていた。それを一瞬で水の泡にするような行為は同僚として許せない。

 解雇覚悟で闘り合うかというジークフリートの考えを読んだのか、アイオライトは机に乗ると真剣な表情で「クールになれよジーク」と小声で諭した。廊下からまた騒ぎ声が聞こえてきたのはその時だった。


「あんた何やってんのよ馬鹿じゃないの!?」


 ヘリオドールだ。声量のボリュームがでかすぎる。職員なのに何を騒いでいるんだとジークフリートが声を上げようとする。

 見知らぬ少年が大量の鎖を持って部屋に足を踏み入れた。


「あのー、これ触るとピリッと来て危ないんで持ってきたんですけど」

「……ピリッと?」

「はうッッ!?」


 状況が飲み込めないジークフリートとアイオライトが首を傾げた。そして、所長は鎖を見るなり青ざめてリリスの後ろに隠れた。


「どうしたの所長?」

「ちょ、有りえん有りえん。あれワシが張った結界の法具じゃぞ……!?」

「何?」


 城で大臣を勤めた程の実力の魔術師が本気で作った結界が。ピリッとする程度の効果しかなくて。危ないからと言って全て外された。

 有り得ない。ジークフリートは所長と同じように絶句していた。巻き込まれないように四人のやり取りには目もくれず黙々と仕事をしていた数人の職員も、これには作業を中断して少年へ視線を向ける。


「へぇ……中々面白いのが来たじゃないか」


 唯一、青髪の少女だけは楽しそうに笑っていた。


「総司君あんた何やってんのよ! 何で平気な顔してそれ持ってんの!?」

「あ、すみませんヘリオドールさん。やっぱりこれ持ってきちゃまずかったですか?」

「まずくはないけど、私はあんたの心配をしてるの! どこも具合悪くない?」

「元気です」


 ぼんやりした様子の少年は顔面蒼白のヘリオドールにそう答えた。やせ我慢している様子は全くない。鎖を観察しながら隣にいるエルフの美少女に声を掛けていた。


「フィリアさん、これってそんなに危ないものなんですか?」

「は、はい。すごく強い魔力を感じますし、普通は触る事も出来ないはずなんですけど……ええと……」

「やっぱり危ないものなんですね。あそこにいるおじいさんに報告しましょう!」


 総司は無表情で声だけ張り上げて鎖を持って所長の元へ駆け寄った。ひいい、と老人が引き攣った悲鳴を上げてもお構い無しである。


「おじいさん大変です。役所にこんな危ない物が!」

「ふ、ふむ……取ってくれてありがとう……」

「僕は藤原総司と言います。あちらのエルフ?の女の子はフィリア・リョールアルヴさんです。僕達ここで働きたいんですけど、どこで面接ってしてるんでしょうか?」


 総司が床に鎖を落とすとベキッと亀裂が走った。それほどの重量を今まで持ち歩いていた事になる。後ろでヘリオドールが悲鳴を上げた。


「あ、ああ面接……すまんのぅ、今は男性職員は満員……」

「面接なんて必要ないよ。さっさとこれ書きな」


 弱々しい口調の老人の言葉を遮ったのはアイオライトだった。楽しそうに総司とフィリアに紙を渡して、ヘリオドールに向かって親指を立てた。


「お手柄だぜヘリオドール。こんな奴をスカウトしてくるなんてやるじゃないか」

「え?」

「今この子らに渡したのは契約書さ。うちは人数が足りないんだ。やる気があるなら即日採用」

「ほ、本当ですか!?」


 一番早く反応したのはフィリアだった。アイオライトが頷くと、総司と顔を見合わせてはにかむ。総司の顔に全く感動の色がない事を除けば試練を乗り越えた恋人の図だ。

 リリスや他の職員も拍手をしている。自分の苦労が実ったヘリオドールは涙を浮かべていた。


 その中で唯一面白くなさそうな顔をしていたのは所長だった。皺だらけの顔は怒りに染まり、総司を睨み付けている。それに気付いたジークフリートがアイオライトに舌打ちした。


「おい、お前所長の目の前であの男にまで契約書渡す事なかっただろ」

「いっやぁ、怒ってるね。このままだとアタシ後であの人にエッチなお仕置きされるかも」

「馬鹿野郎。お前じゃなくて男を心配してるんだ」

「心配するなら所長の方にしな」


 どういう意味だ、とジークフリートが聞こうとした時、総司が所長に背を向けた。老人の掌に火球が生まれたのはその直後だ。


(まずい!)


 何か理由を付けて総司を攻撃するらしい。ジークフリートが逃げるようにと叫ぶより先に、火の球が放たれる。


「ん?」


 総司の右手はそれをあっさりキャッチした。そして、火球を握り潰してしまった。目の前の衝撃映像に所長はその場に座り込んだ。


「ヘリオドールさん、平和なはずの役所にどうしてこんなにたくさんトラップが仕掛けられているんですか?」

「し……知らない」


 ヘリオドールは顔を逸らした。こうなる事を予想していたのか、アイオライトはくくっと喉の奥で殺したような笑い声を発した。


「所長の絶望ぶり半端ないな。あれじゃあお仕置きどころじゃないかもなぁ。二人が契約書書き終わったらさっさと城に提出してくるぜ」

「……………」

「どしたよジークフリート」


 ジークフリートは怪訝そうな顔で総司を見詰めていた。アイオライトに声を掛けられて緩く振る。


(……気のせいか?)


 あの人物に似ているような気がしたのだ。

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